第13話 デッドエンドは身近にある

『噂をすればなんとら』


 この言葉、正式には『噂をすれば影が差す』というらしい。

 他人の噂をすると、その人が現れて影がかかる。

 つまりは噂をすれば本人の耳に入りやすから注意しようねって意味。


 まぁそんなことはどうでもいい。

 今は目の前のエステル様だ。


「こ、こんばんは。どうしたのこんな夜中に」


 俺は今回脱獄しようともしていないから、挙動不審になる必要なんて無いのだが、彼女に見つかること自体が心臓に悪い。


「お部屋にいらっしゃらなかったので」

「そ、そうなんだ」


 聞きたかったのは、夜中に彼女がここにいる理由だったのだが。

 エステルが俺に向かって歩いてくる。

 その顔はまだ見えない。

  

「探してしまいましたわ」

「ごめん。なにか用だった?」

「最近、様子がおかしかったので」

「う、うん。ごめんな」


 どうしてだろう。会話をしているのに、していないような違和感がある。

 彼女の声は鈴の音のように綺麗で、透き通っているいつもの声なのに。


「カケル様がいなくて、わたくしどうしようかと」

「そ、そっか。エステル?」

「はい、カケル様」


 良かった。俺の声は聞こえてたんだ。

 今の彼女はどのスイッチが入ってるんだ。

 声からするとドSでは無いのは分かるが、顔を見ないと何とも言えない。


「俺の様子を見に来てくれたの?」

「はい。カケル様の寝顔を見に行きましたの」

「心配かけてごめんな」


 さっきから少しずれている気がする。

 この少しの違和感が、心から余裕を奪っていく。

 落ち着け。俺も彼女に用があるんだから。


「実は、話があるんだ」

「わたくしもです」

「そ、そうなんだ。えっと、お先にどうぞ」


 レディーファースト。そう、俺は紳士。

 なによりもレディを優先する男。

 話を少しでも先延ばしにしたいとか、そういうことでは決してない。


「最近、カケル様の様子がおかしかったのは、わたくしのせいですね」

「それは」

「カケル様が初めて魔法を使ったあの日。わたくしがあなたを追い詰めてしまった」

「い、いやそんな」


 そんなことある。痛がる俺を大喜びで見下す姫。

 あれはトラウマの1ページにしっかり刻まれている。

 

「カケル様がこちらに来てから、大変ではありましたけど、毎日が楽しくて。あなたの顔が見たくて。なのにどこか違うなと感じることもあって」

「そうなんだ・・・」


 それは恐らく俺が辛い顔をあまり見せなくなったからでは。

 フラストレーションってやつですよ姫。


「訓練を厳しいものにしても、涼しい顔で乗り越えていて。わたくしは嬉しいはずなのに・・・」

「涼しい顔は多分してなかったと思うけど・・・」


 最近メニューが増えていたのは気のせいでは無かったのか。

 それも何とかやって来たけど、全然涼しくなかった。超辛い。

 弱音を吐かなかっただけ。


「強い勇者様になって欲しい。これは嘘ではありません。なのに、心に穴が空いてしまったようで。おかしいですよね」

「ど、どうかな」


 同意を求められても。

 おかしいとは言えないし。

 彼女の本性からすればおかしくないけど、目的からするとおかしい、のか?

 いや目的からしてもおかしくない気もするし。

 ややこしくなってきた。


「だからあの日、わたくしの中に何か大きなものが流れ込んできて。つい取り乱してしまいました」

 

 普段から乱れまくりです。

 口には出さないけど。


「でもその日から、カケル様はわたくしを避けるようになりました」

「違うんだ。それは別の理由があって」

「いいえ。わたくしのせいで、避けるようになりました。それが辛くて、でもわたくしのせいだから」

「エステル。それは違う」


 あまり自分のせいにして欲しくない。

 俺にとって彼女は悪魔のような人だけど、だからといって勘違いで彼女が追い込まれるのは違う。


 立ち上がってエステルに近づく。


「エステル・・・泣いて」

「・・・・・・」


 彼女は目から涙を零していた。

 碧い瞳から流れる涙は、零れたと表現するのが適切だろう。

 声も上げずに、ただ涙が流れている。

 そして白いドレスを着た姿は、やはり天使のように美しい。

 

 (え、どうして白いドレス・・・それよりも)


「靴は、どうしたの」


 彼女は何も履いていなかった。

 白いソックスのまま歩いてきたのか。

 それとも・・・。


「ごめん。焦らせてしまったのか」

  

