第9話 初めてのレベルアップ
エステルの『考えておきますわ』発言から10日程が経過した。
「はぁ・・・!はぁ・・・!・・・ふぅ」
今日も今日とて夜間の階段ダッシュ中。
最初に比べたらこの刑務作業にも慣れたもので、辛いことに変わりはないものの、ある種の達成感を味わえるほどになっている。
「お疲れ様です。カケル様」
大量のスイッチを隠し持っているエステルだが、ここ数日は割と大人しい。
もちろん彼女にしてはだが。
「ありがとう。エステル」
彼女が汗を拭ってくれる。一度自分でやるとハンカチを受け取ろうとしたら、
「・・・・・・」
無言でヤンデルモードに突入したので俺はそれ以来されるがままだ。
女の子に拭いてもらうのも悪くないよね。
相手がこの人でなければ。
ぽわぽわと光が包み、今日も治癒魔法タイムだと理解する。
「そういえば、どうして毎回終わりだけなの?」
「終わりだけとは?」
「身体が痛い時に毎回してくれればなぁって」
「そんなの・・・カケル様の無様な姿を見たいから・・・ふふ、冗談ですわ」
全く冗談に聞こえないのだが。
いや絶対本心だ。だって顔が「冗談ですわ」なんて可愛いこと言っていないもの。
「・・・実戦に近い形を取っているからですわ」
「実戦、か」
そう言われると、武者震いのような昂揚するような感覚を覚える。
ここに来てから実戦ぽいことは、兵士長に一撃粉砕された以外にはしていない。
エステルとユズハはノーカンだ。
「わたくしがいつも傍にいるとは限りませんし、実戦では常に治癒ができるわけではありませんもの」
「なるほど、確かにそうだ」
彼女が言うことは一理どころか何理もある。
前回の世界では『勇者カケルと愉快なハーレム娘たち』だった。
それにサポートも必要なかったから考えもしなかったが、今なら分かる。
実戦では本来状況に応じて動く必要があるのだ。
戦いの最中、魔力切れを起こして回復不能になることだってきっとある。
『爆炎斬』とか言いながら普通の斬撃を繰り返して終わるゲームは終わったのだ。
「ふふ、理解できて偉いですわ」
「あ、ありがとう」
「まぁわたくしがカケル様から目を離すなんてことはありませんけど」
「ハハハ、頼もしいなぁ」
彼女からしてみれば、実戦形式という大義名分のもと、俺の辛そうな顔を毎日見られる。
一石二鳥だ。悔しい。ぐぬぬ。
しかし、実戦か。
「ねえエステル」
「どうされました?」
「えっと、刑務、いや今の訓練にも慣れてきたからさ。そろそろ次の段階とかどうかなって。はは」
あっちこっち視線を動かしながら、挙動不審に俺は提案した。
この御方に提案するのはいつだって怖い。
俺は無意識にユズハの位置を確認した。今は俺の右斜め後ろに立っている。
「・・・犬の分際で、自分の立場を弁えずにまたワガママを言うのですか」
「いえ!決してそんな!すいません!」
この人に何度土下座をしただろうか。
もしかしたらすでに女神様越えかも知れない。
「・・・いつもカケル様がしているその無様な格好はなんですか」
「これは『土下座』と言って、俺の世界の最上級の謝罪と懇願の形であります!」
いつもは足置きか乗り物か勘違いしている姫様。
そう言えば説明するのは初めてだった。
「へ、へぇ最上級・・・ふふ、そんなのが・・・一体誰が考えたのでしょうね」
「わ、わかりません」
前にエステルは敬語を使うな的なことを言っていたが、結局は状況によるらしい。
他人行儀と敬語はまた違うものだから、大事なのは距離感なのだろう。
状況に適応するのが重要なのだ。実戦では。
「カケル様はいつもわたくしに最上級の敬意を払っているのですか・・・あはっ、無様、惨め、みっともない・・・ふふ、ですが土下座ですか。気に入りました」
「あ、有難き幸せ」
「うふふ、その姿に免じて考えてあげましょう」
「ありがとうございます!」
ズリズリと頭を地面に擦り付ける姿がお気に召したのか、エステルはこれも考えてくれるらしい。
なんてお優しいんだ。土下座なんて安いものだ。
考えておく発言からそれが実現したことはまだ無いが、姫様だって本当の悪魔ではないはず。
いつかは叶えてくれるだろう。
「それではわたくしは失礼します」
俺は彼女の足音が無くなるまで土下座をし続けた。
「勇者様」
「・・・エステルは行った?」
