C2-12 因果は女王を逃さない


「な、何笑ってんだ!? 気持ち悪い!」


「勝ちよ。私たちの」


フォランは倒れて意識が朦朧としている。だが、治療を受けながらも、火炎を女王に向かって放ち続ける。容赦のない火が、彼女の周囲を赤く赤く染めていく。


「勝ち!? ボロ雑巾の癖に何を世迷いごとを!」


「冥土の土産に教えてあげるわ。感情よ」


「は?・・・・・・感情?」


「額のマーク・・・・・・ハートは喜び、スペードは怒り、クローバーは哀しみ、ダイヤは楽しみに対応しているのよ」


「!?」


女王は記憶を振り返る。言われてみれば、そうだった。スペードで攻撃が行われたとき、確かに自分は激昂していたと。そして、ハートのときは、ジョーカーが働いて喜んでいた。


「・・・・・・いや、それならどうしてあいつがサボって私が悲しんでいたのに・・・・・・クローバーのあいつは攻撃しなかった!?」


「そうね、そこが一番の難所よ」


フォランは女王を直視する。赤い赤い瞳で。皮肉にもその眼差しは、女王が大好きな真紅の色だ。


「あんただけじゃない。攻撃対象も含め、一番大きな感情が一致した時に、一度だけ攻撃が行われるのよ。最もその感情を強く抱いているターゲット、一人に。威力は両者の感情の合計で決まるみたいね」


「何だって!?」


「一番最初に私が攻撃されたときはスペードのマーク。私は姉さんを攻撃されて怒ってて、あんたも追い詰められて怒ってた。二回目のハート、あんたは私が切られて喜び、治療が一段落してフレナは喜んだ」


「なに!?」


「三回目のスペード、ラハムはフレナを傷つけられて激昂して、あんたは何回攻撃しても死なない私たちに腹立っていた。四回目のクローバー、魔力が切れて悲しんだ姉さんと、精神的に疲弊して悲しんだあんたとのペアね」


「あ・・・・・・」


「五回目のダイヤ、順調に働いてるジョーカーを見て安心したあんたと、全員の命の危機が一旦去って安心したフレナとの感情の一致ね。お互い、喜びよりも気楽さのほうが大きかったんでしょうね」


女王は呆然と立ち尽くす。どうして自分の魔法の効果を、初めて戦った相手がこうも正確に見抜いたのかと。腹立たしさもあったが、底知れぬ畏怖の感情により、彼女の頭は真っ白に埋め尽くされる。


「そもそも、攻撃の威力にムラがあることが不思議だったのよ。あんたが調整をした訳でもなさそうだったし。そこで一つの仮説が生まれるのよ。攻撃が行われる条件はあるけれど、それは固定されたものじゃない。もっと曖昧なものじゃないかってね」


「あ・・・・・・」


ジョーカーが目覚めて一年、ようやく女王は真相にたどり着いたのだ。あの時も、その時も、そうだったと。自分がジョーカーで誰を殺せたときは、大抵の場合相手が怒っていて、自分も腹立しいときだった。


「難しいわよね。シンプルだけど三つも条件があるから。まして、他人の気持ちに関心がないあんたには、決して解けない問題だったのよ」


痛み鳴り止まないが、ある程度回復したフォランは立ち上がる。まるで、女王の最後を見届けるかのように。フレナは全てを出し切り気を失っていた。フレナだけでなく、ラハムもメリアも意識を失う。今、見つめ合うのは女王とフォランだけ。


「いや、ちょっと待ちなさい。ということは・・・・・・」


女王は血の海に沈んだ、地に倒れた小柄な男を見る。先ほどまで自分の従者だったそれを。


「気づいた? この魔法は、人の感情を固定できれば最強格よ。そのうち絶対にマークが当たるからね」


フォランもブリタの死体を見る。死んだことに対する哀れみ、安心、感謝の入り混じった複雑な表情を浮かべながら。


「そいつが生きてれば、あんたは勝ってたのよ」


「・・・・・・ブ、ブリタ!! 起きろ! すぐに! 寝てんじゃないよ!!」


女王の言葉にブリタは何も返事を返さない。代わりに、赤黒い血液を頭から流し続けるだけ。


「無駄よ。あんたが。殺したんだ」


「そんな馬鹿な・・・・・・」


「あはは、黙って殺されなさい」


「ひっ!」


笑みを浮かべるフォランから放たれる、大きな炎。毛布のように広がったそれは、見た目だけは優しく女王と防護壁を包みこむ。


「デレローローロロ・・・・・・デン!」


空気も読まず、ジョーカーの額にハートが写される。一見腹立たしくも、それを見て女王は閃く。


ーーいや、あいつは今喜んでる。ここで私が喜べば殺せる! 感情が一致するから!!


勝利を確信し、ニコリと邪悪な笑みを浮かべる女王。


ーー馬鹿が!! 勝ったと思ってベラベラ喋りやがって!


それは起死回生の一手になる。そのはずだった。


「・・・・・・キヒヒィ」


女王の考えとは裏腹に、ジョーカーはただ微笑み、その場に佇んでいるだけだった。


「は? ・・・・・・なにやってんだ!? あの女はあんなに喜んでるだろ!」


女王はフォランを指差し、睨みつける。だが、数秒経って気づく。薄っぺらい彼女の作り笑いに。


「喜んでるわけないでしょ」


機械音声のような、感情を全く感じられない一言が彼女の口から発せられた。フォランの底なし沼のように光のない瞳が、女王を見据える。

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