 俺の事を探しているうちに脱げてしまったのかもしれない。

 そこまで、追い込んでしまったのだろうか。


「わたくし、辛くて、辛くて、つらくて・・・どうにかなってしまいそうで。公務もまともにできなくて、カケル様とお話しできなくて。つらくて」

「ごめん」


「わたくしが、あの日・・・。もしかしたら、もうダメかもしれないって考えたら、胸が張り裂けそうで。つらくて、でももうどうにもならなくて」

「そんなことない。俺も気にしてないから」


 風が強く吹き、月明かりに照らされた彼女の髪がキラキラと流れる。

 涙を流し続けている無機質な瞳は、彼女の魅力を一層引き立てる。


「こんなに想っているのに、避けられて。つらくてつらくてつらくて・・・。毎日想っているのに・・・どうしてどうして、どうして・・・」


 俺は理解した。ヤンデレスイッチが押し込まれている。 

 まともに相手してあげられなかったからか、彼女は自分を追い込んでしまったのだ。

 まだ若いエステルを壊してしまったのは、俺の罪か。


「そう考えていると、絶対にあり得ないのに、怖いことが浮かんできてしまいました」

「・・・なにが浮かんできたの?」

「・・・カケル様は、わたくしのことが、もしかしたらお嫌いなのかも、と」

「そ、そんなこと!・・・ない」


 勢いよく言い始めたのに、はっきりと回答ができなかった、

 嫌いではないけど、嫌いな部分はある。


「で、では・・・」


 彼女が口を開きかけて止まる。あれだけは聞いて欲しくない。

 つまりは究極の2択。

 もし、好きかと聞かれると非常に困る。

 俺は彼女の事を好きとも嫌いとも言えない。どちらでもない。

 好きな所も嫌いな所もある。


「カケル様は、わたくしのことがお嫌い・・・ですか・・・?」

「・・・嫌いじゃないよ。いつも俺を守ってくれているのは知っているし」


 正直、ホッとしてしまった。

 彼女が守ってくれている優しさは好きで、嫌いではない。


「・・・ほんとう、ですか・・・?」


 目をじっと見られる。泣いているエステルを見ていると、俺も泣きたい気持ちになってしまう。

 女の子が泣いている姿は、あまり見たいものでは無い。


「ああ、本当だ。よく見て」

「・・・良かったです。そうですよね・・・あり得ませんよね」


 それはどうだろう。

 姫様はもう少し頭を柔らかくした方が良い。

 思い込みが激しいのか。


 そして思い込みが激しいゆえに、壊れやすいのだろうか。


「カケル様・・・!」

「おっと、エステル・・・」


 駆け寄って来たエステルを受け止める。

 勢いよく飛び込んできたが、彼女は軽く、改めてその小ささを認識させられる。


「ごめんな。心配かけた」

「よかった・・・よかったです・・・」


 感動的なシーンだ。映画ならそろそろエンドロール。

 胸の中で泣いている彼女を優しく撫でる。

 金色の髪は俺の指に心地良い感触を与えてくれる。

 そういえば、どうしてティアラ着けてるんだろう。


 ぎゅうと身体が抱きしめられると、カランカランと何かが落ちた音と共に、柔らかな感触が身体を包んだ。


 カランカラン?


 音のする方向を見ると、地面にきらりと光る銀色の何かが落ちている。


 (え・・・まさか・・・ナイフ・・・?)


 彼女の体温を感じながらも、俺の身体は冷えていく。

 温かいとは反対の意味で汗が流れた。

 それこそまさかだ。あり得ない。


 相変わらずエステルは俺の胸の中で可愛い姿を見せているが、それを堪能する余裕が無い。

 嫌な考えが頭をよぎる。


 追い込まれて病んでしまった姫様は、夜中に俺の寝顔を見に来た。

 しかもネグリジェ姿では無く、正装で。

 その手にはナイフ。


 『心中』 


 (おっかねえええええ!)


 お金ではない。怖いという意味でおっかないだ。

 いや、でもあり得るのか?


『その時は、わたくしと一緒に死にましょうね。カケル様』


 確かに彼女はこう言っていたが、それは俺が最弱だとバレたらの話だったはず。

 え、俺が構って無かったから、嫌われたと思って凶行に?

