第22話 もし一緒に暮らしたら④

 スマホのアラームが鳴り響く。時刻は6時30分。

 重い体を起こしてアラームを止めると、横には五十嵐先輩。

 口を開けながら気持ちよさそうに寝ている。少し涎が垂れてて、あまりの可愛さに頭を撫でてしまう。

 すると昨日の出来事が鮮明に蘇ってくる。


 あ、あああ、ああああああ!!夢?現実に起こった事なの?

 わたしからキスして……その後、五十嵐先輩に色んな所嗅がれて、今度はキスされて?された?一瞬すぎて分かんなかったけど、多分キス……。


 指でそっと唇に触れると、微かにジンとするようなしないような。


 まだ、寝てるし、少しだけ……確認するだけだから。

 今更したって問題ないよね?

 ゴクリッと生唾を飲んで、髪を耳に掛け、五十嵐先輩の顔に近寄る。

 少し開いた口。ちょっとだけ……

 後少し……




「……」

「……」


 目が合ってしまった。


「お前、キモイな!」

 一番見られたくない所を見られてしまった。

 体をぷるぷると震わせながら俯き、後悔する。なんでわたしだけこんな目に合うんだ。というかなんでそっちは平気なの?おかしいよ、わたしの反応が普通でしょ?


「んんー!シャワー浴びてこいよ、その間にちゃちゃっとご飯作るから」


 猫のように伸びをして、シャワーを浴びろと言ってくるけど、わたしは一度家に帰らないといけない。


「1回家に制服とか取りに行ってきます。ご飯はその後でお願いします」

「おっけー。鍵開けたままにしとくから、勝手に入ってきてな」

 わたしはパパっと着替える。

 借りたシャツは先輩が拾い上げ、一緒に1階へ降りた。

「じゃあ、また」

「おーまたなぁ」


 玄関でお互い手を振ると、ちょっと新婚さんみたいに感じる。

 走れば5分くらいで家に着くかな?

 準備に10分、いや5分で済ませてまた5分で戻ろう。

 そう決めて、わたしは走り出した。





 慌ただしく家に入ると、母が「おかえりーご飯は?」という問いかけに「あっちで食べる!」と答えた。

 ドタドタと2階に上がり、制服と鞄を手に持つと、今度は妹が問いかけてくる。

「おねーちゃん。ご飯一緒に食べる?」

「友達の所で食べるから、じゃあね!」

 またドタドタと1階へ降りて行く。


「……もう行っちゃうの?」

 歯磨きをしながら妹がまた問いかけてきた。

「ふんーともらちがまってへるから」

「前に来た人?」

「んーそうだね」

「……そっか」


「行ってきまーす!」


 またすぐに走り出す。

 少しでも長く五十嵐先輩と居たい。ただそれだけでわたしの足は前へ出る。


 勝手に入っていいとの事で、わたしは玄関前で息を整える。

 勝手にとは言われたものの、少し遠慮気味にドアを開けて、小さい声で「おじゃましまあす」と一言。これじゃあまるで泥棒だ。


 味噌汁の匂いがする。キッチンにいるのだろうか?

 顔だけひょこっと出すと、びっくした顔の五十嵐先輩と目が合った。


 その顔というか、鼻には、わたしが着ていたシャツを嗅いでいるように見えた。


「……結構ムッツリですよね」

「うう、うるせえ!てか早すぎだろ!?10分で戻ってくるか普通!?」

「んぐっ、まぁ?こんな事があろうかと思って?不安で不安でー」

「……」

「……」

 2人して、気まずそうにしていると、キッチンから音が聞こえた。


「ご飯、食うか?」

「です、ね」


 変に口を開いたら自分にも返って来そうで、この朝食はお互い終始だんまりだった。


「じゃあ、すいませんシャワーお借りしますね」

「あ、おう」


 わたしは制服を持って脱衣所へ向かう。

 そさくさと脱いで、ささっとシャワーを浴びようとすると、鏡に映る自分の体に異変が起きてる事に気付いた。

 首元の噛み跡。鎖骨には赤い跡。お腹は平気だけど、これはキスマークという奴では?

 かぁぁっと顔が赤くなる。鎖骨まぁいいとして、首元は制服で隠れるのか?

 噛み跡を触ると昨日の感覚を思い出して、はぁっと声が漏れてしまう。


「千秋ー?服預かろうか?また取りに来ればいいし」


 確かに、鞄に入れるのは邪魔になるし、また家に寄るのも面倒だ。

 わたしはお風呂場の戸を少し開けて、覗くと、五十嵐先輩はまたわたしの脱いだ服を嗅いでいた。


「先輩?本当に恥ずかしいんですけど?流石に変態すぎません?」

「っ!!う、うるせえな!千秋の匂い好きなんだからしょうがねえだろ!」

 逆ギレされる。でもそんな事を言われたら、わたしの胸が締め付けられて、じゃあしょうがないか、と五十嵐先輩を許してしまう。

「じゃあ取りに行くのはまた今度で、貸してあげますよ?変態先輩?」

 すぅーと戸を閉じる。

 すると、曇りガラス越しに五十嵐先輩が喚く姿が映る。

「お前だって変態だろ!プールの時も寝てる時もどこでも発情しやがって!」

 言いたい事を言って、バタンと脱衣所のドアが強く閉まり、五十嵐先輩は出て行った。

 んぐぐぐぐ……!バレてるっ!



 さっと汗を流して、体を拭いて髪を乾かす。

 下着を手に取ると、少し考える。

「まさかね?いくら変態でもそこまで」

 変な事を考えたら、死にたくなるくらいに恥ずかしくなる。


 リビングに戻ると五十嵐先輩は見当たらない。

 階段を昇って部屋に入ると着替え中の五十嵐先輩がいた。


「覗きかぁ?変態?」

 目をじとーっとしながら、にやにやしている。

 別に恥ずかしがる事もなく、着替えていた。白い肌に、黒い下着がよく映える。


「変態変態うるさいです。下着まで嗅いでないでしょうね?」

 盛大に吹き出す五十嵐先輩。

「そこまでするか!あほ!」

 良かった。さすがにそこまで落ちてない事に心の底から安心した。

 準備が出来たようで、五十嵐先輩が手を差し伸べてくる。

「行くか!」

 わたしはその手を取り、「はい」と笑顔で答えた。


 たった1日なのに、とても濃厚で楽しい1日だった。

 今わたし達の関係はよく分からない。でもたった1日のお陰でお互いの距離は急激に近づいているのは感じている。

 よく分からないけど、これでいいのかな。いいんだろうな。


「鍵よーし!」

「確認よーし!」


 だってわたし達はこうやって手を繋いで笑い合ってるんだから。

 初めて五十嵐先輩と一緒に学校へ登校する。








「へぇー。新しいの見つけたんだ……」





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