第15話 最弱勇者のリスタート

  結局まともな対策も打てないまま、時が来てしまった。


 黒のネグリジェ姿になった姫様となぜかベッドに並んで座っている。

 そしてユズハはなぜか部屋にいない。


 (どうしてこうなった・・・)


 俺は白から黒に変身した姫様を出迎え、窓際のテーブルに誘導しようとした。

 しかし、


「カケル様。ベッドにいきましょう・・・?」

「え、あ、うん」


 エステルがこう言うのだから俺は従うしかなかった。

 

「ユズハは下がっていいわ」

「・・・かしこまりました」


 何か言いたげだったが、主の命令でメイド様は退出。

 

「ユズハはいても良かったんじゃ」

「だって・・・」


 髪を手で弄びながら恥ずかしそうにしている姫様。

 いつもお綺麗ですね。

 ではなく、なにかがおかしい。


 夜、ベッドの上で二人きり。

 しかもエステルはネグリジェ姿。

 これではまるで・・・。


 (初夜・・・まさか・・・ここで?)


 異世界生活の初めてを?

 生前の俺は童以下略。


「カケル様・・・?」

「・・・っ」


 碧い瞳に見つめられて、思わず胸が高鳴ってしまう。

 潤んだ瞳に、濡れているように見える唇。そして惚けたような表情。


 (間違いない・・・これはあのシーンだ)


 この先はR指定。立ち入り禁止区域。

 現代日本だったら何かしらの法律に引っかかりそうな見た目の姫様。

 しかしここは異世界。そんなものは関係ないはず。


 (いやそうじゃなくて・・・)


 どうしてこうなった。

 俺はここまでの時系列を辿る。


 夜中に散歩に出た。

 勘違い姫様が心中を図った。

 誤解を解いて抱きしめられた。

 部屋で話そうと言った。


 どこかおかしい所はあっただろうか。

 

「どうかされましたの?」

「・・・な、なんでもないよ!」


 スッと距離を縮めてくる姫様に俺のハートは撃ち落されそうになる。


『お姫様の求めていることをしてあげれば良いじゃない』


 え、そういうことなの?

 ここで一発ってこと?


 いや、もう一度冷静に考えてみよう。

 目の前には恐らくこの世界でもトップクラスに可愛い女の子。

 中身はアレでも可愛さランク最上位。

 

 じゃあここで姫様と結ばれたとしよう。

 俺は魔王を倒すことになっているから、何れはここを出て行く。

 実際はハーレム作りの旅なのだが。

 他の女の子に目移りする俺に彼女は、

 

『う・・・浮気・・・わたくしがいるのに・・・この駄ぶたは・・・!』


 デッドエンド。


 そもそも他の女性を考えるだけでヤンデレスイッチが押されるのに、ハーレムなんて言い出したら真っ先に殺される。

 

 ではここで手を出さなかったら。


『やっぱり、わたくしの事がお嫌いなのですね・・・』


 デッドエンド。


 (あれ、俺の夢の異世界生活詰んだ?)


 どうしても諦めらめられずに、女神様を泣き落とししてこの世界に来たのに。

 ハーレムの夢を捨ててまで、異世界童貞を捨てろというのか。

 

 それはできない。まだ見ぬ誰かの期待を背負っているのだから。


「それで、お話というのは・・・その・・・」

「えっと、それは・・・」


 黙っている俺を見かねたのか、それとも我慢の限界なのか、エステルに切り込まれてしまった。

 もう時間が無い。

 この詰んでしまっている状況をひっくり返さないといけない。


 (いや、そもそも何でこんな雰囲気になってるんだ・・・?)


 嬉しい?はずのイベントを前にして、俺はようやく原点に立ち返ることができた。

 そう、そもそもこうなっているのがおかしい。


 エステルもエステルだ。さっきから変だ。

 いやこの子はそもそも変なのだが、今日は特に変。


 ストレスで勘違いが爆発して、俺はそれを処理したはず。

 もしかしたら処理できていないのか。


 行動も言動もいつにも増して幼かったというか、少女チックだったような。

 抱き着いて離れなかったり、離れようとしても『やだ』と言って拒否したり。

 いつもなら罵倒の一つでも飛ばすのに、それも無かった。


 ヤンデレスイッチともう一つ別のなにかが押されている。

 情緒がおかしい姫様に多少は慣れたと思っていたが、勉強不足だったようだ。


 俺と彼女の行動と言動をもう一度整理する。

 ズレていた彼女との会話が、ハマって再度ズレた所。


『じゃ、じゃあせめて部屋に行こうか。冷えてきたし』

『ま、まぁお部屋になんて・・・』


 間違いなくここだ。

 会話の流れは特におかしくなかったのに、切り取ると違和感が凄い。

 

 勘違いが解けて安心したエステルは俺に抱きとめられて、変なスイッチが入った。

 元々思い込みが激しい彼女のことだ。

 きっと『部屋に行こう』だけで思考が明後日の方向に行ったのだろう。


 このおかしな状況もそれなら合点が行く。

 姫様検定なんてものがあったら、3級くらいは取れそうだ。


 (いや、どっちにしても詰んでない?)


