第19話 もし一緒に暮らしたら①
今日?
今日って事は今って事?
今すぐわたしが五十嵐先輩の家に泊まるって事?
今すぐキツネ達を呼ぶって事?
いやまぁ多分、というか可能性的に考えて、わたしが今日五十嵐先輩の家に泊まるって事が一番しっくりくる。
今からキツネ達を呼ぶなんて、ちょっと現実的じゃないし。
そうだよね?合ってるよね?
ちゃんと言って!はっきりと!わたしから言って違ってたら恥ずかしいじゃん!
「……?」
「……えぇと。今からキツネ達を呼ぶのは難しい、かなぁ?って思うんですよー」
今すごい下手な演技だって自分でも分かる。
白々しい言い方。挙動不審な動き。
「違うよ。今日千秋だけがここに泊まるの」
あれ?変に考えてたのはわたしだけ?
五十嵐先輩の目は真っ直ぐで、全然恥ずかしがってない。普通に、普通の、反応だ。
でもすごく頼りになる感じで、力強さがあって、なんというか、男らしい?
「……はい」
素直に従順にわたしはYESと答えてしまう。答えざる負えなかったのかもしれない。
五十嵐先輩は余裕そうで、わたしはこんなにドキドキしてる。
落ち着くんだ。友達同士でお泊りなんて普通じゃないか。
別におかしくない。でもなんかずるいというか、もやもやする。
「じゃあご飯にする?お風呂にする?それとも」
え、え、え、え?
「それとも……?」
「遊ぶ?」
五十嵐先輩はゲーム機を出して笑う。
チッ……。
「わたしは連絡してきますから、お風呂入ってください!さっき駄々こねて汗掻いたでしょ!?臭いですよ!」
「はっ、はぁ!?臭くねえよ!汗もちょっとだけじゃん!……ほら臭くない!」
五十嵐先輩はちょっとムッとして、服とか嗅いでる。
そりゃあ女の子だもんね。臭いなんて言われたら気にするだろう。
「服はさっき着替えたでしょ!頭ですよ!汗で髪が濡れてたじゃないですか!」
「臭くないー!嗅げよ!ほら!」
「え……いいんですか?」
頭を差し出す五十嵐先輩に、またドキッと胸が高鳴った。
「臭くねえもん!」
「じ、じゃあ、失礼します……」
クンクン。
前髪辺りを嗅ぐと微かな塩素と汗と、なんだろう。シャンプー?それとも元の五十嵐先輩の匂い?
まぁとりあえず臭くはなかった。
スンスン。
嗅ぐ場所でちょっと匂いが違う。こめかみ辺りは汗の匂いが強め。でも全然不快じゃない。
クンクン。
つむじ辺りもまた別な感じ。皮脂なのかな?はぁ~……。
すぅぅ。
うなじも臭くない。なんか癖になる。
あっなんか匂いが濃くなった気がする……。
スンスン、すぅぅぅ。
「あ、あのさすがに、恥ずかしすぎるんだけど……」
「へっ?あぁ!ごめんなさい!」
耳まで真っ赤でぷるぷると震えてる。
そりゃ恥ずかしいだろう。こんなに嗅がれたら誰だって。
「く、臭くなかっただろ……?」
「はい全然――臭かったです!」
「はぁ!?嘘だろ!?」
嘘をついた。ちょっとした仕返し。
余裕そうにして、わたしだけドキドキさせた罰です。
ふふふ。恥ずかしかろう?もっと恥ずかしがれ!
「ぬぅ~!……嗅がせろっお前のも!」
「嫌です!」
「嗅がせないなら泊まらせない!」
あぁー!?この人は!それは卑怯でしょ?それはぁ!
「んぐぐぐ……」
体をギッギギと機械のように無理矢理曲げる。
五十嵐先輩はわたしの頭を掴むと
すぅぅぅぅ!!
はぁぁ!?めっちゃ吸ってる!わざと聞こえるように嗅いでるじゃん!八つ当たりだ!
恥ずかしいいぃぃぃい!!!!
「……」
クンクン、クンクン。
何か言ってよ!
「くっさあ!!」
正直に言うと本当に傷ついた。その言葉が嘘だとしても。
「――!臭くない!五十嵐先輩の方が臭い!」
先ほどの五十嵐先輩と同じ顔になってると思う。だってこんなに顔が熱いんだもん。
「私は臭くない!千秋の方が臭いし!」
「臭くない!臭くない!」
スンスン。
「はぁ~……」
はぁぁぁぁあ!?なんなの!?
