第21話 ハリボテ勇者計画

 折檻終了後、窓際のテーブル席まで移動した俺たちは、ようやく本題に入ろうとしていた。


 首が未だに痛むが、


「その証は消しません」

 

 と言われてしまい治癒魔法をかけて貰えなかった。

 触るとデコボコがはっきりと分かる。エステルの歯型だ。


「勇者様、どうぞ」

「ありがとう」


 いつの間にかお茶とお菓子を用意していたユズハさん。

 どこから出したんだろう。


「それで、カケル様」

「は、はい」

「どうして断らなかったのですか?」


 調査の件だろう。

 さっきまでの機嫌と打って変わりどこか上機嫌だ。

 肌もツヤツヤしている気がする。


「うーん、断ったらエステルに迷惑が掛かりそうだったからかな」

「・・・そ、そうですか」

「なんか嫌な空気だったし」

「確かにあの場面で断るのは難しかったかと思います」


 ストレスを解消した姫様は、やはり美しい。

 俺はいつもこういう感じで話したいのに。


「・・・まったくお父様・・・あれほど頼んでいたのに・・・許さない」

「で、でも陛下も事情があったんだろうし、派閥争いとかもあるんでしょ?」


 内心「ひぇ」と思いながらも、陛下の擁護をする。

 あの人のことはどこか他人事に思えないのだ。


「・・・はぁ。カケル様の仰る通りですわ」

「やっぱり俺が弱いのがいけないんだよな・・・」

「それはそうですわね。どちらにしてもわたくしに迷惑が掛かるのですし」

「はい、すいませんでした」


 自虐をあっさり肯定され、少し傷付く。

 正論なのだが、「そんなことありませんわ」なんてちょっと期待していた。


「決まってしまったことは仕方ありません。これからを考えましょう」

「はい・・・いつが出発日なの?」

「二週間後ですわ」

「そんなに時間も無いな。しかし、一体どうすれば」


 課題は多いが、今回は特に調査隊の目があるのが最大の障害となる。

 勇者が弱いという事実だけは知られてはならない。

 つまり失敗が許されない。


「剣も魔法も碌に使えない、どうしようもないカケル様」

「うっ」

「それでも、わたくしだけは見捨てませんからね」

「あ、ありがとうございます」


 俺の心をグサグサ刺しながらも擁護してくれるエステル。

 彼女の心労も相当なものだろうし、大人の対応をしようじゃないか。


「2週間でもっと訓練時間を延ばすとかどうかな」

「それは・・・いえ、これ以上は難しいかと」

「でも俺にはこれくらいしかできないし」


 散々鍛えられたお陰で、体力的には問題ないだろう。

 剣だって振れるくらいにはなっているはずだ。

 

 エステルは迷っているようだったが、フルフルと首を横に振った。

 俺には分からない部分でダメな理由があるのだろう。

 

 (しかし・・・他にできることはもう)


「・・・見せ方だけ重点的に鍛えてはどうでしょうか?」


 姫様の背後に控えていたユズハが口を開いた。

 3人の場面で提案するのは珍しい。


「見せ方?」

「はい、現実的に2週間で勇者様を強くするのは不可能です」

「うっ」

「しかし、強そうに見せるだけならできるかもしれません」


 碌でも無いとか不可能とか、俺の心はノックアウトしそうだ。

 アンジェのキスでも思い出すことにしよう。

 

「・・・それしかありませんわね」

「でも、モンスターが出た時に対処ができないんじゃ」


 強そうに見せたとしても、戦闘が無理なら結局バレてしまう。

 

「それでしたら心配ありませんわ」

「どうして?」

「だって、わたくしも同行しますもの」

「・・・え?」


 初めての外出に保護者同行?

 せっかく彼女の目を離れるチャンスなのに。


「・・・は?なにかご不満でも?」

「いえ!決して!」

「ま、まさか・・・また女探し・・・?う、浮気・・・?」

「ち、違うから!姫様が城から出るのは危ないと思って!」


 自由を謳歌したいなんて本音は言えない。

 それに一国の姫ともあろう方が敵地に乗り込むのは危険すぎる。


「あなたから目を離す方がよっぽど危ないですわ。どうせボロが出ますもの」

「・・・その通りでござますね」


 ド正論だった。

 俺は姫様の機嫌を取りながら周りの目も気にしないといけない。


 (なんかもう行きたくないなぁ・・・)

 

 前の世界ではやたら飛び回っていたのに、この世界では『城おじ』になりたい。

 そうもいかないのだけど。


「魔法も下手に撃たないでくださいね。あんなもの見せられませんし」

「・・・あんなもの」

「剣の方は、なんとか形だけ取り繕えるように致しましょう。私もユズハも得意ではありませんので」

「あれで得意じゃないんだ・・・」


 俺はがっくりと肩を落としてしまった。

 木刀フリフリ地獄の時に見せてくれた二人の剣は、速くて重そうだったのに。

 それでも得意では無いらしい。

 

「勇者様、得意ではないと言っても心得はありますので」

「ゆ、ユズハ・・・」

「もう、余計なことを言わないでください。せっかく良い顔をされていたのに」

「申し訳ありません」


 慰めてくれたメイドを諫める姫。

 なんて性格の悪い姫様なのだろう。

 もう諦めてるけど。

 弱いのは事実だし、看過できない俺が悪いんだ。


「とにかく出発まで頑張りましょうね。ちゃんと出来たら、ご褒美もあげますから」

「が、頑張るよ!」


 この子が言うご褒美なんてどうせアレな感じだ。

 それこそきっと碌でもない。

 『城下町散策券』とか貰えたら嬉しいけど。


「ふふっ、ハリボテ勇者様・・・」


 最後に追い打ちをかますエステルは、やはり性格が悪い。


 こうして、『ハリボテ勇者計画』がスタートしたのだった。



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