「くすっ・・・はい、もう大丈夫ですよ」
「はぁ、怖かった」
ようやく顔を上げる。
「本日もお疲れさまでした」
「ありがとう。ユズハのお陰で随分慣れてきたよ」
「ありがとうございます。ですが私は何もしてませんよ」
「そんなことないよ。ユズハがいてくれて助かってる」
何もしていないなんてことは決してない。
確かに彼女は厳しいが、倒れる前にいつも休憩を挟んでくれるし、何より癒しを貰っている。
もしエステルオンリーだったら今頃は・・・。
「勇者様はお上手ですね。そろそろお風呂に致しますか?」
「うん!そうする!」
「くすっ、かしこまりました」
一日の一番楽しい時間。入浴タイム。
つまりメイドさんによる『お背中お流し致します』イベントだ。
本当にあの日断らなくて良かったと思う。
これを楽しみに毎日頑張っていると言っても過言ではないのだ。
一人の時間?そんなものは必要ない。
なぜなら俺は勇者だから。
♦♦♦♦
温泉回なら『カポーン』と効果音が聞こえて来そうだが、ここは日本ではない。
遠くでドドドドドとマーライオンがお湯を吐き出している。
「お加減はいかかですか?」
「・・・気持ちいいです」
小さな手でゴシゴシと身体を洗ってくれるのは、俺専属メイドのユズハ。
勿論メイド姿のままだ。
「ねぇユズハ」
「どうされましたか?」
「エステルは俺が外に出ることをちゃんと考えてくれてるかな」
「私からは何とも。ですが姫様はお優しい方ですから、きっと大丈夫です」
「お、お優しい・・・」
ユズハに対してはもしかしたら優しいのかも知れない。
しかし俺からしてみれば、エステルは前回の世界の魔王よりよっぽど恐ろしい。
まぁ前回は怖いものなんて無かったから、人生で一番怖い人と言うのが正しいか。
「さて、終わりましたよ」
「えーもう終わり?」
「くすっ、勇者様はあまえんぼうさんですね」
素晴らしいとは思わないかこの関係。
俺はすっかり彼女に甘えてしまっている。
だって普段があんなんだもの。
近くにいて何か色々してくれる子に甘えるのは必然。
甘えるより甘えられる方が良いに決まっている。
俺はずっとそう思ってきた。
最強勇者だったし、長男だし。
下心からマリアの膝枕を狙っていたが、あれはなにか別の物。
それに彼女は守る対象だった。
確かに甘えられるのも好きだ。大好きと言っても良い。
しかし、誰かに甘えるのはまた別の良さがある。
しかもユズハは可愛いし、俺より強い。
年下で、さらにメイドさん。
意識すると、ドキドキしてくる。
(甘えるのって、こんなに良いものだったのか・・・)
勇者カケルは新しい扉を開いた。
「勇者様」
ユズハに声を掛けられて、ようやく自分の世界から帰ってこられた。
「あ、ごめん。どうした・・・の!?ユズハ!?」
彼女は俺に身体を預けてきた。
(む、胸の感触が!・・・くひぃ)
まるで童貞のような反応だ。
俺は決して以下略。
「もし・・・勇者様がもっと強くなったら・・・」
耳元で囁かれる。
大浴場のせいかその声は俺の耳の中で反響し、脳に響く。
普段の彼女の声とも、悪戯っぽい声とも違う。
大人びていて艶のある声。
俺の心臓はハイテンション。
「つ、強くなったら・・・?」
「・・・身体の隅々まで・・・お世話致しますね」
「え!?」
それってつまり。彼女が言っているのは。
(この世界での、は、初体験!?まさか!そんなビッグイベントが!)
彼女の胸はあまり大きくないはずなのに、押し付けられる感触は柔らかさの化身。
裸だから余計にそれが分かる。姫様のあれよりもはっきりと。
「ね、ねぇユズハそれって!」
「くすっ・・・頑張りましょうね。勇者様」
ぱっと身体が離れた。
「あっ・・・」
もう、終わりか。
感触を惜しむように振り返ると、ユズハが悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
メイド服は濡れていて、特に胸の辺りが透けているように見える。
(え、エロい!でも、これはまさか・・・)
「じょ、冗談・・・?」
彼女の笑みは以前の『お背中(略)』イベントの時と同じものだ。
「さて、どうでしょう」
「えぇ・・・」
悪戯っぽい顔。濡れたメイド服。普段とは違う艶のある声。
そして核心の部分ははぐらかす。
(これが・・・小悪魔・・・!)
