第7話 私は諦めねえ
「お姉ちゃんがっこーあるよー!時間ないよー!」
「……んー」
妹が学校の時間だと焦らせてくる。
日曜が終わり月曜の朝なのに元気でよろしい。
そんなわたしは別の意味で元気がない。
「行ってきまーす!ちゃんと行くんだよぉー!」
我ながら出来た妹だ。こんなだらしないお姉ちゃんですまないね。
「はぁ……行き、たくない。休もう……」
わたしはスマホを手に取り、学校に体調不良で休む連絡を入れる。
仮病なので緊張するところだが、案外あっさり言えた。朝でテンションが低いせいか、自分も騙されるくらいに元気がない。
本当に体調が悪いのかもしれないな。
「はぁー」
静かな空間に聞こえるのは、わたしの溜息ばかり。
ピロン
溜息以外の音が聞こえる。スマホに目をやるとキツネからだった。
【風邪かい?帰りにお見舞いに行こうか?】
ピロン
【千秋、風邪の時はおかゆがいつもよりおいしい】
涼香からはただの感想だ。
「ありがとう、大丈夫だよ。っと……」
2人に同じ文章を送って、友達一覧を眺める。
前まで一覧になかったわたしのスマホには、今は五十嵐先輩の名前が表示されている。
メッセージウィンドウを開くと、まだ何もやりとりはされていない。
トットッ……
【今日休みま】
トトトッ
【】
「何してんだろなぁ。わたし」
頭痛がしてきた。変に考えすぎなのかもしれない。
そうだよ。別に変な事はしていないはず。
ちょっと注意して、ちょっと過激な演技を披露しちゃって、ちょっと、だけ……。
目を閉じると頭の中に出てくるのは、昨日の五十嵐先輩の顔。
「痛いなぁ」
「たぶん、寝てるとおもいますです、けど、どうぞ…」
「ありがとぉ」
だれ?よく聞き取れない……。妹帰ってきた?それともお母さん?
なんか熱い。頭もぐらんぐらんする。誰か入ってきた?まぁ誰でもいいか……。とりあえずこの熱いのを、なんとかしてもらおう。
「あつ、い……脱がして……」
「ダメだ。熱いのは菌と戦ってる証拠なんだぜ?」
「わかん、ない……」
なんで涼しくしてくれないの?辛いんだよ。怖いんだよ。
ねぇ……お願い。
「ぐすっ。やだぁ……」
「しょうがないなぁ」
あぁ。冷たい。首に何かある。氷?気持ちいいし、なんでもいいか。
「すぅー…すぅー…」
「ばぁか」
「んっんんー……。いてて、寝ちゃってたかぁ」
まさか本当に体調が悪かったとは。知恵熱というやつだろうか?頭がぼぅっとする。
今何時だろう?スマホスマホ――。
びっくりした。
いつも枕元にあるスマホを取ろうと横を向いたら、そこには茶色い毛むくじゃらが置いてあった。
妹の仕業かぁ?こんな事するなんて珍しい。構ってほしいのかな。
体を起こして寝ぼけ眼でその毛むくじゃらを掴み上げる。
「んあ?」
「……」
「うがっ!」
手を離すと、その毛むくじゃらはベッドに落ちる。というか毛むくじゃらじゃない。
「ななんで!?え?夢!?」
欠伸をしながら「おはよー」と寝ぼけた顔をした五十嵐先輩がわたしの隣にいた。
眠そうな目を擦りながら、つられてわたしも擦る。
寝起きの顔も可愛いなぁ。
じゃなくて!
「なんで五十嵐先輩がいるんです、か?」
「んー?お見舞いだけど、嫌だったか?」
「い、え……その」
息苦しい。顔も見れない。空気が重い。こういう時、何を話せばいいんだろう。
謝罪?何に対して?喧嘩をしてるわけじゃ、ないと思う。わたしが勝手に気まずくなってるだけかもしれないし、あぁもう、何も分からない!