 

 (か、かわいいところも・・・いや怖いでしょ・・・でもそんな・・・)


 胸の鼓動がうるさくなっていく。


「ふふ、カケル様もドキドキしていますのね。嬉しい」

「ハ、ハハ・・・」


 勘違い姫、大きな勘違いをして喜んでいる。

 今の感情は彼女が思っているそれとは大きくかけ離れているだろう。


 『生きる希望』なんて言えば聞こえはいいが、もし俺の存在が色んな意味で彼女にとってのそれだとしたら、重すぎる。

 

 答えが気になって仕方がない。

 人間一度気になりだすと、確認せずにはいられない。


「ね、ねぇエステル・・・」

「スンスン・・・どうしました?」


 俺の胸で泣いている?姫様に声を掛けると、上目遣いに見られる。

 見た目は本当に可愛い。好きだ。


 しかし、本当に聞いてしまっても良いのだろうか。

 興味は時として人を殺す。

 でも・・・。


「あの、そこに落ちているナイフは一体・・・」

「それは・・・ふふっ、あれはもう必要ありませんの」


 もう必要ない。

 答えは半分出ているようなものじゃないか。

 これ以上はやめよう。

 せっかくの感動的なシーンが台無しになる。

 

「も、もう必要ないって、どういう・・・?」


 考えも虚しく、俺の口は勝手に開く。


「ふふっ、わたくし勘違いしてしまって。恥ずかしいです」

「えっと」

「嫌われたかもなんて思ってしまって。おかしいですよね」

「嫌うわけないじゃないか・・・」


 嬉しそうに話す彼女と、段々と震えだす俺。

 さっきも似たような話をしていて、彼女の顔は明るいのに、恐怖は増している。


「ふふっ、わたくしさっきまで本当に怖くて。だからカケル様の寝顔を見に行

ったのです。最後に」


 『最後に』


 本当に怖いのは一体誰でしょうか?

 答え・・・はい、正解。


「それって、もしかして」

「はい、最後にカケル様の寝顔を見て、一緒に死のうとしましたわ。ふふっ、

わたくしったらダメですね」


 この人はどうして死ぬ生きるの話をさも当たり前かのように話せるのだろうか。

 しかも元殺害対象に抱き着いている状況で。


 というか俺がもし呑気に寝ていたら、そのままデッドエンドだったってこと?


 (え、怖い怖い怖い・・・寝ていたら殺されて異世界生活終了だったの?)

 

 ゲームの序盤にありそうな選択肢なのに、片方デッドエンド?

 しかもゲームじゃないからそのまま終わりだったんですけど。


「ねぇ、カケル様」

「ど、どどどうしたの?」

「あれはもう・・・必要・・・ありませんよね?」

 

 瞳孔が開いている。

 彼女は俺を離すまいと抱きしめている手に力を込める。

 状況一つでハッピーな場面がバッドになる。

 不思議なものだ。


「ええエステルにはナイフなんて似合わないよ・・・!」

「まぁ!ふふっ、カケル様ったら」


 再度すりすりし始めるエステル。

 バイブレーションの様に震える俺。

 

 俺の異世界生活が綱渡り過ぎる件。


「んっ・・・あっ・・・カケル様、くすぐったいです」


 艶めいた彼女の声は良い意味でドキドキするはずなのに、やっぱりそれを味わうことはできなかった。


「ねぇ、カケル様」

「な、どうしたの?」

「・・・ふふっ、なんでもありませんわ」


 場所、時間、言葉、どれを取っても完璧と言っていいはずなのに、肝心の当事者のせいで全てが台無しだ。

 ラブコメの一幕が、サスペンスかホラーにでもなってしまっている。 

 次の心中計画の話でもするんじゃないか。

 

 追い込まれた男女がやむにやまれぬ状況に陥って心中。

 これなら悲恋だ。可哀そうな話は涙を誘う。


 ただ、今は違う。

 なにかあると心中を図る姫と、それを怖がる勇者。

 泣けない。少なくとも俺は泣けない。


 そう言えばユズハはどこにいるんだ。

 彼女なら姫様の凶行を止めてくれただろうか。


「・・・・・・」


 よく見るといた。

 木陰からこちらを見ている。

 家政婦のなんちゃらならぬ、メイドのなんちゃら。

 彼女ならどうにかしてくれただろうか。

 いや、あまり頼りにするのも違うだろう。

 最後に自分を守れるのは、自分だけだ。

 ちょっと格好良いこと言えた。


「エステル?そろそろ」

「・・・やだ」

「そうですか・・・」


 子どもか。いや子どもなのか。

 この世界では分からないが、日本なら彼女はまだ子ども扱いされるはず。

 大人としては、こんな子でも甘やかしてあげるべきだろう。


 いや、怖いよ俺。子どもの悪戯で済まないよこの人。

 まだ死にたくないよ。


 主人公が決意して、ヒロインが登場。

 二人は抱きしめ合ってハッピーエンド。

 そういう感じだったはずなのに。


 まぁ、今日はデッドエンドロールが回避できたから良いか。

 とにかく命は延びた。


 


 (この世界には復活魔法はあるのかな・・・あるといいな・・・)


 

 自分が話したかったことなどすっかり忘れて、自分が死んだ時のことを考える勇者なのであった。







勇者カケル


 レベル3



スキル


 ・とくしゅ言語知覚(モンスターの声が聞こえる)




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