第11話 姫様と勇者様と私

         ♦♦~ Yuzuha View ~♦♦


 

 勇者様がなにか叫んだと思ったら、小さな火が出た。

 そしてそれはすぐに儚く消えた。


 初めてで発動しただけ凄いと思ったけど、勇者様も姫様もそうは思わないだろう。

 今の今まで目をキラキラさせていた姫様が、今度はおろおろしている。

 彼女は本当に期待していたから、きっと信じたくないのだ。


「・・・・・・」

「・・・っ!」 

     

 凄く気まずそうにこちらを見た勇者様の顔を見て思わず後ろを向いてしまう。


 (・・・可愛いです)


 私は勇者様に強くなって欲しいけど、それとは別として私に甘えたり、助けを求める彼のことを可愛いと思っている。

 しかし今は姫様の前だ。私が余計なことをして苦しむのは彼の方。


 後ろを向いていると、二人の会話が耳に入ってくる。 

 生まれつき耳が良いので、例え離れた場所でも音を拾えないことはあまりない。


「ほ、ほんとうに・・・!え!?あれ!?あだだだだ!!!」

「!?」


 勇者様の叫び声が聞こえて振り返る。

 そこには悶えうつ彼の姿と、大喜びの姫様。


 (また始まってしまいましたか)


 もう何度となく見た光景だ。

 彼でストレスを発散しているようにみえる姫様。


 実際勇者様を召喚したあの日から彼女は変わってしまった。

 正確には、長年隠してきたものが大きく膨らんで、暴走していると言った方がいいかも知れない。


「・・・あはっ。あははっ!これですわ!これが見たかったのです!あぁなんて可哀そうなカケル様!うふっ・・・はぁぁ・・・」


 あぁ、また人に見せてはいけないお顔をしている。

 勇者様を召喚してから、彼女は毎日気が気では無いのだろう。

 人には決して見せないようにしているが、どこか苦しそうだった。

 それが彼の前だと生き生きしている。

 

 (さすがに勇者様が可哀そうですけど・・・)


 姫様は元々、好きなものに執着する方だった。

 好きなものを誰かに取られるのも、触れられるのもお嫌いな方。


「ゆ、ゆずは・・・」


 姫様の声の中でも、彼の声ははっきり聞こえた。

 私に助けを求めているのだろう。

 でも、ここで行ったらまたムチが飛ぶかもしれない。

 

 しかし、マナの流入だとしたら危険だ。

 本当に死んでしまう。


「だぁめ・・・はぁぁもう、どうしてカケル様はこんなにも・・・」


 姫様が恍惚とした表情で勇者様を見下ろしている。

 いつもの彼女だったらとっくに治している段階のはずだ。

 マナの流入がどれほど危険か、彼女が知らないはずも無い。


 (我を失われている・・・?)

 

 ここで彼が死んでしまったら、姫様もきっと死ぬだろう。

 それに私も彼に死んでもらうわけにはいかない。


「ひ、姫様!これ以上は勇者様が!」


 勇者様が動かなくなった。

 

「ゆ、勇者様!?姫様!お早く!」

「・・・っ!」


 ようやく事態を把握した姫様が、彼に魔力を送り込んだ。

 

 流入したマナを追い出さなければ魔力回路がズタズタになり、魔法が使えなくなるどころか生命すら脅かす。

 マナは助けにもなれば毒にもなる。


「・・・カケル様?・・・気絶しただけですか・・・ふぅ」

「姫様・・・さすがにやりすぎです」


 さすがの私も苦言を言う。 

 鞭ですらあんなに怖がっていたのに、今度目が覚めたらいよいよ精神が壊れてしまうかもしれない。

 

 そんな勇者様を甘やかして癒すのも悪くはないけど。

 でも、


「あんまりやりすぎますと、勇者様に嫌われてしまいますよ」

「だって、可愛いんだもん」


 可愛いんだもんじゃありませんよ。

 

