ひらひら

「お姉ちゃん、またねー!」

「ばいばーい!」

「お疲れ様! 気をつけて帰るのよ~」

「りいだ! かっちょ! おねーちゃ!」

「お騒がせしました、ありがとうございました! はい、気をつけて帰ります! みんなぁ、こころちゃん、またねー!」


 大きく手を振って絵里を見送る大人と子供達に、何度も振り返っては頭を下げて手を振る絵里。


「和樹みっけた」


 すると、彫りの深い顔に人懐っこい笑みを浮かべた、がっしりとした体格の青年が和樹に声を掛けた。


「恭ちゃん!」

「兄貴が、『和樹をこれ以上ガッカリさせられん! うおおおお!』とか気合い入れてたけど、元気そうだな。よかった」

「もう大丈夫! あのお姉ちゃんがお話聞かせてくれたんだよ!」

「そうなんだ」


 和樹が指を差す先では、絵里が振り返って小さく手を振っていた。九重恭介ここのえ きょうすけは頭を下げ、和樹は大きく手を振り返す。


「制服? あの女の子が和樹に話をしてくれたの?」

「お姉ちゃん、すっごいんだよ! カツオの『カツ夫』が海で仲間たちと力を合わせてシャチを追い返したお話をしてくれたの!」

「あはは! 面白そうだね」


 恭介は絵里の背中をまた目で追った。角を曲がろうと方向を変えた絵里が、大きく手を振っている。


(いい子だな。きっと落ち込んでた和樹の為に親身になってくれたんだろうな)


 恭介は改めて深々と頭を下げた。その視線の先で、絵里が恭介に向かって同じようにお辞儀をした。


「恭ちゃん、帰ろ! お腹空いてきちゃった! 今日はお泊りしてくの?」

「いや、夕飯食べたら帰るよ。祝日でも新米教師はやる事がいっぱいあってさ。あ、スーパーどこにあるんだっけ? 買い物頼まれてたんだった」


 周りを見渡した恭介はそう言いながら、後ろ手に和樹に右手を差し出した。




 ひらひら。

 ひらひら。




 和樹は柔らかく動くその手を握りしめた。


「えへへ! 恭ちゃんのでっかい手、大好き!」

「そう?」

「スーパーこっちだよ? 学校の先生なのにもう忘れちゃったの?」

「先生でも忘れる事はあるんですー」

「あ、聞いて! あのお姉さんのお名前と電話番号教えてもらったの!」

「……えーと、君は図書館で何してるのかな? 七歳児君」

「いいでしょー! 今度は僕がお姉ちゃんにお話するんだ!」


 そんな会話をしながら、夕方の優しいオレンジ色の光の中、恭介と和樹はスーパーへと歩き出したのであった。



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