第14話 結局答えは分からない

 夜の中庭で勇者と姫は抱き合って終了。

 そうであったならどれほど良かっただろうか。


 言葉というのは不思議なもので、表面だけ取り繕えばいくらでも美化できてしまうものだ。

 しかし実際はストレスが爆発して俺と心中しようとした姫と、怯える勇者の構図。

 

 ヤンデレが好きとかドSが好きとか、そういう趣味も理解はできる。

 かくいう俺も実際体験するまではヤンデレもドSも好きだった。

 だが当事者になってみると分かるが、怖い。

 一歩間違えば死んでしまう。

 勇者の立場からすると、モンスターに殺されるほうがまだ体裁が保てそうだ。


 前置きが長くなってしまったが、ここから時間を動かしていこうと思う。


 

 前回見事にデッドエンドを回避した俺だったが、エンドロールが流れることもなく、そして部屋に戻れることもなく未だに中庭にいる。


 現在は、落ち着いた姫様に手を引かれてベンチに座っているところ。

 珍しく横に座れている。


「今度はカケル様のお話を聞かせてください」


 そう切り出したのは、エステルだった。

 靴はユズハが回収してきたらしく、完全武装状態。


「あ、それなんだけど。今度でいいかなぁって。ほら、もう夜も遅いし」


 思いついた時点ですら先延ばしにしようとしていたのに、姫様ご乱心事件ですっかり気持ちは萎えていた。

 

 世の中を上手く渡るためにはTPOとやらが必須なのだ。

 時も場所も場面もふさわしくない。


「そんな・・・わたくしにはお話しできないのですか・・・?」

「い、いやそうでは無いんだけど。エステルも疲れているだろうし」

「わたくしなら大丈夫です!」

「さいですか」


 興奮気味に俺の手を握る姫様。 

 この手にはさっきまでナイフが握られていた。

 もしここで断ったら明日には冷たくなっているのだろうか。


「・・・?」


 ユズハの方を見るが、微笑ながら首を傾げるだけだった。

 まぁエスパーでも無いし、察せというのが無理か。


「じゃ、じゃあせめて部屋に行こうか。冷えてきたし」


 俺の身体と心が。

 一度休憩を挟まないとどうにもならない。

 落ち着く時間が必要だ。


「ま、まぁお部屋になんて・・・」

「ユズハ。エステルを一回着替えさせてあげてよ。靴下も汚れちゃってるし」


 一旦姫様を無視してユズハにお願いをする。

 頼むからインターバルを挟んでくれ。


「・・・!かしこまりました、勇者様。姫様、一度お着替え致しましょう」

「も、もうユズハまで・・・わかりました。ではカケル様、お部屋で待っていてくださいね。絶対ですよ・・・?」


 ハッとなにかに気付いたユズハに連れられて、エステルは着替えに向かった。

 最後に釘を刺されたが、とにかくこれで時間ができた。


「り、リヴィアさまー」


 俺はすぐさま女神様に助けを求める。

 24時間365日年中無休の女神様。 


「あら、久しぶりですね。ファイヤーランスくん」

「やめて!それ以上はやめて!」


 にっこりと笑みを浮かべて俺の心を抉ってくる。

 

「それで、どうしたのですか。ファイランくん」

「略さないでください!」


 『ン』を抜いたら最後の物語に出て来そうな技になっちゃう。

 

