第16話 きっかけは生前に在り

 死亡フラグ回避ついでに魔法を教えてもらえることになった俺は、次の日から早速教えを受けていた。

 だが、現実はやはり甘くないものだ。


「・・・!ぐあああ!えすてるうううう!!」

「ふふ・・・はいはい」


 俺との約束をしっかり守っているエステルは、常に近くにいてくれている。

 その点は非常に安心した。

 しかし、


「はぁ!はぁ・・・!くそっ!」


 何度やっても上手くいかない。

 思わず地面に拳を叩きつけてしまう。硬くて痛い。


「カケル様、怒らないで」

「ご、ごめん」

「最初はこんなものですよ」


 励ましの言葉を発している彼女はめっちゃ笑顔。

 通常運転。


「でも・・・どうして何度教えてもマナ流入してしまうのかしら・・・やっぱり痛いのがお好きなのですか?」

「ち、違うから!」

「ふふっ、わかっていますわ。カケル様は・・・ね?」

「・・・くぅ」


 足舐めお預けプレイのせいで、なにかと弄られる。

 とんでもない弱みを握られたものだ。

 なんという屈辱。


「やっぱり魔力量が少なすぎるのかしら。ファイヤーランス?のイメージが大きすぎるのかも」

「ファイヤーランスはもう封印しました・・・」

「そうなのですか?わたくしは好きですよ」

「ほ、ほんとう・・・?」


 女神様もエステルもてっきり面白がっているだけかと思っていた。

 なんだ、ファイヤーランス。お前できるじゃないか。


「だって、あんなに大きな声を上げて、出てきたのが・・・あははっ」

「・・・ぐすっ、酷いよ・・・」

「な、泣かないでください。冗談ですから。ほら、泣かないの」 

「ファイヤーランスは悪くないもん。俺が弱いせいだもん」

「そうですね。カケル様は弱くて、滑稽で・・・うふふ」


 慰めるか罵倒するかどっちかにして欲しい。

 あと撫でながら息荒くするのやめてください。怖いです。


「わたくしは見てみたいですわ。ファイヤーランス。この世界にはありませんもの」

「そ、そうなの?ほんとに見たい?」

「ええ、いつかできるようになりましょうね」

「が、頑張るよ俺!」


 実は気に入っていたファイヤーランス君を褒められて、すっかり乗せられる勇者。

 単純なのは良いことだ。きっと長生きする秘訣。


「似た魔法で火の玉や火の矢はあるのですが、火の槍は無いはずですわ」


 日本語訳できるんだ。へー便利。

 

「よーしやるぞ」

「頑張りましょうね」


 とは言うものの、エステルの言う通り俺の魔力量は少なすぎる。

 あの線香花火のようなスカ魔法から、ほとんど成長していない。

 そして自分の魔力ではあんなのでも2発が良い所。


 今の俺は、失敗するたびにエステルの魔力を貰いながらチャレンジをしている状態なのだ。

 寄生勇者カケル。


 (やる気はあるんだけど・・・マナ流入が怖いなぁ)


 マナ流入は、魔力とマナが融合した際に消費しきれなかったマナによって引き起こされるらしい。

 例えば、大きな氷を作ろうとするとそれなりの魔力量が必要になるのだが、マナも同じ量が必要で、本人の魔力量が足りないと消費しきれなかったマナが身体の中で暴れる。

 こんな感じらしい。

 

 つまり俺が魔法を初めて使った日に、城を破壊するイメージなんてしていたら、恐らく死んでいた。この世界って簡単に死ねるな。

 イメージとバランス。これが絶対。


『どうやったら魔力とマナのバランスを取れるのかな』

『申し訳ありません。わたくしにもよく分からないのです。ただできているとしか』


 天才。感覚でできるから誰かに教えることができない。

 そう思っていたのだが、どうやら違うらしい。

 この世界の住人は、よっぽど無茶なことをしない限りマナ流入は起こさない。

 生まれつきなのか、魔力とマナのバランスに関しては苦労しないようだ。


 つまり俺が魔法を使えるようにするためには、まず魔力とマナを等量にするイメージを固めることから始めないといけない。

 ゼロからどころかマイナスから始まる魔法習得。

 

