第10話 ストレスを溜めると最悪(俺が)死ぬ

 初めてこの世界でレベルアップをした俺は、正直調子に乗っていた。

 

 あとは剣と魔法を鍛えてモンスター退治、その後は魔王を監禁。

 言うだけなら簡単だが、これがどれ程困難なものか、俺は真剣に考えてはいなかったのだ。


 勝って兜の緒を締めよ、油断大敵、好事魔多しうんぬん。

 どれも少し意味が違うが、何事も調子に乗ってはいけない。

 最弱勇者は特に。


 色々大げさに言ったが、俺が言いたいのはつまり、


「魔法と姫怖い・・・」


 ってことだ。


 事件が起きたのは、ある訓練後の夕暮れが綺麗な時だった。

 遠くから教会の鐘の音が聞こえてくる。

 俺はそれをいつも通り筋トレをしながら聞いていた。


「そろそろ階段ダッシュか」


 大体このくらいの時間にエステルがやってきて、俺を虐めにかかるのだ。

 しかし、この日はいつもと少し違った。


「今日は、魔法の適性を見ようかと思います」


 最近はどこか物足りなそうな表情が多かった姫様が、突然魔法なんてことを言い出した。


「魔法!良いんですか!?」

「そんなに嬉しいのですか?」

「もちろんです!あの話を考えていてくれたんですね!」

「まぁ、そうなりますわね」


 姫様は今日も少し調子が悪そうだ。

 それもそうだろう。

 なにせレベルが上がってからの俺は、姫様に辛い表情を見せることがほとんどなくなったのだ。

 

 プラシーボ効果もあるだろうが、やっぱり調子が良い。

 姫様のストレス発散を邪魔していると考えると、一矢報いた気分だ。

 小さいとか言わないで欲しい。

 

 (それにユズハとのこともあるし・・・)


 あの風呂での出来事が、俺のやる気を一層アップさせていた。

 虐め抜かれたボディも最近はもっと虐めてくれと言わんばかりに元気だ。


「カケル様は、魔法を使ったことはありますの?」

「あるよ!火の玉とか、落雷とか、氷とか」

「そんなに沢山・・・凄いですわ」

「そ、そうかな。ここでも使えると良いんだけど」


 前回の異世界では、とにかく何でも使えた。

 あの世界では呪文を唱えるのが主流だったが、俺は無詠唱。

 知らないうちに使えたから、誰かに教えることはできなかったが。

 頭に何となくイメージしたら後は撃ち出すだけ。

 

 魔法耐性を持っているモンスターも多かったから、結局ほとんど剣だったけど。

 知らんうちに使えたけど、面倒だからと剣を使うのがカケルという人間だった。

 それゆえに、魔法への得意意識はあまり無い。


「前はどのように魔法を使っていたのですか?」

「えっと、なんかイメージして撃ち出す感じかな」

「それでしたら。こちらと変わりないかも知れません」

「そうなんだ!」


 前と全然違ったらどうしようかと思ったけど、とりあえずはクリアだ。 

 イメージなら得意だ。なにせ妄想力なら人並み以上。

 炎の槍だって、千本桜だって簡単にイメージできる。


「説明致しましょうか?」

「お願いします!」


「ふふっ、子どもみたいですわ。まず、この世界には『マナ』と呼ばれる自然の力があります。そして、身体に宿しているのが魔力です」

「なるほど」

「マナと魔力を合わせることによって魔法を使うことができるのですが、ここで必要なのがイメージです」


 自然と自分の融合なんて、格好良いじゃないか。

 我が呼び声に応えよ!みたいな感じか。

 よしよし、いけそうだ。


「そうすると、詠唱は無いのかな」

「詠唱・・・ですか。魔術教本には載っていますが、それもあくまでイメージしやすいようにです。決まっているものはありませんわ」

「そっか。この世界の人たちは凄いんだなぁ」


 前の世界では長ったらしい呪文をひたすら唱えていた。

 みんな同じことを呟いていたから、決まりがあったのだろう。

 だから魔法職は絶対後衛だったし、かなりのレベルまでいかない限りは、前衛職の方が優遇されるし強かった。


「一度、実演致しますわ」


 そう言うと、エステルは俺の身体に触れた。


「・・・マナよ、我が呼びかけに応じ、この者の傷を癒せ」


 俺がさっきしたイメージほとんどそのままだった。

 ぽわぽわと白い光が包む。治癒魔法。


「いかがですか?」

「これならなんとかなるかも」

「まぁ!ふふっ楽しみにしていますわ」


 両手を前で組んだエステルは本当に期待しているかのように顔を輝かせている。

 碧い瞳は宝石のように美しい。

 

 (やっぱり、見た目は可愛いんだよなこの人・・・)


 俺は思わず見惚れてしまった。

 なんだかんだ言っても、彼女は期待しているのだ。

 勇者が勇者足る力を見せることを。

 姫様の期待に応えるためにも、ここは気合を入れねばなるまい。


 そして、姫様スイッチを全て封印し、いずれは俺のハーレムに・・・。


 (やってやる!待ってろハーレム!ここからが俺の伝説の始まりだ!)


 そう、俺は調子に乗っていた。自分のレベルも魔力量も考えていなかったのだ。




            ♦♦♦♦

 



 

 万が一のことがあるからと、俺たちは勇者邸の裏手にある訓練所に移動した。

 ここは兵士の訓練所と違って賓客やその護衛用らしい。


「大事なのはイメージです。頑張ってくださいカケル様」

「わかった!」

「頼もしいですわ」


 なんだか勇者と姫みたいだ。実際そうなんだけど。 

 召喚された次の日に起きそうなイベントだが、ここまで約一か月。

 長かった。


 俺は一度ユズハを見た。


「・・・・・・」

 

 無言ながらも微笑みかけてくれる。俺、頑張るよ!


