第12話 水に流せない感情①

「ごめーん!ちょっと迷っちゃった!」


 明るい声に自然と意識が向けられ、振り向くと五十嵐先輩が手を振りながら小走りしていた。

 今日の私服は、ぶかぶかとかヤンチャとか子供っぽいとか、そんな要素は1ミリもなかった。

 白いワンピースにサンダル。シンプルな夏の少女。

 ベタすぎるし、狙っているのかと思うくらいの恰好をしていた。

 でもその姿にその笑顔はとても似合っていて、わたしは全く気にならなかった。

 白いサンダルに足の爪にはピンク色のネイル。

 その体系にはちょっとアンバランスなバックを肩に掛けていた。


「全然平気だよ。イガちゃん可愛い私服だねー?夏の美少女を意識してる?」

「なんだそれ!まぁ似合ってるのは自分でも分かってるけどな!」

「萌え、だね」


 3人が談笑している中、わたしは固まっている。

 見惚れているのは分かってるし、そもそも来ないんじゃなかったの?

 何も聞いてない。


「千秋。ふーちゃんは前日に誘ってる。千秋には内緒で当日反応を楽しもうって作戦」

 涼香は淡々と説明しているが、どこかしてやったり顔に見えた。

「ウチは止めたんだけどねー、2人が思いのほかノリ気でして……」

「千秋おどろいたー?ねぇ?びびったー?」

 キツネは申し訳なさそうな顔で、五十嵐先輩はバカにしてる顔だった。


 驚いたさ。でも皆が思う驚きじゃないよ。


「うん。驚いた!」

「……全然驚いてる顔じゃねえけどなぁ?」

 わたしは驚いてる。でもそれ以上に嬉しさが顔に出てるだけ。


「さぁさぁ皆様方!いざ推して参ろうぞ!」

「おー」

「よーし!勝負するかー!」

「プールで勝負とかあるの?」


 4人は意気揚々と向かっていく。受付でお金を払って、脱衣所へ向かうと混んでるかと思っていたら意外と少な目だ。


 友達の前で着替えるのは少し恥ずかしいけれど、ここは堂々と行かなくては。

 チラチラ見ない、視線も気にしない。


「千秋、どう?」

 涼香の声につられて横を向くと、衝撃を受けた。

 涼香の水着姿はまるで、そう。アニメや漫画でしか見た事のない、男の人が着ているシマシマの水着……。


 ※シマウマ水着


「嘘、でしょ?涼香?」

「変?」

「いや、変っちゃ変だけど……涼香なら似合ってるかも、ある意味」

「よかった」


 いいのか。まぁよく見ると違和感がないような、まぁいいか。


「千秋、ウチの水着姿はどうかな?」

 今度は後ろからキツネの声。はいはい涼香の見たらこれ以上変なのはないでしょう。

「いやっスクール水着って!嘘でしょ?ほんとはちゃんとしたの持ってきてるんでしょ!?」

「千秋。これがウチの一張羅さ」

 気取りながら歩いて行くキツネ。それに付いて行く涼香。並んでいるのを見ると、流石に一緒にいるのが恥ずかしくなる。


「千秋!どうだ?似合ってるか!?」

 五十嵐先輩の声に体がビクっとしてしまう。流石に?そんなギャグをやるような人じゃないはず。

 目を瞑って恐る恐る振り返る。ゆっくりと目を開けると、ピンクの爪が見える。

 徐々に顔を上げると、スラリとした足首からふくらはぎ。可愛い膝からもちもちしてそうな太腿。太過ぎず、細すぎず。黒い水着を履いている。

 紐が左右に2本。腰のお肉に引っかかり、締め付けられているように見える。

 それでもお腹は全然出ていない。掴める肉がないのは実証済みだ。

 小さなおへそがまた可愛い。

 さらにその上は大きな山が2つ。谷間の所に大きめのリボンが施されてい、て……

 あれ?この水着見た事ある、しかも最近。


「なんで?」


「んー?千秋……おどろいたー?びびったー?」


 今度はバカにしてる顔なんかじゃなくて、恥ずかしいのを我慢してるように見えた。

 それを隠すようにちょっと作った笑顔。

 正直驚いた。ううん、通り越して何も考えられない。


「あ、あれ?変、だったかな?うへぇー恥ずかしいなぁ!」

「ううん。変じゃないよ……ただ、分かんなくて」

 変じゃない。すごく似合ってるし、でもそれ以上に分からない。なんでソレを着ているのか?あの時解散したのに。


「んーー。だってコレ、千秋が選んでくれたろ?だから、昨日は嘘ついて、内緒で買っちゃった……あはっ」


 五十嵐先輩は頬を薄っすら赤らめながら、自分のしっぽを口元に持ってきて恥ずかしそうに笑った。



 なんでこの人は、こんなにわたしを惑わすのだろう。

 わざとなの?本当はわたしの気持ちを知っててやってるの?

 我慢しようと、無理矢理自分の心を抑えようと頑張ってるのに。

 なんでこんなに、わたしをドキドキさせてしまうの?



 その無邪気さが、今のわたしにとってどれだけイライラさせているか。



「そうなんだ……行こう。2人とも行っちゃったよ」


「……ちあ、……うん」

 五十嵐先輩の顔は見れなかった。というか見ずにキツネ達を追いかけた。




 痛い

 痛い痛い


 バカだ、わたしは。



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