第16話 好きなの?
「部屋は階段上がってすぐ右な。ちょっと着替えたりジュース持って行くから、待ってて」
そう言われて、階段を昇って右の部屋の前に立つ。
ドアノブを握って、ゆっくり開けると、少し甘い匂いがわたしの鼻を擽る。
中に入ると、また驚かせられた。
ドクロのオブジェクト。知らない外国人のポスター。謎の鎖が壁に掛けられている。
なんて物は一切なくて、部屋全体は白をベースに、薄いピンクの小物。黄色いぬいぐるみ。本棚やクローゼット。色合いは極めて普通より。
もの凄い何かが主張してる部屋ではなく、普通の女の子の部屋って感じだった。
あの性格だから、わたしはどこか変に想像してしまった。
小さなテーブルの前に座ると、キョロキョロと目だけで部屋を見ていた。
ベッドの枕元にはアロマキャンドルだろうか?この匂いの正体はコレかな?
ベッド……
今1つ気付きました。自分の事で。
はっきりした事は……自分は意志が弱い。
お腹が空いたら、どんな物でもおいしそうに見えるし、いくらでも食べられると思うのと一緒。そんなの我慢しようにも無理がある。
意志の強い人は我慢できるんだろうけど、わたしは弱い。
友達なら別に、変じゃないよね?
少しだけ……ただアロマキャンドルの匂いか確かめるだけだから。
薄い青色の大きな枕を触ると、柔らかい。
そっと顔を近づけて、鼻を鳴らす。部屋と同じ甘い匂いがする。
更に顔を近づけて、すんすん。まだ同じ。
すぅぅぅ。……何してんだ、これじゃあ変態じゃないか。
見つかったら友達の関係すら危うい。大人しくしておこう。
また部屋を観察して、本棚に目をやると、漫画がある。
1冊手に取るとコレは女の子が読むようなジャンルじゃないのは一目瞭然。
【今日から最強】
表紙は血だらけの不良。ちょっと意外だ、こんなコテコテなのが好きとは。
他の漫画も似たようなジャンルと、恋愛漫画に、後はホラーっぽいのがある。
わたしは手に取った漫画を適当なページを開いては、中を見る。
普段わたしが読まないような漫画。五十嵐先輩が読むという事で興味が湧く。
『ほら?見てくださいよ。自分が出したモノですよ?』
『見せるなぁ、ばか……』
可愛らしい女の子が濡れた指を別の可愛い女の子に見せ付けていた。
すぅぅぅぅ。はぁぁぁぁ。
1度この部屋の甘い匂いを大きく吸い込む。
漫画に目を落とすと同じ場面。
表紙を見ると厳つい顔の男。中を見ると可愛い女の子。
作画変わりすぎ?ん?ああぁ!そうゆうシーンか。パラパラと一気に先の方へ進む。
『んっ、はぁぁ。いやぁ……』
『嫌ですか?こんなに体は気持ちよさそうにしてますよ?』
『だって変だよ、女同士でこん――』
「おまたせー!」
勢いよく漫画を閉じた。
「なんだぁ?物色しやがってえ?あーそれ、面白いだろ!」
「そそうですね!こうゆうの読んだことなくて驚きと衝撃が一気に来て頭が混乱しちゃいました!」
焦って敬語になってしまう。
でも全然普通に話しかけて来てるし、もしかしてこの女の子達が最強を目指してる物語なのかもしれない。
そっと開いて再び確認すると
「38ページ見て。主人公が友達を抱き締めて、慰めてるんだけど、ちょっと感動しちゃったなぁ」
『大丈夫ですよ。怖くない。優しくするからね?』
『ほんと?』
女の子同士が裸で抱き合いながら、泣きそうになっている女の子を慰めているシーン。
合って、る?
「後最後のらへんのさー170ページとか笑い合って泣いてる所とかも好きかなぁ」
『好き!好き!大好き!!』
『私も好きですよ……』
二人は幸せなキスをしてベッドに倒れる。
「そっおぉですねぇ~……。まぁ感動はするかな?」
ちょっと違うようなー?んんー?
