あいがと!

「あ、あの……」

「あら! お話良かったよ~……どうしたの?」


 母親が、顔を曇らせている絵里に首を傾げる。


 心は絵里をひと目見て、恥ずかしそうに母親の肩に顔を埋めている。二人の顔を交互に伺う絵里を見た母親が笑った。


「そういう事ね~! 大丈夫、大丈夫! ……ねえ、こころ。リーダー頑張ったねえ。みんな、力を合わせてすごかったねえ」


 心は母親の首筋に顔を埋めながら、こくこく、と頷く。


「お姉ちゃんの話、楽しかったならお礼言わないとだね」

「………………あいがと!」


 そんな母親の言葉に心が絵里に向かって笑い、すぐに恥ずかしそうに顔を背けた。

 

「ごめんねえ、この子恥ずかしがりなの。さ、子供達待ってるから行った行った! わざわざありがとうね、またお話聞かせてね?」

「は、はい!」


 母親の言葉に、絵里は深々と頭を下げたのだった。



 その後。


 皆が十分に間隔をあけて話を聞いていたからか、慮ってもらえたからか。図書館のスタッフが、話が終わって大人達と一緒に拍手をしていたのを絵里は思い出す。


 絵里はスタッフに向かって『助けて下さーい!』と目で訴えたが、はしゃいで動き回る子供たちと、その世話をする大人たちへの対応に一生懸命のスタッフ達を見て、すぐに諦めた。


 そもそも自業自得だよね……とこっそり溜め息をついた絵里は、お騒がせしてごめんなさい、ありがとうございます、という気持ちを込めてスタッフに向かって頭を下げた。


 絵里と目があったスタッフは、ニッコリと笑って絵里に手を振った。


 そして、結局。


 子供達が「お話、終わっちゃうの?」と、しょんぼりする姿を見て、もうひとつだけね、と絵里は言ってしまっていた。もともと子供が大好きな絵里。今回も断るより期待に応えたくなってしまっているのだ。


 だが、絵里が子供たちのリクエストに答えた理由が、もう一つ。


 そう、今更ながら絵里は気付いたのだ。


 膝にあるノートPCから有名どころの短い童話を検索すれば、話を考えなくてもよかったのではないか、と。


 しょんぼりと唇をほんの少し尖らせた絵里は、童話、とPCで検索する。


 と。


 "話題急上昇!童話『猫の手を借りた王子様』"


 という話を見つけた絵里は、猫ちゃんの手を私にもぜひぜひ! と思いながら、コホン、と咳払いをしつつ。


 また、語り始めたのだった。




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