第12話 30代、初めての挫折

 目が覚めると、辺りが暗い。

 どうやら眠っていたようだ。


 身体を起こすと、やはり外は夜のようだ。

 

「そうか・・・俺」


『よしよし、いけそうだ。』


 身体を起こすと、やはり外は夜のようだ。


「そうか・・・」


『これならなんとかなるかも』


 身体を起こす以下略。


「そうか」


『ここからが俺の伝説の始まりだ!』


 身体以下略。


「そ」


『うおおおおお!ファイヤーランス!』


「俺の邪魔をするな俺の記憶ううううう!!!」


 そうさ、俺は失敗したとも。

 何一つ格好良くいかないどころかまた黒歴史が1ページだよ。

 だから少しでもそれっぽくしてシリアス感を出そうとしたのにこれだよ。

 いい加減にしてくれよ。

 俺が何をしたってんだ。


『うおおおおお!ファイヤーランス!』


「もうやめでぐれぇ・・・!」


 自分の記憶に焼かれそうになる俺。

 その業火の槍は心に深々と突き刺さる。

 俺が魔王だったら白旗ブンブン振るレベル。


「やっぱりちゃんと教えてもらえば良かった・・・」


 エステルとユズハに良い恰好しようと思ったらアレだ。

 どれだけ無様を晒せば気が済むんだ、元最強勇者。

 

 この世界に来てから約一か月。 

 毎日毎日訓練して、罵倒されて、癒されて、罵倒されて。

 それを乗り越えてレベルアップして、調子に乗ってました。

 

 そもそも魔法がなんたるかもよく分かっていないのに、できそうなんて理由でやって失敗。

 小学生だって教科書くらい読む。


「痛かったなぁ・・・本当に死ぬかと思った」


 内臓が引き裂かれそうな、内側から食い破られそうな嫌な感覚。

 激痛に苦しみ、気絶したのだろう。


『・・・あはっ。あはははっ!これですわ!これが見たかったのです!あぁなんて可哀そうなカケル様!うふっ・・・はぁぁ・・・』


 あれは悪魔だ。

 ドSなんて優しいものじゃない。

 そもそも俺が適当にやったのがいけないのかも知れないけど。


「・・・はぁ」

 

 不思議と今回は彼女に対しての感情があまり出てこない。

 痛すぎたからだろうか。


 それよりも、


「・・・不甲斐ないな、俺」


 前回の異世界では挫折なんて無かった。

 この世界に来てからも、それでも転移できたからと前向きに考えてきた。

 ユズハの存在も大きいけど。


『まぁ!ふふっ楽しみにしていますわ』


 エステルは俺にとって天敵だし、悪魔のようだと思っている。

 

 それでも俺を召喚したのは彼女の力で、彼女は期待をしてくれていた。

 今回だって、本気で期待したのだろう。

 そんな彼女をまた裏切ってしまった。


「・・・はぁ」


 木刀もまともに振れず、魔法も自爆。

 体力や筋力はついたとしても、戦闘にはほど遠い。

 それにもう一か月経ってしまう。


 エステルが国民に『召喚酔い』なんて嘘で俺の事を守ってくれているが、それもそろそろタイムリミットだろう。


『その時は、わたくしと一緒に死にましょうね。カケル様』


 彼女が前に言った言葉だ。

 その時は怖いとしか思わなかったが、今は別の感情も生まれている。


「・・・エステルに死んで欲しくはないよな」


 確かに彼女は俺の事を散々虐めるし、さっき?だって酷い目に遭った。

 しかし、本気で憎いなら俺はとっくにどうにかなっているだろう、多分。

 

 歪みに歪みまくっているが、彼女は真面目に俺の事を立派な勇者にしようとしているはずだ、きっと。


「・・・はぁ」

 

 ため息ばかりついてしまう。

 3レベルになったからと浮ついていたが、実はレベルもあれ以降上がっていない。


『何事も始めたては上達しやすいものでしょ』


 こう言ったのは女神様。

 確かに勉強したては、ちょっと勉強すればそれなりに身に着く。

 しかしそれ以降は時間が掛かるものなのだ。

 分かっていても、現実を目の前にすると落ち込む。


 なんとかしたいけど、現状は頭打ち。


 転移した影響か不明だが、俺はこれまで自分をどこか他人事に捉えていたのかも知れない。

 

