第20話 もし一緒に暮らしたら②
わたしはシャツの裾を引っ張って鏡の前に立ち尽くしていた。
シャツ1枚で五十嵐先輩の前に出るってこと?
いやいやいや。さすがにちょっとヤバくない?でもどうしようもないし、理由を話せば分かってくれるよね?
わたしは勇気を出して、脱衣所を出る。するといい匂いが流れてきていた。
匂いにつられるようにわたしは、明かりの付いている部屋に行く。
「おかえりー。もうちょい待っててな?適当に座っててくれー」
何の匂いだろう?美味しそう。
わたしは言われた通り、椅子に座ると違和感に気付いた。
冷たい。下着も履いてないから直に椅子の冷たさを感じた。
「あのー五十嵐先輩?ちょっと大事な話がありまして……」
「んー?どうした?」
「あのー、今洗濯してましてぇ、だから下の方も貸して貰えないかなと……」
「……あぁ!その下裸かー!」
「言わなくていいですから!!」
シャツは着ているから裸ではない。でも五十嵐先輩の目がこちらを向くだけで、何故か不安になる。どこか破れていたりして見えているんじゃないのかと。
裾を引っ張る力が強くなる。
「まぁ洗濯終わるまで30分くらいだろ?大丈夫だよ私しかいないんだから」
まぁ確かにご両親が居なくて良かったけど、そうゆう問題でもないんだけどなぁ。
わたしは無言で五十嵐先輩を見つめる。本当に嫌なの。恥ずかしいの。
「わ、わかったから、そんな見るなよ。とりあえずタオル巻いておこう!」
おぉーその手があったか。五十嵐先輩賢い!
一度料理の手を止めてから脱衣所に向かう五十嵐先輩、わたしはその後ろを付いて行く。
まだまだ洗濯機は動いたままだった。
五十嵐先輩が引き出しを漁って、何か迷っている感じだった。
「これでいいかなぁ?」
ふわふわしてて、すごい肌触りが良さそうなタオルだった。
「ありがとうござ――」
タオルを受け取ろうとすると、何故か五十嵐先輩はタオルを離さない。
「……うりゃっ!」
「――っ!あぎゃぁぁあ!!」
わたしがタオルを受け取ろうと油断している所に、この人はシャツを捲ってきた。
顔がもうスカート捲りをする悪ガキだった。
「みみみ、見た!?」
「大丈夫ー!見えてないよっ!」
「ほんとに!?」
「ほんとだって!」
「……じゃあこれで許してあげる」
わたしは遠慮なく五十嵐先輩の頭を叩いた。
何か今日おかしくない?いたずらっ子過ぎるというか、酔っ払いみたいなノリ?
気のせいかもしれないけど。
叩かれた頭を触りながらブツブツ言う五十嵐先輩と、腰にタオルを巻いたわたしはリビングに戻った。
五十嵐先輩はキッチンに入って料理の続きをする。
わたしは椅子に座りながらその顔を眺める。見たことないくらいに真剣な顔で、先ほどのいたずらっ子とは思えない。
「おまたーせ!」
料理を乗せたお皿をテーブルに並べる。
山のような千切りキャベツに乗るアジフライ。
冷奴となめこの味噌汁と小鉢に入った切り干し大根。
なにこれ?定食屋さん?五十嵐先輩の料理はお弁当で美味しいのは知っている。
でもこれはさすがに
「もしかして、買ってきました?」
「失礼すぎないか?」
「すいません……でも短時間でコレ作ったんですか?」
「キャベツ切ってー味噌汁作ってーアジ揚げてー、ってだけだぞ?切り干し大根は作り置きがあったし、さすがに豆腐は作ってないけどな!」
いやぁまぁ、そう言われたら簡単そうに聞こえるけど、こうも形にされると驚きを隠せない。
「ちょっと冷めちゃったかもだし、ちゃちゃっと食べようぜー」
本当に美味しそうだ……
向かい合わせに座り、2人で「いただきます」の合図で箸を取った。
五十嵐先輩はアジフライにかぶりつく。わたしは少し遠慮気味に味噌汁を少し飲む。
