第22話 演技指導A

「いくぞ!ファイヤーランス!」


 俺が魔法を唱えると、ドカンッ!と正面の的ごと周囲が爆発する。

 勇者カケルは強力な魔法を習得した。


 (まぁ撃ったのは俺じゃないんだけど・・・)


「カケル様!もっとこう槍を投げつけるように!」


 魔法を撃った張本人、つまりエステルがダメ出しをした。

 彼女はドレスの裾をひらひらさせながらポーズを取っている。

 身振り手振りで教えようとする彼女は、なんとも可愛らしい。


 そう、俺は演技指導を受けているのだ。

 姫様的理想の勇者(ハリボテ)を目指して邁進中。


 今は魔法の時間。


「どうして教えたようになさらないのですか」

「だって、恥ずかしいし」


 ヒーロー物じゃないんだから。

 ゲイボルグみたいな真似も恥ずかしい。


「・・・カケル様?一体誰のせいでこうなってるとお思いですか?」

「ご、ごめんなさい!やりますから!それ仕舞って!」


 懐から鞭を出して近付いてくる彼女に敗北宣言。

 これ以上の拒否は許されない。


「はぁ、タイミングを合わせるのだって大変ですのよ?」

「そうだよね、ごめん」


 さっきから魔法を撃ったフリをする度に、彼女は爆発魔法を撃ち込んでいる。

 下手にタイミングがずれると、目敏い人にはバレる可能性があるらしい。


「もう一度、致しましょう」

「分かった」


 言われた通りにスタートラインに戻る。


「よし、いくよ」

「いつでも大丈夫ですわ」


 スタートライン、つまり訓練所の入り口に立って一度深呼吸。

 頭の中でセリフを思い返す。

 そして復習が終わった俺は走り出した。


「エステル!大丈夫か!」


 姫様の傍に駆け寄りながら大声を上げる。


「か、カケル様・・・!助けて!」

「俺が来たからにはもう安心だ!後ろに隠れて!」

「は、はい・・・!」


 既に口元がニヤーとしそうなエステルをよそに、大真面目に演技を続ける。


「くそっ、俺のエステルに手を出そうなんて、許さない」

「ふ、ふふ・・・はぁ」


 演技はどこへやら、後ろにいる姫様は艶めかしい声を出している。

 集中するんだ、俺。


「覚悟しろ!灰にしてやる!」


 モンスターがいるであろう位置を睨みつける。

 そして意識を手に集中させた。

 槍を持った風に構え、重心を下げ、ググッと右腕を後ろに下げる。

 そして、


「うおお!ファイヤー!ランス!」


 ランスの部分で腕を大きく振った。

 直後、大爆発を起こす訓練所。

 熱風がこちらまで飛んできて熱い。気合を入れすぎではないだろうか。


「・・・大丈夫だったか、エステル」

「は、はぃぃ・・・」


 エステルは顔を真っ赤にして身体をくねらせている。


 (なんだこの茶番・・・)


 魔法を撃ったのは俺じゃないし、彼女に助けなんていらないし。

 映画の撮影かよ。


 姫様はやたら嬉しそうだけど、それでいいのか。


「はぁ・・・これですわ、わたくしが見たかったのは・・・」

「そ、それは良かった」


 監督のOKが出た。

 本日は撮影終了かな。


「うふっ、もう・・・すてきですわ」


 これはきっと彼女の理想のシーン。

 タイミング合わせだけなら、あの茶番は全カットで良いからだ。

 まぁ喜んでいるならいいか。


「そうですわ!次はユズハが襲われる役にしましょう」

「わ、私ですか?」

「カケル様がわたくしを守るのは当然ですもの。他の人も守ってこその勇者ですわ」

「でも、そのう・・・」


 ハイテンションの姫様は、村人Aにユズハを指名した。

 戸惑いを隠せないメイドさんはこちらに目線を送ってくる。


 (分かるよ。やりたくないよな、恥ずかしいし)


「あの、本当にいいのですか?」

「もちろんですわ。ユズハにも見せてあげます」

「じゃ、じゃあ・・・お願いします。勇者様」

「え!?わ、わかった」


 俺が驚いたのは、ユズハの反応に対してだった。

 姫の命令に背けないのは分かっていたが「じゃ、じゃあ」の部分で飛び上がるくらい喜んでいた。


 女の子ってみんなロマンチストなんだなぁ。

 やってることは演技で茶番なんだけど。


 しかし、せっかく二人揃って喜ばすチャンスなのだからものにせねば。

 エステル賞に続いて、ユズハ賞も獲得したい。


「よーし、やるか!」

「はい!」


 ふんすと気合を入れたユズハから離れ、またスタートラインに立つ。


「ユズハ!大丈夫か!」


 この劇の結果は、


「・・・す、素敵です。勇者様」


 大成功だった。

 目をキラキラと輝かせて俺を見上げるユズハ。

 今日は大収穫だ。


 また、俺なにかやっちゃいました?