「昨日は――!」
「ごめんな」
わたしの言葉に被せてきたのは、五十嵐先輩の謝罪の言葉だった。
わたしは黙っていると、五十嵐先輩は喋り続けた。
「別に千秋は悪くないんだぜ?悪いのは私の方でさ。
前に留年した理由聞いてきたよな?ちょっと言いづらいんだけど、1年の時にさ、って今も1年なんだけどな!仲のいい女友達が1人いたんだ。本当に仲が良くてさ?いつも一緒にいて、登下校なんて手ぇ繋いでたりして……友達、だと思ってたのは私だけみたいでさ……。その友達は私に好意を持ってたんだよ。もちろん私だってその友達の事は今も好きだぜ?でも解釈違いだったんだよ。お互いの好きはさ。
その友達が告白してきて、断ったんだよ。気持ちは嬉しいけどお前の好きと私の好きは違うんだって。
そんでさ、その……昨日の千秋がその友達と被っちゃってさ?怖くなったんだ。
そしたらクラスメイトにその瞬間を見られては、一瞬で噂が広まって、一躍有名人な楓子ちゃんってわけ!」
わたしは相槌もなく、黙って聞いていた。
不安を感じているのか、五十嵐先輩は所々明るく喋っては、わたしの様子を伺ってきていた。
――――――――――――――――――――――――――――――
(ほら噂の学校で変な事してたっていう人)
(あの人が?うわぁよく学校来れるねえ)
(近づくと私達も食べられちゃうよー!)
(やだぁ!見た目によらず肉食じゃーん!)
(あの、良かったら私と付き合ってくださいっ)
(五十嵐学校の風紀を乱すなよ)
あははは!!
アハハハハハ!!!
うるさい
ウルサイ
私は何も悪い事なんてしてない。
全部アイツからしてきた事なんだよ……なんで私だけが笑われなきゃいけないんだ……!
私の高校生活が滅茶苦茶じゃんか!
誰も私の事を分かってくれない。分かろうとしてくれない。そもそも話すら聞こうとしてくれない。
卒業までコレが続くのか?3年間1人きりなのか?
無理だよ……耐えられない……
アイツはなんで学校来ないんだよ。アイツがちゃんと説明してくれれば、私はこんな目に合わずに済むのに。
『学校、辞めるかぁ』
コレが3年間続くのなんて耐えられない。耐えられる訳がない。
誰か、助けてくんねーかな……。
『五十嵐。お前は諦めるなよ』
『……先生なら続けられますか?約3年間ずっと1人で――』
『学校の事を言ってるんじゃない。まぁ高校は出ていた方がいい事はいいが、そんな事より大切な物はいくらでもあるって事だ』
何言ってるのか分からない。先生の癖に説明が下手だな。もっと分かりやすく言えないのか?
先生は1枚の紙を私の頭に乗せて、力強く掴んできた。
『気張れよ』
そう言って先生は振り返る事なく、私の前から姿を消した。
『なんだよ、新しい学校でも探してくれたのか?――――っ!』
私はすぐに走り出した。体力なんてない。息なんてすぐに切れて、お腹が痛くなる。それでも私は走る事を止めないし、弱音なんて吐かなかった。
気持ちだけが前へ、前へと進むのに、足がそれに追いつかない。
転んで血が出ても走り続ける。痛む膝は血と砂利で汚れているけど、気にしてなんかいられない。
走れなくなったっていい。肺も潰れてもいい。
がむしゃらに走る私とすれ違う人達は、私を奇異の目で見てくる。
見たければ見ればいい。どうでもいいんだよお前らの目なんて!!
だからお願いだ。お願いだから間に合ってくれ……。
自動ドアなのに体を捻じ込みながら入って、受付の所へ向かう。
全身白い服を着た人に尋ねる。
『はぁ!はぁ……!あの!
『あなたはご家族?』
『い、いえ、友…親友です!』
『今、手術中だから会えないわよ』
『そう、ですか……』
『……ねぇ橘さんって確か3階よね?』
『そうよー。さっきご両親に説明してたじゃない?まさか階を間違えて伝えてないでしょうね?』
『だから確認したんじゃない。大丈夫、間違ってないわ』
お礼の言葉は咄嗟に出なかった。だからその人に深くお辞儀をしてから、私は3階を目指した。
手術室と書かれた部屋が視界に入る。近くの長椅子には泣いている女性が座っていて、その隣には女性を慰めるように身を寄せている男性がいた。
咄嗟に私の足は止まり、これ以上は近づけなかった。いや、近づくのが怖かったんだ。
気付かれないように曲がり角の死角で耳を澄ましていた。
何分経ったんだろう?