「あ、あの・・・リヴィアさん?」

「なんですか?」


 笑みは崩さず、しかし敬語。

 こういう場合は大抵俺が悪い。

 今回の場合は、女神様放置罪といったところか。


「連絡取らなかったことは謝りますから・・・もう許してください」

「別に怒ってませんし。女神ですし」

「そうですか・・・あ、日本の美味しいお菓子を教えますから」

「馬鹿にしてるでしょ」


 お菓子作戦失敗。

 女神様は美味しいものに釣られるほどお子様ではないのだ。


「そんなつもりは!この通りです!」


 ベンチの上で土下座。

 やはり勇者カケルはこうでなくては。


「・・・だるいっ。・・・それで日本のお菓子って?」


 映像の中の女神様、アホ毛がピコピコ動いている。

 アンテナ以外の使い道もあったのか。

 お菓子に釣られるお子様め。


「ははぁ!バウムクーヘンなど如何でしょうか・・・?甘くて美味しいですよ」

「ばうむくーへん・・・?」


 早速どこから取り出したか分からない紙をパラパラしている。

 そのまま「へー」とか「ふんふん」とか言っていたが、


「・・・ドイツのお菓子じゃない」


 やっぱりバレてしまった。

 そもそも煎餅ばっかり食べている女神様を見て、甘いものが欲しくなるなと俺が勝手に思っていただけ。

 でもお菓子は美味しければいいじゃない。

 もしかしたら煎餅の起源だって日本じゃないかも知れないし。


「でも美味しいですから!」

「まぁいいけど・・・もぐもぐ」


 言うがはやいかバウムクーヘンを召喚し、食べ始めた。


「美味しい・・・」


 目がいつも以上に輝いている気がする。

 やっぱりお子様か。


「そうでしょう!日本の誇りです」

「もぐもぐ・・・だからドイツのお菓子だってば」

「あ、ちなみに珈琲を飲みながらだともっと美味しいですよ」

「私苦いの苦手なのよね」


 ブラック珈琲は無理って人は多いから仕方ないけど、味覚もお子様か。

 付き合いが長くなると色んな面が見えて楽しい。


「じゃあ牛乳でも飲んでてください」

「ねぇカケル。私のこと子どもだと思ってるでしょ」

「ははは、そんなわけないじゃないですか。リヴィアさんは最高です」

「あっそう。それで何の用なの?」


 お菓子トークが盛り上がってきたところで、ようやく本題へ。

 俺自身が彼女と話すのが楽しくなっていたので忘れかけていた。


「俺は、エステルとどう付き合っていけばいいのでしょうか・・・?」

「え、重い。何を言ってるの?」

「だって一歩間違えたら殺されそうだし、さっきも心中されかけましたし」

「いいじゃない。愛されてて」

「何も良くないです。死にたくないですよ俺」


 女神様はあっけらかんとしている。

 エステルもだが、俺の周りの人は死を軽く考えすぎではなかろうか。


「あのね、人はいずれ死ぬものよ」

「そんな偉人の名言みたいなこと言われても・・・」

「もし死んでも私のところに戻るだけなんだから良いじゃない」

「そしたら記憶消去して監獄送りじゃないですか・・・」


 彼女は全然ヤンデレじゃないのに、いとも簡単に死を口にする。

 

「カケルのことは特別に見ているけど、そもそも私は生と死を司る女神なの。忘れていると思うけど」

「わ、忘れてないですよ」

「あなたってほんと分かりやすい」

「・・・へへっ」

「きもちわるいっ」


 生と死を司る女神。そういえばそんな設定だった。

 お菓子とダーツが趣味の寂しい存在ではないのだ。


「私はあなたに幸せになって欲しいけど、死んだら死んだで仕方ないのよ」


 それが仕事だもの。そう続けた女神様は相変わらずのスマイル。

 人とは一線を画すのが女神。

 1日にどれだけの生物が死んでいるかは分からないが、彼女にはそれが当たり前。

 死は次の生にいくだけの過程に過ぎないのだろう。

 

 でも俺はそんな達観はできない。

 なぜなら異世界でハーレムを作るのが夢。

 

「・・・そんなこと言って、俺がいなくなったら寂しいくせに」

「はい?なにを言っているの?」

「話し相手がいなくなったら寂しいだろうなぁ。この先誰に愚痴るんだろうなぁ」

「・・・女神にそんなの必要ないし」

「悲しいなぁ。俺って必要ない存在だったんだ・・・はぁ」


 もちろん演技だ。

 彼女への有効打は情に訴えかけること。

 なんでかは知らないが、彼女は情に弱い。

 女神様の性なのだろうか。生きるの大変そう。


「そんなこと言ってないのに」

「だってリヴィアさんが必要ないって」

「そういう意味じゃないでしょ。はぁ、もう分かったから。何が聞きたいの」


 心の中でガッツポーズ。

 エステルとユズハに比べたらよっぽど扱いやすい。

 こんなことしていたらいつか天罰でも食らいそうだけど。


「なにか、エステルに対しての有効な策が欲しいです」

「ファイヤーランスっ」

「そ、それ以外で・・・」


 よっぽど俺のファイヤーランスが気に入ったんだろうか。

 もう3回目だ。


「お姫様の求めていることをしてあげれば良いじゃない」

「そ、それが分かれば苦労しないんです」 

「はい、ヒントはあげました。おわりー」

「そんな・・・もう少し!」

「少しは自分で考えなさい。カケルの人生なんだから。またね」


 プツンと映像が切れた。

 向こうからも切れたのか、知らなかった。

 考えれば当たり前なんだろうけど。


 (求めることをしてあげる・・・って)


 女神様がくれたヒントはこれだけだった。





 


勇者カケル


 レベル3



スキル


 ・とくしゅ言語知覚(モンスターの声が聞こえる)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る