         ♦♦♦♦




「ねぇハリボテ勇者」

「どうしていつも弄るんですか!」


 一日の終わりに、女神様と逢引。


「だって面白いから」

「せ、性格わるう」

「あー!女神に向かってそんなこと言うんだ!」

「事実じゃないですかー」


 こちらの世界に来てから、一層キャラが崩れた気がする。

 本音で話せるのはこの人しかいないから有難いけど。


「もう、地獄行きにしちゃおうかな」

「俺がいなくなったら暇になりますよ」

「それは通じませーん」


 毎回バリバリ通じているじゃないか。

 俺が紹介したバウムクーヘンをもそもそ食べ、進言通りに牛乳を飲む女神様。

 

「なんか普通に女の子してますね」

「どういう意味?」

「うーん、雰囲気が変わったというか」

「意味わかんない」


 自分でも何が言いたいのかよく分からない。

 しかし、一番最初の女神様に比べたら機械感が薄れているような。

 元々人間ぽい反応ではあったから、やはり気のせいか。


「リヴィアさんもこっちの世界に来たら良いのに」

「・・・なにそれプロポーズ?ごめんなさい」

「ち、ちがわい!」

「でもカケルがそんなこと言うの初めてだよね。珍しい」


 そうだったかな。

 何回か話している気がするけど。


「難しいけどね。あんまり介入できないし」

「まぁそうですよね」

「それに、お姫様にカケルが殺されちゃう」


 そう言いながら女神様は悪戯っぽく笑う。

 相変わらず死に対して軽い。

 冗談ではなく、実際殺される確率が高い。


「・・・はは、笑えない」

「笑う門には福来る?って言うんでしょ」

「なんか似合いませんね」

「ひどいっ」


 女神様が日本的な似合わない発言をして思わず吹き出してしまった。

 世界観が壊れちゃう。


「そういえば、俺のレベルはどうなってますか?」


 最近全然気にしてなかった。

 ちくわ(火)が書かれているのは知っていたけど、レベルは自己申告しないと教えてくれない。


「そうねぇ。モンスターを倒したら、一気に上がりそうな雰囲気?」

「なにその分かりづらいシステム」

「カケルのワガママに付き合ってあげてるのに」

「ご、ごめんなさい」


 謝罪と言えば、やっぱりコレ。土下座。

 文句なんて言える立場じゃないのは分かっている。

 ちょっと突っ込みたかっただけなのだ。


「それにしても、どうしてモンスターなんですか?」

「今のカケルはずっと基礎を鍛えてるでしょ?だから実力が分からないのよ」

「レベルって、実力だったんですか・・・」

「だって、私が適当に付けてるだけだもの」


 知らなかった。

 じゃあ初めてレベルが上がった日も、女神様が適当に上げただけなのか。

 あの喜びはなんだったんだろう。


「返してください。あの日の感情を」

「え、なに。きもちわるいっ」

「だって!レベル上がって興奮してたのがバカみたいじゃないですか!」

「・・・もうレベルアップしてあげない」


 拗ねられてあそばれた。

 やっぱりどこかおかしい。普段ならもっと辛辣な返しが。

 

 (・・・おかしくなったのは俺か?)


「ちゃんと能力だって上げてあげたのに・・・」

「え、そうだったんですか。すいません」

「訓練もすごく楽になったでしょ?普通そんなすぐに体力なんてつかないの」

「確かに・・・ごめんなさい」


 女神様的に色々考えてくれたのだ。

 少しでも疑いそうになった俺を許して欲しい。


「あれ?でも女神の加護って徳が無いと付与できないんじゃ」

「・・・それは・・・そういうものなの」

「わ、わかりました」


 女神様がそう言う以上、追及しても仕方がない。

 俺にはどうしようもないだろうし。


「とにかく、まずはモンスターですね!・・・できるかなぁ」

「死なないように頑張ってね」

「はぁい」

「気の抜けた返事ね・・・」


 基礎体力が付いたところで、魔法が撃てるわけでも無し。

 はじめての外出はヒーローショーをしないといけないから、モンスター退治もできそうにない。


 レベルアップまで先は長そうだった。

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