「こんな気持ちは、生前以来か・・・」


 挫折。

 俺はここに来て本当の意味で挫折していた。

 

「しかし、どうすれば・・・」


 正直あの痛みはもう味わいたくない。

 魔法を使うことすら怖い。

 

「・・・」


 手が震えていた。

 あの場面を思い出すと、また魔法が発動してしまうのではないか。

 そう考えると、どうにか考えないようにしたくなる。 

 しかし、意識が一度その深みに嵌ると嫌でも考えてしまう。


「・・・ぐすっ、帰りたい」


 どこへ?どこにも行く場所なんてない。

 泣いたって始まらないのに、止まらない。

 

『30代、初めての独り泣き』


 どこにも需要が無い。これは売れない。


「はは・・・はぁ」


 魔法が使いたくないなら剣か。いやそれも使えないじゃないか。

 詰んでいるように見える状況だ。


「精神病、治ってなかったのかな」


 ここは現代日本ではない。

 根性論は好きじゃないが、そうでもしないと進めない。


 

 しかし、勇者カケルには考える時間が必要だった。

 




 

           ♦♦♦♦





 

 そこから数日、俺は誰から見ても気が抜けていただろう。

 事実抜けていた。


「今日はどうされましたの?・・・ふふ、あんな転び方を・・・」

「あぁ、ごめん」

「・・・カケル様?」

「気を付けるよ」


 エステルに話しかけられても、なにか言われても俺は生返事しかしなかった。

 彼女が心配そうな声を出すこともあったが、顔をまともに見られない。


「弱くてごめんな」

「・・・カケル様、わたくしは」

「もう行くから」

「お、お気をつけて・・・」


 早々に切り上げて彼女の前から歩き去る。

 いつもは逆の立場だから、驚いたかもしれない。


 別の日、彼女は魔法の話題を出した。


「カケル様、今日は魔法をまた」

「いや、魔法はいいよ。どうせ使えないし、また無様な姿を見せるだけだ」

「そ、そんなこと・・・」

「とにかく、いいんだ」


 本心がどこにあるかは自分でも分からない。

 それでも今の自分にはなんともならないのは理解していた。




「どうしましょう・・・わたくし・・・」



 

 ユズハに対しても、俺はどこか雑な対応をしていた。

 今は誰であろうと遠ざけたかった。


「勇者様。本日も」

「いや、今日は一人で入るから」

「で、ですが」

「一人になりたいんだ」

「か、かしこまりました」


 普段の俺なら絶対にありえない対応だ。

 これを楽しみに生きていたと言っても過言では無かったのに。


「勇者様。お疲れでしょう?また膝枕を」

「ユズハ」

「は、はいっ」

「俺は、一人になりたいんだ」

「・・・かしこまりました。申し訳ありません」


 どこかおかしかった。

 誰かに相談した方が良い。一人だと碌なことにならない。

 そんなことは頭でいくらでも分かっているし、先人の言うことは正しい。

 しかし当事者になってみると、斥力が働くのが人という生き物だ。

 頭と心と体は同じように動けない。




「勇者様・・・」




 女神様には、ここ数日連絡を取っていない。

 彼女ならきっと解決策なりヒントなりをくれるはずなのに、連絡する気にならなかった。


「・・・眠れない」


 深夜、俺はまた独り考えていた。

 この先どうすれば良いのかと。

 しかし答えは見つからない。


「散歩にでも行くか」


 扉を開けて、外に出る。

 人気のない勇者邸は、やはり幽霊城のように感じられる。


 (懐かしいな)


 脱城計画。

 兵士長との再戦は無理だと判断した俺は、ここから逃げ出そうとしたのだ。

 あの時は、屋内でユズハに会い、中庭でエステルに見つかり、最終的には二人に捕獲された。


 懐かしいと言えるほど時間が経ったのか。

 いや、生前はこれくらいの時間経過で懐かしいと思うことは無かった。

 せいぜい数年か、もっと言えば学生の頃を思い出して出る言葉だろう。


 それほどまでに濃い時間だったのか。


 結局中庭に出ても、誰にも会うことは無かった。


 (今日だったら、脱城してもバレないかもな)