 勘違いだよなんて指摘したら最後、この場で殺されかねない。


「ね、ねぇカケル様・・・?」

「ごめん、少しだけ待ってくれる?」

「・・・大丈夫です。ふふっ、わたくしも緊張してますの」


 やっぱり勘違いされている。

 もうこのまま進むしか無いのではないか。

 少なくとも俺のとりあえずの命と、エステルのプライドは守られる。

 出会った頃あんなに恥ずかしがっていた彼女がここまで押してきているのだ。

 俺は勇者だ。据え膳食わぬは勇者の恥ではないのか。


 

 (出会った頃・・・勇者・・・か)


 

 決意しかけた心が、冷めていく。


 彼女は俺と初めて会った時から異常に好感度が高かった。

 一目惚れだったとも言っていた。


 それは俺の見た目が良いとか以前に、勇者という肩書に惚れていたように見える。

 勇者カケルに惚れたのではなく、勇者だから惚れた。


 そう考えると、納得がいってしまう。

 この少女は勇者を待ち望んでいた。白馬の王子様を待つ姫の様に。

 そして俺は現れた。


 果たして彼女は自分が思い描いた者を前にして、それを好きになった。

 これも恋かもしれないが、俺自身を見ていたわけではない。


 そこで俺が想像通りの最強勇者だったら、本当の意味で好きになってくれたかも知れないが、俺は彼女の理想像を破壊した。一撃で粉砕してしまった。

 そして彼女自身もある意味で壊れてしまった。

 

 今の状態も、彼女が夢見たシーンの一つなのだろう。

 しかしこれも、勇者とエステルの物語であって、俺である必要が無い。

 最弱の役ではない。


 前回の世界ではこんなことは思わなかった。

 今は最弱だからだろうか。勇者である前にカケルを見て欲しい。

 彼女が俺のことを本当に好きならいい。

 でも、それは勇者を抜きにしてもそう思えるならだ。


 (自己顕示欲も甚だしいが・・・)


 確かに俺自身の欲望でもある。

 しかしなにより、エステルに自分のことを大事にして欲しい。

 まだ大人ではない彼女には、もっと自分の事を考える時間も必要だろう。

 

 (さて・・・どうするか・・・)


 少なくとも、冷静でない彼女を落ち着かせる必要がある。

 その場合別の意味で冷静では無くなる可能性が高い。いや確実にそうなる。


 最悪の場合、やっぱり俺は死ぬ。

 

『その時は、わたくしと一緒に死にましょうね。カケル様』

『あのね、人はいずれ死ぬものよ』


 くそっ、簡単に死ぬ死ぬ言わないで欲しい。 

 俺まで死が身近に思えてくる。


 最強なら使えた技も、ここではほとんど役に立たない。

 残された手段は・・・。


 (これでダメなら、もう詰みだ)


「エステル!聞いてくれ!」

「は、はい!」


 俺は彼女の肩を掴んで、こちらを向かせた。

 待ちわびたと言わんばかりに目を輝かせる彼女は、やはり美しい。


『俺は決めた。この子をハーレム第一号にする』


 そう考えた当時の目に狂いはない。

 しかし、


「これを聞いたら、きっと怒ると思う。でも聞いて欲しい」

「わ、わかりました」


 彼女から手を離し、ベッドの下に降りる。

 そして、天下の宝刀を繰り出した。


「か、カケル様?」

「ごめんエステル!勘違いさせてごめん!」

「え、えっと・・・?」


 戸惑いの声が聞こえてくる。

 この後俺はグサリとやられるか、どうか。

 南無三!


「俺に、魔法を教えて欲しいんだ!」

「・・・・・・」

「それで、失敗した時はすぐ治療して欲しい!頼む!」

「・・・はい?」


 まだ彼女は戸惑っている。

 頭を擦り付けたまま祈るしかない。


 (神様仏様女神様エステル様・・・どうか俺を助けて・・・)