わたしは冷奴を食べ、切り干し大根を食べ、チラチラと五十嵐先輩を観察していると、「うめー!」と笑顔だった。
その笑顔を見て、遠慮気味だったわたしもメインのアジフライに手を付けた。
サクサクで美味しい。これはご飯も進んでしまう。
「千秋、うめーか?」
「うめぇ!」
「へへー、良かったぁ!」
2人で笑い合う。
こんな楽しいご飯は初めてかもしれない。
五十嵐先輩と暮らしたら、毎日こんな感じなのかなぁ?ふふ、飽きなそうでいいなぁ。
終始笑顔でご飯を食べていたわたし達。食べ終わったら2人で協力しながらお皿を洗ったり、使った物を綺麗に片付ける。
「五十嵐先輩ご馳走様でした。とても美味しかったです」
「また作ってやるよ!そろそろ千秋の終わったんじゃないか?」
「……あぁそういえば、結構な時間経ってますよね」
また2人で脱衣所に向かう。
洗濯機の音は止まっており、乾燥もばっちりらしい。
五十嵐先輩が洗濯機の蓋を開けると
「あーバスタオル入れてないなぁ!?」
え、あれ?ボタンを押したのは……お風呂に入る時だったから?
あぁそっかお風呂に入る時に押したら、バスタオルが入らないのは当たり前だ。
わたしの使ったバスタオルは横の洗濯籠に入っている。
「ごめんなさい、ボタン入る前に押しちゃいました……」
「まぁいいけどさー。ほらパンツ」
「あっすいません」
「ほいブラ」
「どう、――!」
「服は――」
「取ります!自分で取りますから!!」
すごく自然で渡してくるから、わたしも自然に受け取ってしまった。
なんでわたしだけこんなに辱めを受けなきゃいけないのさ。
「じゃあ上で着替えてきますから」
「うん。私はこのままお風呂入っちゃうよ」
「それじゃあ」と言い残してドアを閉める。
わたしは行った振りをして、音を殺してドアの前に戻った。耳にすべての神経を集中させる。衣擦れの音が少し聞こえる。
足が床から離れて、また床に足が付く音が繰り返される。足を上げないと脱げない物を想像してしまう。
衣類が床に落ちる音。小さい溜息か分からないけど、少しだけ漏れる声。
心臓がうるさい。五十嵐先輩に聞こえてないだろうか?というか、わたしは何をしに来たんだっけ?
そうだ、驚かせる為に来たのに、タイミングを失ってしまったんだった。
バレてないし、このまま戻った方がいいのか、でもこの後ちゃんと話せるだろうか?変に意識してしまいそうだ。
ガラッ
お風呂場の戸が開いた音がした。わたしの体は勝手に動いて脱衣所のドアを開ける。
「わっ、わぁっ!」
なんとも頼りない声で驚かせに行ってしまった。
振り向いた五十嵐先輩は、案の定全然驚いてない。むしろ驚きも、恥ずかしがる事なくこちらを見て
「一緒、入るか?」
「い、いえ……先ほど入りましたので……」
わたしはゆっくりとドアを閉めた。大人しく五十嵐先輩の部屋に戻る。
後ろ姿だけど、五十嵐先輩の裸を見てしまった。
でも全然記憶に残ってない、思い出せるのは余裕そうな顔と柔らかそうなお尻だけ。
わたしは乾いた下着を付けて、服は畳んで邪魔のならない所に置いた。
借りたシャツを脱ぐのは少し寂しいと感じたから。
本棚に視線を流すと考えてしまう。
別に女の子が好きじゃなくても、そうゆう漫画を読んでもおかしくはないと思う。
でも五十嵐先輩は正直に答えてくれた。嘘ついても良かったのに。
帰ってくるまで漫画読んでようかな。
まさかこのホラーも中身が違うって事はないよね?
……
うわぁー。どんだけ好きなのさ。
というか何故中身を変えてるのだろう?
後で、からかいがてら問い詰めてやろう。
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