第11話 嘘の始まり

 今日は涼香達とプールにいく前日。つまり土曜日だ。

 新しい水着を買いに外へ出るという予定があり、わたしは重い腰を上げ、あげ……

 めんどくさーい。前のはサイズが合わなくなっていたというか、流石に子供すぎて着ていけない。

 もうスクール水着でいっか。涼香もそうゆうの気にせずに着て来そうだし。


『千秋水着似合ってるじゃん』


 またありもしない妄想が頭の中を搔き乱す。

 行く!買いに行く!今!

 軽すぎる体はあっという間に準備を終え、外へ飛び出した。


 ゴン!


 わたしのテンションはここで下がった。

 いい気分で外へ出るという時に邪魔が入ったのだ。

 配達物?なぁんで置きぱなしするのさー。

 玄関前に何か置いてあるのかと思い、不貞腐れながら覗くと、涙目になりながらおでこを押さえる五十嵐先輩。


 わたしの不貞腐れた顔は次第に、絶望した顔と緩んだ顔が混じって可笑しなことになっていたかもしれない。


 どうしよう怪我させちゃった……?

 でもこの顔も可愛い!

 ていうか会いに来てくれた!?嬉しい!


「なんか言えよ」


 五十嵐先輩が優しくわたしの足を蹴ってきた。

 その衝撃でわたしの思考に再起動がかかり、とりあえず五十嵐先輩を抱き締めながらわしゃわしゃと頭を撫で続けた。

「ごめんなさい!痛かったですよね!?すいません!すいま――」


 咄嗟に手を離して適度の距離を取る。


「ごめんなさい。怪我、してないですか?」


 平静に、いつもの様に、変にくっ付いたらダメだ。


「あーうん。ちょっと痛かったけど」


 ホッと一安心する。どちらに安心していたのか、はたまた両方かもしれない。

 改めて五十嵐先輩を見ると、白い帽子に、前回よりかは小さめだけど、ちょっと大きめのシャツからチラリと覗くホットパンツ。

 まぁまぁ。良しとしますか。見様によっては危ないけれど、もしかしてわざとやってるのか?