「それに、わたくしがこんなに愛しているんですもの。嫌われるはずがありません」

「・・・そうでしょうか」


 こんなに人の感情が分からない方だったろうか。

 いや普段であればこんな失敗はしない。

 勇者様のことになると、この方はいつもおかしくなってしまう。


「ユズハも見たでしょう?あんな真面目な顔をして、あの魔法・・・可愛い」

「初めてなら、上出来では無いでしょうか」

「・・・まぁそうですわね。でも・・・見て、涙を流しながら気絶しているわ」


 愛おしそうに勇者様の顔を撫でている。

 口は半開きで白目を剝いているけど、彼女にとっては可愛いのだろう。

 さすがにこの顔は私の好みではないけれど。


「剣もダメ、魔法もダメ。やっぱりこのままどこか遠くへ行った方がいいのかしら。あなたもそう思わない?」

「姫様がこの国を離れたら、ガレリアが混乱してしまいます」

「・・・そうですけど」

「それに、勇者様は毎日頑張っていますよ」


 この方は自分の立場をよく分かっている。

 自分がいなくなったら、ガレリアがどうなるかも。

 他国との婚約の話が出た時はさすがに落ち込んでいたけど、それでも国のためと文句も言わずに我慢されていた。



『ユズハ!わたくしが勇者召喚をすることになりましたの!』


 連合会議が終わり部屋に戻ってきた姫様は、嬉しそうに私に言った。


『よかったですね。姫様』

『えぇ!わたくし立候補してしまいましたわ!お父様は驚かれていたけど、これくらいのワガママなら言ってもいいですよね?』

『はい。国王様ならきっと許してくださいます』


 国王様は彼女を溺愛しているから、問題ないだろう。

 そもそも婚姻も最初は大反対だったし。

 女王様に説得されてようやく首を縦に振ったが、一晩中泣いていたらしい。


『あぁ勇者様・・・一体どんな方なのでしょう・・・』

『きっと良い方です』


 勇者の存在は私にとっても都合がいいものではある。

 それは置いておいても、この時の姫様は初めて自分の将来を夢見たような、年相応の少女の顔をしていて私も嬉しかった。


 (それが今となっては・・・)


「はぁ・・・わたくしのカケル様・・・」


 勇者が戦士長に負けたと知った時も驚いたけど、それ以上に姫様の変わりように驚かされた。

 あの瞬間から、ずっと隠していたなにかを刺激されてしまったのだろう。


「ねぇユズハ」

「どうされましたか?」

「カケル様が可愛いわ」

「左様ですね」


 どうしよう、とでも言っているような嬉しそうな表情で話す姫様。

 本当に勇者様が好きなのだろう。

 それが本人に伝わっているかは大分怪しいけれど。


 彼女には多少の後ろめたさもあるけど、幸せになって欲しいと心から思う。

 

『そんなにお好きなら、勇者様に直接伝えてみてはいかがでしょうか』


 熱心に勇者様の話をしている彼女に以前こう聞いた事があった。

 彼女の美貌なら多少の粗相は許されるだろうし、勇者様は女性に弱い。


『わたくしは相手から言われたいのです。重い女と思われたくありませんし』


 耳を疑ったが、後半の部分は聞かないことにした。


『そういうものなのですね』

『ま、まぁ・・・もし、カケル様が強くなった暁には、わたくしから言うのも良いかも知れません・・・ふふ』


 こんな調子なので、二人の前途は多難だなと思いました。

 弱い勇者様も可愛くて大好きで、しかし強い勇者様に憧れる姫様。


 そんな整理しがたい想いが、彼女の愛をどんどん重くしていく。


『勇者様がもし他の人を好きに』

『その女を殺して勇者様と一緒に死にます。そんなことはあり得ませんけど』

『・・・左様ですか』


 私はメイド。

 今の私がしなければならないのは、二人がこれ以上壊れないようにすること。


「姫様。そろそろ勇者様を部屋までお運びしませんと」

「ま、まだダメ!・・・良い匂い・・・スンスン」


 おもちゃを取られまいと彼を抱きしめたまではまだ良かった。

 そのまま匂いを嗅ぎ始めてしまった姫様は、危ない表情をしている。

 それでは姫様の方が・・・。


「ひ、姫様・・・」

「ふぅ・・・ふふ・・・つんつん」


 引きそうになる心をぐっと押さえつけて声を掛けるが聞こえないようだ。

 勇者様が起きている時に、少しでもその姿を見せていれば状況も変わるかも知れないのに。

 

 (余計怖がってしまうかも・・・)


 内心ため息をついてしまう。

 

「姫様」

「・・・な、なんですの」

「マナ流入だけは気を付けてください。冗談じゃ済まされませんから」

「分かってますわ・・・ありがとうユズハ」


 ようやく冷静さを取り戻したのか、普段通りの彼女に戻った。


「部屋までカケル様を運んでください」

「かしこまりました。姫様」


 許可も下りたので、勇者様を抱き上げる。

 そのままお姫様抱っこの姿勢で歩き出した。


 (少し、重くなりましたね)

 

 彼がこちらに来てから毎日鍛えていたおかげで、筋肉も大分付いたのだろう。

 勇者としては不合格かも知れないけど、普通の人なら十分頑張っている。

 

 それに、彼は適応するのが早い。

 姫様が考えている訓練メニューは日増しに重いものになっているのに、最近ではそれを軽くこなしている。


 (やっぱり特別なのかもしれません)


「お姫様抱っこされてるカケル様・・・普通逆ですわ・・・ふふ」

「そうかもしれません」


 しきりに顔を覗き込んであれこれ言っている姫様と一緒に、彼を部屋まで運んだ。


 目が覚めたら、彼をまた甘やかしてあげよう。

 

 (もちろん、姫様にはまだ秘密です)


 

 

         ♦♦~ Yuzuha View End ~♦♦





 


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