第15話 おじゃまします

 わたし達は脱衣所で恥ずかしそうに着替えた。

 外に出る頃には少し落ち着いていて、わたしはタオルを頭に乗せてわしゃわしゃと濡れた髪を拭いていた。

 五十嵐先輩は適当に拭いたのか全然乾いてない。濡れたしっぽで叩いてきた。それがまぁ痛い。でもわたしは甘んじて受け入れるし、受け入れる理由があるのだ。


 ピシッ、パシッ。

「ごめんってば……ほんと出来心なんだよー」

「け・い・ご」

「すいません……」

 ピシッ、パシッ。


 五十嵐先輩の顔を見る限り怒っているというより、照れてる感じだろうか?

 ツンとした態度と顔は、まぁなんとも可愛らしかった。


「……なぁ、やっぱ聞いていいか?」

「なにを?」

 ピシッ、パシッ。

 あぁ敬語ですね、すいません。

「なにをです?」

「敬語止めた理由」

「今使ってますけど?」

 ピシッ!パシッ!ピシッ!パシッ!

「冗談です!すいません!……何もないですよ。ただ、友達になろうと思ったから、敬語は止めたんです」


 わたしは正直に答えた。嘘は、言っていない。ただ全部を答えてないだけ。

 五十嵐先輩の返答を待っていると、来ない。言葉を考えているのか?それとも気付いているのか?

 まさかね?結構単純で鈍感な人だし、バレたりなんかしないはずだ。

 それでもまだ返答は来ない。

 日差しが暑く、先ほどより五十嵐先輩の濡れた髪は乾いていった。


 パシッ、パシッ。


 ん?なんの合図だこれは?話せって事?

 パシッ、パシッ。

 ええ、分かんない。ここで話して間違えたりしたら終わってしまう。

 パシッ、パシッ。

「あの、五十嵐先輩?何ですか?」

「……叩いてただけ~!」

 ニヤッといたずらっ子のように笑うこの人は、本当に、本当にもう

「はぁぁぁぁぁあ」

「あ、ごめんな?不快な思いさせちまったか?」

 餌を取り上げられた犬のように、そのしっぽはシュンとなっていた。



 いいですか?五十嵐先輩が笑うだけで、わたしの気持ちはふわふわして、心がきゅゅぅうってなるんです!その顔もわざとですか!?どんだけわたしの心臓に負荷を与えているか分かります?

 我慢してるんですよ!?すごい!すごい!我慢してる!それなのに。

 それなのに、わたしを、いつも……惑わしてくる。

 そのあどけない顔で、声で、わたしを狂わせる。


 無邪気で笑う顔が好き

 明るい性格でわたしに元気をくれるのが好き

 大胆でだらしない所も好き

 女の子とは思えない口調が好き


 なんて、言えるわけがない。この好きって感情はこの先絶対に伝えられない。

 ここで言ってしまったら、五十嵐先輩が留年した意味がない。

 また噂になったりして、もしかしたら、五十嵐先輩がみたいに……

 考えすぎ?いや、仮にそうなってしまったら、きっと後悔どころじゃない。

 1度最悪な経験をしてる人に対して、同じ過ちを犯すような事は出来ない。

 だから気持ちを伝えるのは無理なんだ。

 自分しか見えてない愚か者に、わたしはなりたくない。

 伝えられない気持ち。我慢しているわたしに対して、ベタベタと無邪気な五十嵐先輩。

 だからイライラしてたのかな?

 ははっ、わたしは愚か者だったな。


「ごめん。今日ちょっとイライラしてて五十嵐先輩に当たってたかも。ごめんなさい!でも解決したから!そして敬語も使わない!理由は……友達になりたいから!」


 いきなりの謝罪。キョトンとした五十嵐先輩は少し戸惑っていたけれど、またしっぽで叩いてくる。

 いや、叩いたというより、撫でられたに近いかもしれない。


「いいぜ、なんでもぶつけてこい。先輩で、友達だからな?」

 その顔はいつもと違う、無邪気とか可愛いとか一切なく、ただかっこよかった。

 今日の出来事を振り返りながら帰ると、いつものY字路。


「じゃあな千秋!」

 まだまだ日は明るく、プールを出たのもお昼過ぎ。

 五十嵐先輩が手を振ってわたしから離れようとした時、わたしは咄嗟にその手を掴んだ。

「あ、あの、家行きたい」

「え?なんで?」

 なんでって……そりゃあ行きたいから?これって別に普通の事じゃないかな?

 明確な理由?納得する内容じゃないとダメだから、聞いてるの?

 行きたいから行きたい。こんな単純な事くらい分かってほしい。自分の口から言うのは恥ずかしいよ。


「ダメなら、諦めるけど……」

「いやダメじゃないぜ?ただなんでかなぁって思って」

 むずむずする。

「行きたい、から?ただ気になっただけ……」

「ふーん。面白いのなんてないぜ?それでも良けりゃ――」

「行く!!」

「う、うん」


 そうしてわたしは五十嵐先輩の家へ向かう。

 Y字路の左。普段通らない道は何か新鮮に感じて、ワクワクする気持ちを抑えながら右足を前に出す。左足を前に出す。

 ふふ、ふふふふふ。


「おい、なんで場所知らないのに先行くんだよ!」

 しまった。浮かれてた。

「ご、ごめん」


「ここだよ。誰もいないから」


 その家は2階建てで、第一印象は綺麗でおしゃれだと感じた。

 小さな庭もあって花が咲いてる。

 正直、五十嵐先輩のイメージとは違う。まぁ家なんて関係ない。生まれたらここに住んでた、それだけ。


「どうぞ我が家へ」


「お、おじゃまします」


 そして玄関に通され、中へ入る。ドアが閉まると、わたしと五十嵐先輩だけの空間になった。

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