第18話 タイミング

 あれからすっかり落ち着いたのか、五十嵐先輩は眠ってしまった。

 涙の痕が残ってるけど、どこか安心した寝顔。

 わたしはしばらく、その寝顔を堪能した。

 小指を離さないままで寝てるけど、離したくない。でも離さないと帰れない。

 わたしが帰ってたら家の鍵が開けっ放しになって、危ないよね?

 家の人が帰ってくるまで待つか、起こすか、迷う。


 本当に子供みたいに寝るなぁ。

 頬を指で押すと柔らかく、反応はなかった。

 優しく頬を摘まんでも反応しない。相当疲れてるみたいだ。

 ふふ、泣き疲れちゃったかな?


「起きないと、わたし帰れないよぉ?」


 寝息だけが返ってくる。


「……」


 人差し指をまた顔に近づける。

 頬を通り過ぎて、唇をゆっくりと撫でる。

 微かに息が指に当たる。熱湯に触れたみたいに指先が熱くなる。

 わたしはその熱くなった指先を見ると、なんともない事に少し驚いた。

 息が当たったくらいで何もならないのは分かっている。

 でも実際に熱くて、今もジンジンする指先に目が離せないでいる。


 うるさい。何の音?一定のリズムで頭がおかしくなる。

 この指を見た途端に音が大きくなって、次第に手が震えてしまう。

 大きくてうるさい。五十嵐先輩が起きてしまう。


 今は起きないで――


 お願いだから――


 この火傷した指先を治すまで……



「はぁ……――」


 熱かった指先は元に戻った。

 いや、戻ったというより、移ったが正しいかも。

 指から唇に熱が移って、ジンジンする。


 五十嵐先輩、これだけでいいです。これだけは許してください。

 後は何もいりませんから。




 五十嵐先輩の部屋にまた、鼻をすする音が小さく響く。

 漏れそうな声を必死に押し殺して、わたしは泣いた。

 起こさないように口に手を押し当てて、震える体を抑えたくても抑えられない。

 こんな事でこの小指は離したくない。

 ギリギリまで、時間が許す限り、五十嵐先輩と繋がっていたい。








 なんか気持ちいい。

 なんか安心する。

 少しだけ目を開けると、いつの間にかわたしはベッドに突っ伏すように寝ていた。視界は狭くて、暗くて、どこを見てるのかよく分からなかった。

 徐々に頭が覚めると寝てしまったと理解する。


 指!!


 頭だけ起こして、目だけでも必死に覚まそうと脳みそに働きかける。細目で自分の腕を見て追いかける。腕から手、その先の小指が視界に入ると、まだ繋がったまま。


 安心してまた、もたれかかる。

 すると、先ほど感じた感触があった。気持ちよくて安心する、正体は。


「おはよ」

 五十嵐先輩がわたしの頭を撫でていた感触だった。

 繋がった小指の先の先を追うと、外灯の明かりだろうか?微かにカーテンの隙間から光が差し込み、それを照らしていた。


 それは、少し擽ったそうに笑って、寝転がりながらわたしを見ている五十嵐先輩。


 すごく近くて、照らされてるお陰でハッキリと見えた。

 ちょっと顔を前に出せば多分、触れられる距離。


 そうこんな風に……


 少しだけ、前に……


 コツン


「まぁだ寝ぼけてんのか?」


 おでことおでこが、ぶつかる。


「……」

「ん?」



「……――――!!いえいえいえ!起きました!大丈夫です!」

「あっ」


 わたしは余りにも焦ってしまい、目一杯後ろに下がった。

 五十嵐先輩は自分の小指を見て少し寂しそうに笑う。


「離れちゃったな?」


 そう言われてわたしも自分の手を見ると、寂しさを覚えた。


「言ってくれればいつでも、貸します……よ?」

 五十嵐先輩の顔は見れない。そっぽ向いて小指だけを前に出す。


「今日の分は十分だぜ?」

「そう、ですか」

 恥ずかしい。

 暗くて良かった。こんな顔見られたくない。


 あっ暗いって事は夜で、今何時だ?

 スマホを取り出すと、近距離で強い光がわたしの目を攻撃したきた。


「19時06分……」

 こんなに時間が経ってたのか。

「怒られる?」

 五十嵐先輩は心配してくれた。

「近いし大丈夫ですよ。今日は珍しく親も帰ってきてると思うので、平気かと。そういえば五十嵐先輩の親はまだ帰って来てないんですか?」

 帰ってきてるなら、声が掛かりそうなものだけど。

「同じく今日は珍しく私1人だけ。自由だぜ!」

 なんと似たような境遇だった。

 わたしは電気を付けると、眩しそうにする2人。

「眩しっ!」

 こんな事でも笑うなんてほんとにもう、愛らしいな。


「そうだ!お泊り会とか!楽しそうじゃないですか?」

 急に思いついた事をすぐに口にした。

 キツネと涼香も呼んだら、楽しいだろうし。

 あーでも騒がしくなりそうだし、家にわたし達だけってタイミングは中々ないか……。

 親はちょくちょくいないけど、妹がなぁ。一緒でもいいけど人見知りだし。

 んー。

「いいじゃん!楽しそう!」

 五十嵐先輩は乗り気だ。

 決まってもいないのに、もうワクワクしてる。


「じゃあ今度キツネ達に聞いてみますね?タイミングが合うかどうかですけど……」





「あ……今日、じゃ、ないんだ……」


「……え?」


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