いや、そんな事はどうでもいいか。こっちは何時間でも待つつもりなんだ。
膝に痛みを感じると、血は固まり、いくつもの砂利がめり込んでいた。
取り除くのも面倒だ。
こんな痛み、アイツに比べたら大した事ねえよ。
『先生!娘は!さくらは大丈夫なんですか!?』
男の人の荒げた声が響き渡った。顔だけを出して様子を伺うと、医者の人が何か話しているようだけど、ここまで聞こえない。
さくらの両親が泣いた声だけが私に届いた。
なんだよ。聞こえねえよ……なんだなんだよ。
【お前は諦めるなよ】
『なんだよ!!さくらがどうしたってんだよ!!!』
誰よりも大きい声で叫ぶと、医者はそんな私に『静かにしなさい!』と叱責する。
『さくらの友達かい?』
さくらの両親は振り向き、さくらのお父さんが涙を拭ってから、私に近づき話しかけてくるけれど、拭った涙は一向に収まっていなかった。
私は黙って頷く。
『さくらはな……』
『無事よ……手術は成功したって今先生から――!』
さくらのお母さんはまた泣き崩れる。私もつられるように足の力が抜け、その場に泣き崩れて血で床を汚してしまう。
――――――――――――――――――――――――――――――
「さくらは耐えきれなくて飛び降りたんだよ」
「そんな事があったんですね……」
正直なんて答えたらいいのか分からない。ここは慎重に言葉を選ばないといけない
。
選ぶ?なんだそれ。何様だよ。変に気を使ったら五十嵐先輩も気を使うに決まってる。素直に、思った事を喋ればいいんだ。
「それで、そのさくら先輩は2年にいるんですか?留年は五十嵐先輩だけだし」
「いや転校したよ。周りは逃げたとか言ってる奴がいるけど、私はそうは思わない。助かったのにまた同じ過ちは犯さなかった。逃げずに違う場所に行っただけ。あの学校でアイツらと卒業まで一緒なんて体に毒でしかないからな!」
「五十嵐先輩はそれが理由で留年したんですか?」
「そうだな。私の場合は逃げてるのかもしれない。アイツらと同じ学年なんて耐えられるかっての!ならいっそ新入生と楽しく学校生活を送った方がいいかなって思ったんだ。わざと留年はしたけど、さくらに心配かけさせない為でもあるかな?学校辞めずに楽しく過ごしてるぞー!ってさ。私の事で不安にさせたくないからさ……」
「強いですね。私なら逃げてるかもしれませんよ」
「強くねーよ。最初はさくらの事を恨んじまった弱くて最低なバカだ」
「でもわたしはさくら先輩に感謝しなきゃですね」
「なんで千秋が感謝するんだよ?」
「自分では弱くて最低でバカと思ってるかもしれない。すごく酷く、辛い出来事なのは分かります。でもこうして先輩と会えて友達になれた。もし強くなかったら、もし逃げ出していたら、わたしと先輩は出会えなかったかもしれない。わたしにとっては留年してくれて感謝ですよ?」
「んー?いい事言ってるようだけど、留年して感謝はひどくないかぁー?」
2人して吹き出して笑い合う。今日初めて笑った気がする。
五十嵐先輩は立ち上がり、伸びをする。
「病み上がりなのに、つまんねー話聞かせちまったな。そろそろ帰るからしっかり休めよ?」
「はい。あっ五十嵐先輩、最後に写真撮りません?」
不思議そうに「写真?」と首を傾げるとわたしは笑って
「さくら先輩に送りましょう。新しい友達だってわたしを紹介してください」
「ええー?なんか恥ずかしいなぁ」
頭をぽりぽり掻く五十嵐先輩の腕を無理矢理引っ張り、ベッドに座らせると、わたしはすかさずスマホを構えて笑顔で写真を撮る。
「あははは!良く撮れましたよ!今そっちに送りますね?」
「おい!私カメラすら見てないんだけど!?撮り直しを要求する!!」
「はぁー、また頭が痛くなってきました……」
ぎゃあぎゃあと騒いで、わたし達はいつもの関係に戻った。
ピロリン
「ふふっ。楽しそうでいいなぁ」
「さくらーご飯できたよー」
「はぁい!」
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