 圧倒的弱者。

 エステルが何度丁寧に教えてくれても上手くいかない訳がここにあった。

 

「ふぅ・・・よーし」


 自分の小さな魔力に合わせて、イメージも小さくする。

 マナも少量を使うイメージ。

 1:1を心がける。


 (同じ量・・・同じ量・・・うーん・・・)


「ほいっ!」


 俺は何か小さなものが出る感じをイメージした。

 ものすごく抽象的である。


 よって、


「・・・なにもでない」

「あはっ、なんですの今の声。もう、わざとですの?」

「ち、違う!・・・はぁ難しい」


 不発。イメージも足りなければ、マナ流入にびびってマナの量も少なすぎた。

 身体に痛みがこないのが証拠。


「上手くいかないなぁ」


 何十年も妄想し続けていた結果、地球破壊爆弾クラスのイメージならいくらでもできるのだが、小さいものがどうしてもできない。

 生前の妄想力と想像力がここにきて大きく足を引っ張っている。

 そもそも、目に見えないもの同士のバランスなんてどうやれば取れるのか。


「バランス、バランス・・・エステルは何か思いつかない?」

「少し待ってくださいね。カケル様の魔力量を考えると、これくらいかしら」


 そう言うとエステルは目を閉じて集中。

 目を開くと右手を前に出した。

 標的は、訓練所に設置してある的。


「見ててください・・・ね!」

 

 バシュンッと音が鳴ったと思ったら、パァンと弾ける音がした。

 

「嘘・・・何も見えなかった」


 的は見事に粉砕されていた。

 木のそれは、バラバラと砕け散っている。


「え・・・?穴?」


 まさかと思い壁に走っていくと、


「貫通・・・嘘だろ・・・」


 壁にまで穴が空いていた。

 

「ふふっ、これでも魔法は得意なんです」

「す、凄すぎる・・・」


 俺の後をついてきたエステルが嬉しそうに微笑んでいる。

 これで得意ってレベルなのか。


 (デスビーム・・・いや光線・・・?)


 どちらにしても超兵器だ。

 この世界の住人はみんなこうなのだろうか。

 勇者なんていらないのでは。


「ね、ねぇエステル・・・」

「はいっ、カケル様」

「みんなこんなに凄い魔法ができるの・・・?」

「ふふっ、どう思いますか?」


 含みのある聞き返しだ。

 ユズハと違い、イタズラだと分かる表情をしていない。

 もしこの世界の魔法レベルがここまで高いなら・・・。


「・・・エステルが凄いと思う」

「まぁ嬉しい!」

「あの、それで・・・」

「・・・うふふ、大丈夫ですわ。ねぇユズハ」


 ユズハにバトンが渡った。

 自分で言うのは違うと思ったのだろう。

 