小悪魔メイドのユズハ。
俺の心はすっかり彼女の手の上だった。
ドキドキも、ドギマギも思いのまま。
もうこの子だけで良いんじゃないかな。
ハーレム?まぁそのうち考えますわ。
悲しい男の性か、俺はすっかりやる気に満ちていた。
冗談かもしれない。なんてことは頭からすっぽり抜け落ちていた。
♦♦♦♦
「・・・てことがあってさぁ!」
すっかりハイテンションの俺は寝る前に女神様と連絡を取っていた。
「ねえリヴィアさん聞いてる!?」
「・・・はいはい、聞いてる聞いてる」
「真面目な話なんですよ!」
「うざすぎる・・・」
笑顔のまま呆れている女神様。
かれこれ1時間近くこんな調子だ。
俺にとって目下一番の重要事項なのだから、もっと真面目に聞いて欲しい。
「はぁ・・・もう一回最初から」
「もういい加減にして」
「だって!」
「そもそも私見てるし。ほんとにやめて。また同じこと言ったら地獄行きだから」
「ごめんなさい」
大人しく投降。土下座。
「はぁ、前はあんなに自信に満ちていて格好良かったのにね」
「それは、だって」
最強だったから。それにそうしてくれたのは女神様だ。
「今は姫様の尻に敷かれて。あぁ、本当に敷かれてたわね」
「その話は勘弁してください・・・」
「それにユズハユズハって、私は悲しい」
今日の女神様はなんだかイライラしてないか。
確かに俺も浮ついていたけど。
「あなたの姿を見るとたまに思うの。やっぱりあの時生まれ変わらせてあげれば良かったなって」
「そんなことは・・・リヴィアさんには感謝してます」
「まぁカケルの人生だから私はあまり口出ししないけどね」
今までも毒を吐かれたことはあったが、後悔に近い言葉を出すことは無かった気がする。
俺にとっては唐突とも思える彼女の態度でも、彼女からしたら積み重なったものなのだろうか。
女神様が入っている炬燵の上にはグシャグシャになった紙が置いてある。
そこには、『いつか地獄送りにしてやる。あのクソ神』と書いてあるようだ。
「・・・・・・リヴィアさん?」
「なによ」
「上司となにかありました・・・?」
「・・・そうなのよ!もう聞いて!!!」
そこからは女神様のターンだった。
「・・で!こうで!・・・ありえない!そう思わない!?」
「はい、そう思います」
マシンガントークを聞き続け俺の心は段々閉じていく。
「ねぇカケル!ちゃんと聞いてるの!?」
「き、きいてますよ」
「はぁ・・・最初から言うわね」
何この既視感。どこかでこの光景見たような・・・。
俺じゃん。今さっきの俺じゃん。
あぁ、確かにこれなら女神様の態度も頷ける。
ごめんね女神様、以後気を付けます。
しかし、
「リヴィアさんもストレスが溜まることがあるんですね」
「当たり前でしょう!私を何だと思ってるの!?」
女神様です。
最初に会った時も人間ぽいなと思っていたが、ストレスなんて概念あったんだな。
(笑顔の女神様も好きだけど、こういう人間ぽい女神様も好きだなぁ)
彼女の黒いトークとは裏腹に、俺は独りほっこりしているのだった。
そこからしばらくして、
「はー!すっきりした。ありがとねカケル」
「よかったです。またいつでも聞きますよ」
話を聞くだけで感謝されるなら安いものだ。
なにせ痛くも辛くも無い。
エラーを吐き出せずに暴走するロボットに比べたら遥かにマシだろうし。
「私、あなたを異世界送りにしてよかったわ」
「さいですか・・・」
さっき逆の事を言っていたような。
それにしても話し相手が欲しかったのか。可愛い女神様だぜ。ったく。
「そういえば、あなたレベルアップしたわよ」
「え!?マジですか!?」
「マジマジー」
すっかり機嫌が良い女神様。にぃっと笑っている。
しかし、この世界来てから初めてのレベルアップ。
レベルアップってこんなに嬉しいものだったんだな。
「それで!どれくらい上がったんですか!」
「うんとね、これくらい!」
そう言うと彼女は手でピースを作った。
可愛い。
「てことは・・・2レベルアップ・・・」
「そう!おめでとう。ぱちぱちぱち」
「よっしゃあ!」
なんだたった2レベルかよと思うだろう。
確かに前の世界の俺なら気にも留めない数字だった。
しかし、今の俺は違う。
1レベルが3レベル。3倍だぞ。赤い彗星だよ!
「嬉しい・・・嬉しい・・・」
「よかったね。頑張ったもんね」
ニコニコしている女神様は、ホワイトボードの前に移動して、キュッキュと
レベルを書き換えた。
『レベル3』
「ぐすっ・・・ありがどうリヴィアざん」
「うわっきたないっ・・・もう」
視点が女神様の傍まで移動して、声だけで「よしよし」と言ってくれる女神様。
なんて優しい世界なんだろう。
生きてて良かった。
勇者カケル
レベル3
スキル
・とくしゅ言語知覚(モンスターの声が聞こえる)
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