「見ててくれエステル!」

「は、はい!カケル様!」


 心なしか頬が赤い姫様。可愛い。

 なんか既視感あるな。まぁいいか。


 二人から少し離れ、集中。

 イメージするのは、火の槍。

 モンスターを貫き、焼き殺す槍。

 

 イメージが具体化されるうちに、心の中に何かが流れ込んでくるような感覚になる。


 (これが・・・マナか)


 エステルはマナと魔力を合わせると言っていた。

 俺は、その2つをゆっくりと混ぜるイメージを作った。

 そして、それを今度は炎の槍に作り変える。

 頭の中で燃え盛る槍が出来上がった。


 (いける!)


「うおおおおお!ファイヤーランス!」


 掛け声と共にそれを一気に撃ち出した。


 ひゅるるるう。


 その強烈な一撃は、ひょろひょろとスローに進む。


 ポスン。


 そして俺から数メートルも離れないうちに消えた。


「・・・・・・?」


 なんだ、今のは。

 なんかしょっぱい火が出て消えた。

 俺がイメージしたのは訓練所の壁を壊すくらいの強烈なやつだったんだが。

 

「・・・まさか」


 嫌な予感がして、額から汗が流れる。

 ギコギコと錆びたロボットのような動きで、突き出した腕を引っ込め顔を引き攣らせながら二人の方を振り向いた。


「・・・っ!」


 ユズハがブンッと身体を後ろに向けた。


「・・・あれ?・・・どこ?」


 エステルは俺の魔法がどこに行ったのか必死に探している。

 こんな状況でも見た目は可愛い。


「・・・え、あれ?・・・まさか・・・」


 気付いてしまわれた。

 俺も信じられないよ。世界の裏側で大爆発とか起きてないかな。

 

 それまできょろきょろと俺の成果を一生懸命探していたエステルだったが、段々と表情が消えていく。


 それでも信じたくないのか、「そんな」と呟きながら色が消えた瞳を動かしている。

 額から汗が一筋流れた。


「え、エステル・・・今のはその・・・失敗だから」

「・・・あれはなんですの・・・あれが全力・・・?」

「エステルさん・・・?」

「・・・よっわぁ・・・弱すぎるにも程がありますわ・・・ふ、ファイヤーランス?」


 やめて、恥ずかしい!

 ファイヤーランスって日本だと割とポピュラーだったの。

 繰り返されると恥ずかしいから。


「・・・ざぁこ」

「ごめんなさい」

「わ、わたくしの期待を返してください。ざこ勇者」

「ほ、ほんとうに・・・!え!?あれ!?あだだだだ!!!」


 急に身体中が痛み出した。

 身体の中で何かが暴れるような、外傷とは違って逃がしようのない痛み。

 それが突然襲ってきた。


「い、痛い!ぎゃああ!痛い!なんで!?どうして!た、たすけ!」


 その場でうずくまり、身体を守るように縮こまる。

 しかし、身体の中から湧き上がる痛みは、留まることを知らない。


「・・・魔力暴走・・・?いえ、マナの流入ですか・・・」


 姫様は俺を見て冷静に何か言っている。

 それどころじゃないでしょう。

 愛しの勇者様が死にかけてるんですよ。


「えすてるうう!だずげで・・・!」


 痛すぎて声が出づらい中、必死に助けを求める。

 ゆっくりと近づいてきた姫様が俺を見下ろした。


「え、えす」


「・・・あはっ。あははっ!これですわ!これが見たかったのです!あぁなんて可哀そうなカケル様!うふっ・・・はぁぁ・・・」

「・・・!?」


 エステルが壊れた。

 いや壊れたというより、なにかが弾けた。

 一気にストレスを発散しようかというくらいの喜びようだ。


「ゆ、ゆずは・・・」

「あぁ!惨めで弱い、虫のように身体をくねらせているカケル様!なんて可愛いの!」


 パーフェクトメイドに助けを求めるが、エステルの声に搔き消されてしまう。 


「ゆず」

「はぁぁ・・・このまま死んでしまうかも・・・!うふふっ」


 俺と同じく身体をくねらせて顔が真っ赤なお姫様。

 うーん、これは悪魔。

 え?


「じ、じにだくない・・・」


 号泣である。当たり前だ。

 身体の中が破壊されるかのごとくぐちゃぐちゃと食い荒らされる感覚の中にあるのに、とても嬉しそうな悪魔。


「あはっ!大丈夫ですわ、わたくしがちゃぁんと治してあげますからね・・・」

「は、はやぐぅ」

「もう少し、楽しんでから・・・ね?あははっ」


「・・・もうむりでず・・・」

「だぁめ・・・はぁぁもう、どうしてカケル様はこんなにも・・・」


 もう彼女の顔を見る余裕すら無い。


 薄れゆく意識の中で俺は思った。



 (ストレスは、たまに発散させてあげないと爆発する)



 女神様もストレスでイライラしていた。

 エステルは俺で発散していたのにそれが出来なくなって、弾けた。

 

「ひ、姫様!これ以上は勇者様が!」


 ユズハの声が聞こえた気がした。


 

 プツン。






 

勇者カケル


 レベル3



スキル


 ・とくしゅ言語知覚(モンスターの声が聞こえる) 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る