「反応わりぃなぁ。ちゃんとページ合ってるか?」
不満そうにわたしから漫画を取り上げると、五十嵐先輩の目は次第に光を失っていく。
「あー、あははー?変わった漫画、だね?表紙と中身が全然ちがーう!なんて、ね?」
スッと立ち上がった五十嵐先輩は、ドアにもたれ掛かると、カチャっと音がした。
「え?」
五十嵐先輩の次の行動はベッドに上がり、カーテンを閉める。薄暗くなった部屋。
「せんぱぁい?」
あれ?これ殺される?
何も言わないし、顔も見えない。
そして五十嵐先輩はそのまま、ベッドに潜り込んだ。
「……あー、お眠かぁ!疲れたもんね!?じゃあわたしは帰――」
「動くな!」
うへぇー……銃で突きつけられたみたいだ。その言葉は本当に体が止まった。
ゆっくり振り返ると頭まですっぽり布団を被っていて、少しもぞもぞしていた。
「わた、私が良いって言うまで、この部屋からは出る事は許さない!」
大きい声を出しているけど、布団のお陰で声が籠り、ちょうどいい。
なるほど御近所対策か。
「座って」
「座ってます」
「……」
「あの、さ。別に――」
「私から喋るから喋んないで!!」
五十嵐先輩は相当ご乱心の様子だ。布団がまるで沸騰したお湯みたいにボコボコと動いていた。
「……」
わたしはただ黙る。まぁ自分の秘密がバレてしまったのだから、しょうがないと言えばしょうがない。
「ウー……ウー……」
微かに聞こえる呻き声。
別に気にしてない、驚いてないと言えば嘘になるけど、そんなに軽蔑や不快感なんてない。ちょっとびっくりしただけ。
コレを言っても本人からしたら、気を使われてると思うだけかもしれないけどさ。
五十嵐先輩には申し訳ないけど、これはこれで、ちょっと面白い。
本当の子供みたいに拗ねてて、見た事のない五十嵐先輩を見れて、わたしは嬉しい。
突然布団が宙を舞う。薄暗い部屋で分かりにくいけれど、五十嵐先輩は頬を赤くして身振り手振りで説明してくれる。ものすごい無理して作った笑顔は、引きつっていた。
「千秋!実はそれ、姉貴のでさっ!たまたま?ほら!混ざったというか?」
「お姉さんいるんだ。わたしは妹がいて、あっ会った事あるんだっけか」
「……ごめん。嘘、わたし1人」
シュンとして、また布団の中に戻っていく。
まるでヤドカリのようにゆっくりと、もぞもぞと。
あれ?意外とめんどくさい人だ。
あんなに大雑把な性格なのに?
「五十嵐先輩――」
「だぁから!千秋は黙ってて!!」
また沸騰する。
はぁーまったくもう。
わたしは立ち上がると、感じ取ったのか五十嵐先輩はまたまた沸騰する。
「部屋から出るなよ!?出たら許さないからな!!」
部屋から出るなんて微塵も思っていない。わたしはボコボコと沸騰する布団を掴み、思いっきり捲った。
「ひぎゃっ!?」
突然の事で驚いてるその顔は、真っ赤で、今にも涙が流れ落ちそうになっていた。
布団の中で暴れたせいで蒸れたのか、せっかく乾いた髪の毛が汗で濡れておでこや頬にくっ付いていた。
「五十嵐先輩は恥ずかしいかもしれないけど、こんな事で一々引かないし、気持ち悪いとか軽蔑とかしないから!わたしを信用して!」
本心を伝えた。
それでも「うん分かった」なんて簡単に納得は出来ないと思うけど、信じて欲しい。
「ほんとか?」
五十嵐先輩は両手で顔を隠して確認してくる。
全然違う方向を向いているけど。
「ほんと」
そっと頭に手を当てて、わたしがいる方向に向きを変える。
「別に趣味にとやかく言うとかないから。物語が面白いとか、出てくるキャラが可愛いとか、別にいいじゃん?五十嵐先輩が女の子が好きとか……好きとか……好き、なの?」
え?好きなの?
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