わたしは無理矢理五十嵐先輩の手を払い除けて逃げる。
流石にわたしもムキになってしまった。
五十嵐先輩の腕を掴んで上に引っ張り上げる。隙だらけの腋にわたしは鼻を付けて匂いを嗅いだ。
「あ、ほんとに臭い……」
「――!!~~っ!たりめぇだ!!バカ!!」
結構本気のげんこつが飛んできた。
『うん。近いから何かあったらすぐ帰れるから。うん、朝寄ってから学校行く。うん、ありがとう』
母親に連絡を入れて、許可を得た。
電話を切ると、許可を取れた喜びが溢れ出てくる。
いいんだ、五十嵐先輩の家に泊まっても。
いいんだ、2人きりになっても。
じゃあ今日は何しても許される、そういう気持ちになってしまう。
何しよう、何しよう、何しよう!?
五十嵐先輩はお風呂の準備をしに、1階へ。わたしは部屋で1人。そわそわと落ち着かない。
「あっ着替えどうしよう……取りに行くのも面倒くさいし、朝でいっかぁ」
スンスン、臭くないよね?大丈夫だよね!?
スンスン
「ほらやっぱり、臭いんじゃん?」
こんな恥ずかしい所を見られてしまった。
「だから――っ!」
「これ着替えな。多分余裕で入ると思うから」
五十嵐先輩が投げてきたのは、今日のわたしの寝巻となる服。
広げると、確かに大きく問題なさそうに感じた。
「あれ?上だけ?下はないんですか?」
「でかいのは上しか持ってないんだ。まぁそれだけでワンピースになるから大丈夫だよ。それより風呂先入れよ、私ご飯作るからさ」
お風呂から上がると五十嵐先輩のご飯が食卓に並んでいる。
『食べようぜ?』
ご飯を作る五十嵐先輩。わたしはその姿を見ながら出来上がるのを待つ。
『後ちょっとだからなー』
どっちもいい。どっちがいい?
「分かりました……ではお先に頂きます、ね」
「付いて来てー」
一緒に階段を降りて、簡単に説明を受ける。
「脱いだ物はここに入れちゃって、出る時にでもここ押してくれ。洗濯されて乾燥されるから。シャンプーとかはこれなぁー、んじゃごゆっくりー!」
あれや、これや、を説明してから五十嵐先輩は脱衣所から出て行く。
え?なんだって?
ごめん。緊張して聞いてなかったかも。
服入れたら押せばいいんだっけ?
わたしはシャツを脱いで洗濯機の中へ放り込む。
1枚また1枚と、最終的には裸になった。当たり前だ、これからお風呂に入るのだから。
見られる事はないと分かっているのに、少し落ち着かない。
ただお風呂に入るだけでしょ。しっかりお風呂に浸かって疲れを取ろう……。
ピッ
洗濯機のスタートボタンを押して、わたしはお風呂場に入った。
シャワーを頭からかける。簡単に洗ってからシャンプーを手に取り頭を洗うと、五十嵐先輩と同じ匂いになるのかと考えてしまう。
色々済ませてから湯舟に浸かると、なんとも言えない気持ちよさ。
ぼぅっとする頭の中は、何か考えてるようで何も考えられないくらいにホワホワしていて、わたしの気持ちを落ち着かせてくれた。
何分くらい浸かっているだろうか。
3分?もしかしたら10分以上かも。時間の経過も分からないくらいにはリラックスできた。
……
最後にもう1回洗っておこう……。
一度のお風呂で2回も洗ってしまった。臭くないけど、念のためにね。
そうしてお風呂から上がって脱衣所に。
バスタオルで体を拭いて、下着を探すが見つからない。五十嵐先輩から貸してもらった大きいシャツはある。
辺りは特におかしいところはないし、洗濯機の動く音だけが響く。
あぁぁあ!そうだった!洗濯しちゃってるじゃん!いや、洗濯自体はいいんだけど、いや良くない!今はダメでしょう。
とりあえずずっと裸なのは落ち着かないし、シャツを着よう。
腕を通すとすぐに分かった。確かに大きい、すんなり体が入ってしまう。
五十嵐先輩はワンピースになると言っていた。でもそれは本人の体のサイズだから、そうなるので、五十嵐先輩より大きい体の人が着たらどうなるだろう?
これはミニスカート。隠れてはいるけれど、段差とか腕を上げたら見えてしまうんじゃないか?
はぁ、さすがにこれは言おう、下も貸してくださいと。
…………
あれ?ドキドキしてきた。
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