 最弱勇者は土下座をしながらとにかく祈った。

 あわよくば命だけは助かりますように。


「え・・・え?魔法・・・?でも・・・なんで」

「ごめん!恰好付けたけど、今の俺にはあれが限界で、でも強くなりたいんだ」


 勘違いしたのはエステルでも、元を辿れば俺のせい。

 俺は大人で彼女は子ども。だから俺が責任を取るべき。

 そう思っていないとやってられない。


「わたくし・・・勘違い・・・ふふ・・・ぐすっ」

「エステル・・・ごめん」

「・・・ひぐっ・・・ぐす・・・ゆ、許しませんわ・・・」

「ごめん・・・」


 あぁ、やっぱりこのまま死ぬのかな。 

 せっかく近くに可愛い子が二人もいたのに、最弱が憎い。


「許しませんわ・・・わたくしをこんなにした責任・・・取ってください」

「わ、わかった。煮るなり焼くなりエステルの好きにしてくれ」


 やっぱり、エステルと結ばれてから死ねば良かった。

 ちょっと後悔。


「・・・顔を上げなさい」

「は、はい」


 顔を上げると、エステルの顔は涙で濡れていた。

 俺がまた泣かせてしまった。

 同じ日に2回も。


「こんな屈辱・・・償ってもらわないと気が済みませんわ」

「わかった。一緒に死のう」


 この発言が超ファインプレーだったと気付くのは、大分後になってのことだ。


「・・・っ!・・・ふふっ、いいえ・・・」

「え、そしたらどうすれば」

「屈辱には屈辱・・・ですわ」


 そう言うと、彼女は右足の靴下をゆっくり脱いだ。

 そして、


「・・・舐めなさい」

「え・・・?」


 俺の目の前に、足が近づけられた。

 白くて小さな綺麗な足。

 今、なんて?


「舐めろと言ったのです」

「そ、それは・・・」

「犬の癖に、な、舐めることもできないの?」


 屈辱には屈辱を。

 彼女を見上げると、顔に影が掛かるほど見下した表情をしている。

 そしてその口には歪んだ笑み。


 (こ、こう来たか・・・!)


 アニメで予習はしていたが、しかしこれは思ったより心に来る。

 どう来るかと言うと、ドキドキする。

 可愛い姫様の綺麗な足。

 それを舐めろと言われる状況。


 (くっ、こんな屈辱・・・でも・・・)


 俺は何かに目覚めてしまったのか。

 いや、男なら誰であろうと危ない気持ちになるはず。


「は、はやく・・・ほら」

「わ、わかった」


 更に足を近づけられる。

 俺が舐める姿が見られるようにか、やや低めの位置にある。


「ふ、うふふ・・・はぁ・・・」

「・・・っ」


 エステルもやや興奮しているのか呼吸が荒い。

 空気にあてられたのか、俺も舌を出し差し出された足に近づける。


「はぁぁ、もう・・・なんて光景なの・・・ふふ」  

 

 嬉しそうである。

 いつもの調子に戻ったようだ。

 

 (ほ、本当に舐めていいのか・・・これでは・・・)


 まるでご褒美じゃないか。

 そう思考しそうになり、打ち消そうとする。

 俺は、決してMじゃない。

 だが、しかし・・・。


「あはっ、カケル様ったら・・・なんて顔をしてるのですか」

「あえ・・・?」


 舌を出しっぱなしにしているから、変な音が出てしまった。

 どんな顔をしているのだろう。


「あぁ・・・そういう・・・ふふっ・・・おあずけです」

「・・・え?」


 お預け?お預けってあのお預け?


「あはっ、もうそんな顔しても、だぁめ」

「なんで・・・あっ」


 正直にならざるを得ない。

 俺は残念がってしまった。

 この姫様にここまで歪まされてしまっていたのか。


「あぁ、可愛いですわ・・・ご褒美は、また今度、ね?」

「・・・くぅ・・・」


 屈辱だ。舐めるよりよっぽど屈辱。

 これなら足舐めが屈辱行為だと思われていた方がよっぽどマシだった。


「カケル様」

「は、はい」


 足の代わりに、両手で顔を触られる。


「魔法の事ですが、わたくしが責任を持って教えてさしあげますわ。治療も致

します」

「あ、ありがとう」

「その代わり・・・ふふっ、わたくしの言うことは絶対。ですからね・・・?」

「わ、わかりました」


 愛おしそうに顔を撫でるエステルは、やはりどこか歪んでいる。

 しかしその姿にどこか魅力を感じてしまう俺がいる。

 このままでは俺もどこまでも歪んでしまいそうだ。


 (早く・・・強くなろう・・・)


 ハーレムとか以前に、自分で状況を打破できる力。

 せめて目の前の姫様を御せるくらいには、強くならなければならない。

 

「うふふ・・・明日からが楽しみですわ・・・」

「お、お手柔らかに」


 こうして、長い長い夜が終わった。


 

 彼女の歪みを解消する日が来ることを夢見ながら、明日から頑張ることにしよう。

 最弱にしてはよくやった方だと思う。








勇者カケル


 レベル3



スキル


 ・とくしゅ言語知覚(モンスターの声が聞こえる)

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