第30話 思ってたんと違う

「うおおお!勇者様!」

「姫様だ!」

「ばんざーい!!」


 勇者邸から出て階段を下りている途中で、大歓声が起きた。

 地が揺れんばかりの歓声に驚く。


「す、すごいな」


 見送りだろうか。

 軍旗が振られ、様々な家紋の旗も見える。


 (薔薇に獅子にドラゴン・・・鳥っぽいのもあるな)


 『赤薔薇の騎士団』と『白薔薇の騎士団』は知っているが、他にもあるらしい。


「これ何人くらいいるの?」

「1000人程でしょうか」

「へぇ、やっぱり姫の見送りって凄いんだな」


 俺を呼ぶ声も聞こえるが、エステルへの声が大きい。

 さすが第一王女様だ。


「何を言ってますの?」

「ん、なにが?」

「あれは全員今回の調査隊ですわ」

「・・・はい?」

「実際はこの後に輜重隊が続きますけど」


 ここにいる人全員着いてくるの?

 

 (え、1000人とか言ってたよな)


 しかもまだ増えるらしい。

 『調査隊』なんて言うから精々数十人だと思っていたのに。

 戦争に行くレベルじゃん。


「・・・思ってたんと違う」


 俺は勇者の仮面を被り、にこやかに手を振りながらも内心穏やかじゃなかった。


「先頭の黒い鎧を着けているのが調査隊の本体ですわ」

「へ、へぇ・・・」


 エステルに説明してもらうが頭に入って来ない。

 この軍勢の大体半分くらいを占める黒い部隊はこの国の正規兵。

 中にはローブを被った者がおり、魔法専門らしい。


「姫様」


 階段を降りきると、白い鎧に身を包んだ騎士が近づいてきた。

 いけ好かないイケメンだ。

 俺の敵。


「アンバー団長。ご苦労様です」


 俺より年上だろうか。

 すらっとした体躯に穏やかな目をしている。


「カケル様、こちらは『赤薔薇騎士団』のアンバー団長です」

「よろしく、アンバーさん」

「もう、アンバーって呼んで」

「は、はい」


 アンバーは俺にウィンクをした。

 なにやら様子がおかしい。


「姫様が羨ましいわ。こんなイケメン捕まえちゃって」

「あ、アンバー。皆がいますから」

「恥ずかしがらなくていいのに。またねカケルちゃん」


 やれやれと首をすくめるとバチンと二度目のウィンクをぶつけ去っていった。


「なぁ、あの人」

「はい。アンバーは男色なのです。だからわたくしの団長が務まっています」

「なるほどなぁ」


 自分の貞操が心配になるが、間男になる可能性は無さそうだ。

 俺はホッと胸を撫でおろした。


「エステリーゼ様!」


 続きまして現れたのは、


 (スカーレット・・・?)

 

 前の世界で一度も前に出たことない赤髪ツインテールの剣士。

 その生き写しのような女性が、そこにいた。


「私は『白薔薇騎士団』副団長のサーシャ・ハーレンです。この度護衛を務めさせて頂きます」


 サーシャと自己紹介した彼女は、やはりスカーレットそっくり。

 赤髪ツインテールに、気の強そうな目。

 あの子はポンコツだったが、副団長のサーシャは実力があるのだろう。


「よろしくね、サーシャ。団長はお休みかしら?」

「はい、申し訳ありません。クロエは体調が悪く」

「大丈夫です。あなたがいれば問題は無いでしょう」

「有難きお言葉です」


 一矢乱れぬ姿に思わず見惚れてしまう。

 スカートタイプの短い鎧から見える脚が美しい。


 (中は見せパンか・・・はたまた・・・)


「あなたが勇者ね」

「はっ。そ、そうだ」


 気付くと、サーシャがこちらに視線を移していた。

 バレただろうか。


「・・・」


 じっと俺を観察している。

 女性は男の視線に敏感らしいから、失敗したな。


「な、なにかな?」

「・・・別に」


 そう言うと彼女は立ち上がった。


「では失礼致します」

「えぇ、また後程・・・」


 エステルはヒクついた笑顔を向けている。

 あ、キレそう。

 サーシャが去ったのを確認すると、


「あ、あの子・・・わたくしのカケル様に・・・ゆ、許さない・・・」


 恐らくタメ口が許せなかったのだろう。

 これから先こんなこと年中あるのに、姫様は大丈夫だろうか。


「お、俺は気にしてないからさ」

「わたくしのなのに・・・!」


 聞いてねえや。

 サーシャの今後の無事を祈っておこう。


「姫様、勇者様。こちらへどうぞ」


 ユズハの声の方を向くと、そこにあるのは巨大な馬車。

 

 (え、なにあれ家・・・?)


 俺が知っている馬車に比べるとかなり大きい。

 部屋一つ分運ぶ気なのだろうか。

 馬はなんと6頭。

 いや、それよりも。


「俺もその馬車なの・・・?」


 このロイヤル御用達の馬車に乗るのは気が引ける。


「はい、わたくしと一緒です」

「大きすぎない?」

「他の馬車は今から用意できませんわ」


 そうだとしても、初陣から豪華過ぎてちょっと引く。

 大体4日程度の旅なのに。


「だったら馬でも・・・」

「カケル様は乗馬ができますの?」

「・・・乗れないわ」


 俺は馬に乗ったことが無かった。

 前回の世界では馬車を買うまで走っていた。

 疲れないし。


「はぁ、わたくしと一緒なのが嫌ですの?」

「違う!一緒が良いです!」

「うふふ、素直なカケル様は好きですわ」


 冷凍ビームのような視線に負けただけなのだが、ワガママを言うのはよそう。

 俺は大人しく馬車?に乗ることにした。


「めちゃくちゃ広い・・・」


 乗り込んだ第一声がこれだった。

 レッドカーペットが敷かれた、ホテルの一室のようだ。 


 大きめのベッドにソファ。

 机と何脚かの椅子。

 本棚や、シャワールームまである。


 (快適すぎる・・・)


 初めての外出は、まさかのホテルと一緒に移動。


「・・・思ってたんと違う」


 驚きの連続だった。

 想像の遥か彼方を飛んでいる。


「ユズハ、お茶を淹れてくださる?」

「かしこまりました」


 メイド完備のホテル。

 なんだろうこれ。


「ね、ねぇカケル様」

「どしたの?」

「こ、これって、あの・・・し、新婚・・・」


 エステルの言わんとしている事は分かる。

 俺も同じことを考えてしまった。

 しかし、


「いや、それはちゃんと取っておこう」


 これはあくまで調査。

 それにもっと景色が綺麗な所とかに2人で行ってこそだろう。


 これが『新婚旅行』だなんて認められない。


「うふふっ、楽しみにしてますわ」


 姫様の中でも切り替えられたようだ。

 良かった。

 

 そもそも新婚旅行なんて文化あるんだなぁ。

 現実離れした出発に、俺の気持ちも旅行気分になってしまったのだった。

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