 もちろんそんなつもりはない。

 どうせ城門か、もし出れたとしても城下町の関門、それを越えてもどこかで死ぬ。

 それくらいの自己分析はできるようになった。


 中庭は城の中だというのに、やはり誰もいない。

 目に映るのは噴水と、その近くに設置されたベンチ。

 そして綺麗に整えられた植栽。


 マーライオンに比べればよっぽど大人しいが、静かな場所にあって噴水が吹き上げる水の音が存在感を放っている。

 その音に耳を傾けながらベンチに腰掛けた。


 水の冷たさが混じったのか、涼しい風が身体を撫でていく。


「俺が死んだのも夜中だったな」


 あの頃は、仕事を休んでネット小説を書いていた。

 充実しているとは言い難かったが、それなりに楽しんでいたと思う。

 

「そういえば、いつの間にか煙草を吸わなくなったな」


 身体が変形したからか、より熱中できるものを見つけたからか。

 恐らく後者だろう。

 気付けば何かに依存することは無くなっていた。

 『異世界依存症』かも知れないが。


 上を向くと、星が綺麗に輝いている。

 この世界にも宇宙があるんだな。

 俺はなんてちっぽけな存在なのだと、生前星を見て感動した記憶がある。

 今も同じ気持ちを抱いた。

 感傷に浸っていたと言い換えても良い。


 懐かしい気持ちになりやすいのは年を取ったからだと、どこかで見た気がする。

 実年齢は30代だから、あながち間違ってもいないか。


「・・・はぁ」


 きっと日本には異世界に行きたい人が沢山いるし、いたはずだ。

 俺はダーツで女神様に選ばれたラッキーダーツ勇者。

 アイスの名前みたいだ。


 ラッキーで選ばれて、ヒロイン全員寝取られエンドで、泣きの一回でここに来た。

 大量の屍と色んな想いを受けてここに立っているのに、不甲斐ない。


「結局ここに戻って来たか。堂々巡りだ」


 不甲斐ないで終わるなら、誰も苦労しないのだ。

 しかし、堂々巡りか。


『無限ループって怖くね?』


 これは、エステルが俺を痛めつけて、回復させるという地獄コンボに対して俺が思った感想だ。


「はぁ・・・これしかないのか・・・嫌だなぁ」


 思いついたのはまさに、無限ループ。

 つまり、魔法に失敗するたびにエステルに治して貰う。


 城から出ずに、できる限り最短で強くなるにはこれしかない。

 他にもあるかも知れないが、思いつかないし時間もどれだけあるか不明だ。


「でも、エステルがなぁ・・・」


 一番の問題は彼女のアレ。

 また痛がる俺を見て放置なんてされた日には本当に心が折れる。

 

 放置しない約束を取り付けるなら、土下座でもなんでもやってやる。

 足だって舐めてやるさ。

 鞭は、できれば勘弁してほしい。痛いの以外が良い。


「はぁ、気乗りしないなぁ」


 魔法も怖いし、エステルも怖い。

 この世の全ての知的生命体は、どうやって怖いを乗り越えるんだ。

 ぜひ聞いてみたいものである。


「明日エステルに・・・いや明後日、近日中に」


 心はブレブレ、身体はブルブル。

 彼女のスイッチを押さず、思わせぶりな態度も出さず。

 後者はともかく前者の難易度はインフェルノ。


 それでも、まずはエステルを説得しないとな。

 上を見上げる。お星さまがきれい。


 (よし、そろそろ)


「カケル様?」

「ひっ」


 女神様はダーツを投げる。

 当たったのは、明日でも無く近日中でも無く、今日の今だった。


 つまり、暗がりから顔を出したのは、


「え、エステル・・・」


 噂をすればなんとやら。

 最大の障害がそこに立っていた。

 







勇者カケル


 レベル3



スキル


 ・とくしゅ言語知覚(モンスターの声が聞こえる)

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