「はい。姫様の魔法は世界有数です。安心してください勇者様」

「ひ、ひぃぃ・・・良かったぁぁ」


 本当に良かった。いや、良いのかな。

 この姫様が強すぎるのも考え物だ。

 しかし、とりあえず魔法を諦めなくてもよさそうなのは安心した。


「ですが、やっぱりバランスは分かりませんでした。ごめんなさい」

「いや、謝らないで。良いものが見れたよ」


 本人は真面目に俺にきっかけを与えようとしたのだろう。

 成果が得られずにしゅんとしてしまった。

 普段からこれくらいしおらしかったら最高なのに。


「今のって光魔法なの?」

「そうですわ。『ライトニング』といって、本来は光の矢を飛ばすのですが、カケル様の魔力に合わせて小さく、細くしてみましたの」


「ら、ライトニング・・・格好いい」

「ふふっ、お気に召したのであれば、今度お教え致しますわ」

「いいの!やった!」


 光の矢というか、もはやレーザーだったけど。

 本当にこの姫様は天才なのだ。

 一応味方で良かった。


「小さく、細くか・・・うん、少し掴めた気がする」

「さすがカケル様ですわ」

「もう一回やってもいい?」

「もちろんです」


 姫様に魔力を分けて貰う。

 マナ流入の時は痛くてそれどころでは無いが、体力とは違うなにかが回復する感覚が確かにある。


「・・・ふぅ」

「ごめん。これで終わりにするから」

「いえ、お気になさらないでください」


 エステルの額に汗が浮かんでいる。

 ここまで実演と俺への魔力で消耗してしまったのだろう。

 彼女がここまでしてくれたのだ、一つくらい何かを掴まなければ。


 俺は先ほどのエステルの言葉で思い出したことがあった。

 小さく、細く。

 それは生前の記憶から引き出された。


 『ニードルガン』


 簡単に言うと針を発射する銃。

 これなら俺の魔力でも2発以上発動できるかもしれない。

 しかしよくこんなもの思い出せたな。


 (手は・・・やはりあれか・・・)


 親指と人差し指を使った拳銃のポーズ。

 ちょっといい感じじゃないの。


 手を銃の形にして、針を撃ち出すイメージ。

 後は魔力とマナを合わせるだけ。


 (バランスができてないじゃん・・・)


 結局これができない限りは、魔法が使えないのだ。


「やはりここも、現代知識か・・・」

「げんだいってなんですか?」

「いや、なんでもない」


 週刊誌の方ではなく、生前学んだ知識を披露する時が来た。

 よくある現代知識で俺つええ無双的なやつだ。


 まぁさっきのニードルガンもある意味チートな現代知識なのだが、別に作れる訳では無いし、俺が持っている技能ではこの世界に革命を起こすのはまず無理だろう。

 ライターの構造とか分からんし。


 しかし、イメージをするだけなら誰にでもできる。

 何かバランスに関連するもの・・・。


 (バランスボール・・・バランスボール・・・)


 『バランス』に引っ張られすぎて、これしか思い浮かばない。

 異世界に行くときは、しっかり勉強してから臨もう。


 (そういえば、元カノがよくバランスボールに乗っていたな・・・)


 俺の恋愛観を歪ませた元凶であり、ハーレムを作るきっかけになった人。

 

「くっ、静まれ俺の記憶・・・!」

「勇者様?」

「なんでもないです」


 エステルとユズハにちょいちょい心配されるが、今は集中タイム。

 

『他に好きな人ができたから』


「や、やめてくれええ!そのトラウマはもう乗り越えたはずだろ!?」

「あ、あの・・・カケル様?」

「お疲れなのでしょうか」

「ご、ごめん二人とも、距離を取らないで」


 女子がドン引きしている。

 誤解なんだ。浮気とかじゃないんだ。

 むしろ、


『天秤に掛けられた結果フラれた』


 そう、俺は負けたのだ。

 

 (天秤ね・・・はい・・・はぁ)


 トラウマと共に思い付きたくなど無かった。

 感謝などしない。

 俺は浮気も寝取られも間男の存在も大嫌いなのだ。

 絶対に許さない。

 

 思考がエステルに近くなっているのは、きっと気のせいだろう。

 どこか陰謀めいた思い付きを実行する。


 (天秤・・・天秤・・・)


 頭の中に、金色の天秤を思い浮かべる。

 片方に魔力、もう片方にマナを入れるイメージ。


 ガチャガチャと揺れる秤。

 少しずつ、少しずつバランスを取っていく。


 右手を上げて、拳銃の形を作る。

 狙いは、まだ存命な的。

 イメージするのは針。

 硬くて鋭い、敵を撃ち抜く針。


 天秤の揺れが、収まった。


「ここだ!バンッ!」


 俺は指先に込めたイメージのまま針を発射した。

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