 舐めるように見るとわざとではないと気付く。


「女の子って自覚してます?そんなシャツ着る高校生いないですよ?」


 味のあるクワガタの絵に「くわがた」と味のある文字が書かれているシャツを見て呆れてしまう。

 でも五十嵐先輩は全然恥ずかしげもなく、むしろ堂々としていた。

「えー?可愛いだろコレ!くわがた!」

「はい可愛いです!」

「だろー?」

 へへっと笑うその顔に、わたしの頭が惑わされる。


 いけないいけないペースに飲まれるな浅野千秋。しっかりするんだ。


 わざとらしく咳払いをして、自分を落ち着かせて本題へ入る。

「今日はどうしたんですか?」

 視線はなるべく向けずにチラチラと五十嵐先輩を見る。

「買い物行こうぜー」

 唇を嚙みしめて我慢する。見たらダメだ。その笑顔はわたしにとって毒、猛毒すぎる。

「今ちょうど出かけようとしてたんですよ。スマホに連絡してくれたらいいのに、下手したらすれ違いになってましたよ?」

「居るの分かってて行くより、千秋いるかなー?いないかなー?いたらいいなぁって考えながら来るのも楽しいぞ?」


 その時の感情を細かく表情を使って説明してくれた。

 期待してる顔からしょんぼりしてる顔から喜ぶ顔。

 なんて言ったらいいんだろう。可愛い言動なのはもちろん分かってる。

 頭の中がぐちゃぐちゃで全然まとまらない。今どういう感情なのか、自分自身どう保てばいいのだろうか。


『嬉しい?』走り回りたいくらい嬉しい。

『楽しい?』先輩がいるだけで楽しくなってる。

『悲しい?』今すぐにでも泣きたい。

『辛い?』うん……気持ちを伝えられないから。


「あはははは!!!なにそれー!ほんと、子供みたいー!笑いすぎて、涙が……はぁはぁ――」


 わたしは全部出してしまう。

 誰が見ても大げさな笑いだったと思う。でもその中に他の感情を隠すしかなかった。変に思われてもいいし、とりあえず笑って誤魔化そうと必死だった。


「そんな笑わなくてもいいだろ」


 帽子で顔を隠すようにしてるけど、その頬は少し赤くて拗ねてる口をしていた。

 少し落ち着いてわたしは五十嵐先輩の帽子を取って走る。

「じゃあ行きますよー!」

「あぁ!返せよー!」


 今を楽しもう。友達という関係。これだけでも十分楽しいし幸せじゃないか。

 この時わたしは嘘をつき始めた。







「千秋は何買いに行くんだ?」

「んー水着と他に何か気になるのがあれば。前のは子供ぽいし、サイズも合わないし」

「じゃあ私が選んでやるよっ」

 どこか悪い事を考えてそうな顔をしてる五十嵐先輩に

「どうせ変なの選ぶつもりでしょー?」

「楓子様のセンスを甘くみるなよ?」

「くわがたには無理無理ー!」

 そんな普通の友達との会話をしながら、ショッピングモールへと向かっていく。



 お店の中は水着がずらーっと並んでいる。まだ6月と言うのに早いものだ。

 適当に流して見る。値段は2000円から8000円の物が見つかるけど、平均は4000円の水着が多かった。

 色は何色がいいかなぁ。白?んーシンプルなビキニはちょっと自信ないなぁ。

 自然と自分の胸に視線を落として落胆してしまった。


「千秋コレどうだ?」

 どうせ変なの持ってきてるんでしょ。と期待せずに振り向くと、黒色で見た所普通の水着だった。

 手に取るとトップの紐を首の後ろで結んだり、かけたりするタイプの水着。タグを見るとホルターネックと書いてあった。

「んぐっ、くわがたの癖にやるなぁ……」

「舐めるなよぉ?」

 五十嵐先輩はクワガタの真似をしてわたしの体を挟んでくる。

 わたしは引っかかりを覚え、ホルターネックについてスマホで検索する。


【谷間と自然なバストアップ効果が期待できます】


「せんぱぁい?これはなんのつもりかなぁ?」

 目一杯画面を見せ付ける。

「あはは、じょ、冗談だってーマジになんなよー」

 マシなのを持ってきたと思えば裏があった。

 まぁ見た目はマシだけど、ちょっと着たくなくなった。

「じゃあ何着か持ってくるから千秋も選んどけよ?そしたら試着してみようぜ」

 そう言い残して、五十嵐先輩はしっぽを揺らしながらわたしの前から消えていく。


 ぽつんと1人になると少しだけ寂しさが出てくる。

 まぁ本来なら1人でいたんだ。


 これ五十嵐先輩に似合いそうだな。

 小学生用のも似合いそう。性格がアレだし違和感なさそうだ。

 コレはちょっと大胆じゃないかぁ?シンプルなビキニだけど、紐多くない?どうなってるんだ?

 あぁ腰に2本ずつ引っ掛けるのか。お腹周りの肉はみ出そうだなぁ。

 フリルもかわいー。

 見てみたいなぁ――いかんいかん。止めるんだ千秋。



 そして数10分くらい経つとタタタと走って戻ってくる五十嵐先輩。

 その手には4着くらいの水着が持たれていた。

「おまたせーさぁファッションショーといこうか?」

 背中を押され試着室へ行くと、水着を渡される。

 服を脱いで下着姿の自分が鏡に映る。

 カーテンのすぐそこには五十嵐先輩がいる。少しドキドキしてくる。

 変な気持ちを押さえて、選んでもらった水着を着る。


「……」


 わたしはカーテンから顔だけを出す。

「着たけど……」

「いや見えねーよ」

「笑わない?」

「私が選んだんだ。笑うかよ」

 わたしはその言葉を信じてゆっくりとカーテン開けた。

 五十嵐が先輩が選んでくれた水着は、わたしのコンプレックスを隠すように、白いフリフリのフリルが胸を覆っていて、下もフリルが施されている。

 わたしは恥ずかしくて付属されているパレオを付けていた。

「パレオ取ってよ」

 真顔で言われると茶化して抵抗する事もできなかった。言われた通りにパレオを取ると下半身が露わになる。

 恥ずかしすぎる……。

 五十嵐先輩の顔を見るのが怖くて目をぎゅっと瞑ると

「いいじゃん!背高いから大人っぽく見えるし、可愛いぜ?」


 目を開けると親指を立てて笑う五十嵐先輩。

 それを見るとわたしの気持ちは軽くなって次のを試着する。


 2着目3着目も褒めてくれる。

 実際持ってきてもらった水着は自分で言うのもアレだけど、わたしらしさというか、わたしの雰囲気に似合う感じのばかりだった。

 迷うなぁ。値段もどれも手ごろだし。下着姿で腕を組んで吟味していると、後ろから声がかかる。

「どうしたー?」

「ななな何覗いてんの!?もう終わり!」

 その場でしゃがんで体を出来る限り隠すと五十嵐先輩はニマァとして茶化してくる。

「今まで下着みてぇなの着けてたんだから大丈夫だろー?」

「全然違う!」

 急いで服を取り着替え始めると、「それは?」と指差す方を見ると、わたしが持ってきていた水着。でもこれは自分のではなく、五十嵐先輩に似合いそうだなと思っていた水着だ。

「これは、戻すの忘れて」

 五十嵐先輩は試着室に入り水着を手に取ると

「サイズ的に千秋のじゃないね」

 んぐぐ……なんの言い訳もできない。

「いいから出てって!怒られちゃうでしょ!最初に着たの買うから、これらは戻してきて!」

 他の水着を全部押し付けて試着室から五十嵐先輩を押し出す。

「分かったから押すなって!」


 ふぅ。まったくあの人には困ったものだ。

 わたしはしっかりと着替え、決まった水着を持ってレジへと向かう。

 3980円。他に何か必要な物はないかなぁと思いながらお店を出ると、入り口近くのベンチに座りながら手を振る五十嵐先輩。

「おまたせ。五十嵐先輩も何か買う物とかあるなら付き合うけど?」

「んーそのつもりだったんだけど、悪い千秋、ちょっと予定が入ってさ。ここでお別れだ」

「そっ、か。それなら仕方ないね!わたしは目的の物買えたし、気にせずそっちを優先して?」


 ごめん。と両手を合わせて、しっぽを大きく揺らし走って帰るその背中は、現実よりも遠くて、手をどんなに伸ばしても触れられない。

 こんな調子で明日は楽しめるのだろうか。切り替える為に楽しまなきゃダメだな、2人にも申し訳ない。


 帰って明日の準備をしよう。







 約束のプールの日。つまり日曜日だ。

 わたしは待ち合わせ場所の去年出来たプール施設。ちょっとした人混みをかき分けて入り口に向かうと、すでにキツネと涼香の姿がそこあった。


「おまたせー人結構いるね。まだ6月なのに」

「夏はこの5倍。今日は空いてるほう」

「飲食店は込むと思うので、お食事の準備は整っておりますよ」

 キツネは大きなトートバッグを持ち上げていつものようにアピールする。

 外でそのポーズはやめよう。恥ずかしいよ。

 揃った所で今日は楽しみますか。考え事なんて水に流しちゃえ!なんてね。





「ごめーん!ちょっと迷っちゃった!」



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