第6話 どうしたらいい?
今日は日曜日で、だらだらと過ごしていい週末最後の日。
特にやる事もなければ、したい事もない。ただ時間を無駄にするだけの一日。
いや嘘である。したい事はあるにはある。
わたしはどうにかしてせっかくのこの休日を、有意義に過ごしたいと考えている。
部屋の掃除もしたいし、買い物も行きたい。でもそれは今日じゃなくても出来る事。だから後回しにして来週のわたしに託すのだ。いや再来週かもしれない。
今日の休日は特別何か意味のある事をしないと勿体ないし、だから普通の過ごし方はしたくないと、わたしは思っているのだ。
決して面倒で体が動かないとかそんな理由ではない。
有意義で、充実な、特別で、楽しい何か。
あ、この動画面白い。へぇーそんな事があったのかぁ。
ああーこんな事してる場合じゃない。
スマホはすごく便利だけど、今日はここで大人しくしてもらおうか。
枕の下にスマホを滑り込ませて、集中する。
考える。ものすごく考えた。
あ、そうだ何かヒントになる物を探そう。コレがしたい。やってみようと思える物があるはず。
これは必要な事なので一時的にスマホを解放する。拘束時間は2分といったところか?
漫画の更新来てるじゃーん!
これだけ見てしまおう。
ピロン
キツネからのメッセージが飛んできた。
【暇そうにしているね?】
どこからか覗いているのか?
【こう見えて忙しいのだよキツネ君】
わたしは否定するようにすぐさま返答する。嘘じゃない。わたしは忙しいんだ。
ピンポーン
次から次へとわたしの休日を邪魔してくれるね。忙しいと言ってるのに。
わたしの家に尋ねてきた来訪者の顔を見てやろうじゃないか。
どれほどの用事なのか、是非聞かせてもらおう。
階段を降りると、曇りガラスにうっすら映る人影が見えた。
子供だろうか?まったくもう。わたしは大した事じゃないだろうと決めつけて、テンションの低い声を出しながらドアを開ける。
「はぁい?」
「よっすー!千秋!」
「せんぱぁい!」
この時のわたしはすごく媚びた声を出していたかもしれない。
五十嵐先輩の笑顔でおでこは少し汗ばんでいた。それが相まってか、小学生の夏休みの時に、突然友達が遊びに来た事を思い出した。
サイズが3つ4つ違うんじゃないかってくらいの、大きくてぶかぶかのグレーのシャツ。
下は、見えない。履いてるよね?パンツはもちろんで、そのホットパンツとか?
まぁそんな部屋着スタイルな来訪者の正体は五十嵐先輩だった。
「というか何で家が分かったんです?」
「散歩がてら探した!あのY字路の右歩いてー表札見つけたから」
なるほど。相当暇だったんだなこの人は。
「それやばい人がやる行為ですよー?ストーカーって奴です」
もちろん引いたり軽蔑なんてしてない。五十嵐先輩が暇つぶしの為とはいえ、わたしの事を考えてくれた。それだけでいいじゃないか。
「あー、そうだよな……ごめんな?」
五十嵐先輩の笑顔がすぅーっと曇っていく。
誰かがわたしの心臓を強く握る。眩暈もしてきた。
あ、あの、あのっ!うそっうそ!冗談ですよ!
慌てて身振り手振りするも、言いたい言葉が出なかった。ああ早く言わないと、こんな顔見たくない。
「嘘だよ。そんな顔しないで」
見たくないせいか、五十嵐先輩の顔を隠すように抱き締めてしまう。
冷静な判断とは言えないのかもしれない。正しい行動なのかさえも分からない。
なんでもいい。悲しい顔をさせてしまった、わたしが悪いのだから。がむしゃらでいいじゃないか。
「なぁんだ。びびったぜー」
恐る恐る顔を覗くと、五十嵐先輩はこちらを向いて笑っていた。
飼いたい。この可愛い生き物を。
またぎゅっと抱き締めた。
「今更なんだけどさ。連絡先交換しようぜ?」
確かに今更だ。ポケットからスマホを取り出し、難なく交換が終わると、五十嵐先輩は「んじゃまた明日学校でな」と言って帰ろうとする。
「え?もう帰るんですか?遊びに来たんじゃ?」
「いやぁ、連絡先知りたいなって思って、来ただけ」
じゃあ明日学校で良かったんじゃないのか?わざわざ汗を掻き、家を探してまでの事だろうか?
わたしは素直な疑問を投げつけてしまう。
「あー……まぁそう、だな。そいやそうか!うははは!」
五十嵐先輩はバツの悪そうな顔をして笑う。
「本当に学年4位だったんですかぁ?」
「アホな千秋に教えてやろう。勉学の頭の良さは別物であると」
「勉強以外はバカって事?」
「棘があるが、まぁそういう事だ!」
これまでの五十嵐先輩を思い出すと、ちょっと納得してしまう部分がある。
とりあえず「どうぞ」と言って家に上がってもらう。
五十嵐先輩が「お構いなくー」と言ってから、ドアの内側へ入る。
知らない匂いが微かに横を通る。甘いような、でもしつこくなくて爽やかな香り。
「部屋は2階です」
階段へ向かう五十嵐先輩。わたしは玄関の鍵を閉め、後を追うようにわたしは振り向く。
階段を昇る五十嵐先輩は、その大きくてぶかぶかなシャツをひらひらとさせる。
まるでワンピースのように着こなしていて、そのスラっとした足が妙に色っぽくて、チラチラと見える白い下着がわたしをドキドキさせた。
「…………わっ、わっ、わああぁぁぁ!!!」
階段を駆け上がり、そのシャツを掴み下に思いっきり伸ばす。
「ななな、なんだよ!?」
「なんだよじゃありません!なんで下履いてないんですか!!」
「あれ?透けてた?」
「透けてない!普通に見えたんです!」
「まじ?」
「まじ!見えました!今!白いのがチラチラと!」
「あー!段差だからかー!考慮してなかったぜぇ」
確かにそのシャツでは高低差でしか見えないと思う。
外出しないならそれでもいい。
仮にたった数分だけ外に出るとしても、履かないのはもう擁護しようのないバカアホマヌケだ。
「千秋みたいにスタイル良くないし平気だよー」
わたしは呆れたのか、ムカついたのか、もしかしたら両方かもしれない。
わたしは無言で五十嵐先輩の手を取ると少し汗でしっとりしていた。
そのまま押し迫ると五十嵐先輩は階段にペタンと座り込む。
「何すんだよ、あぶねーだろ?」
まだ言葉を発さないわたしに戸惑っているのか、五十嵐先輩は不安そうにわたしの名前を呼んだ。
「ち、ちあきぃさーん?」
お互いの体温が感じられるくらいに密着すると、わたしは五十嵐先輩の首筋を這うように舌で舐めた。
「こんな事が起きてもまだ平気だと言うんですか?」
五十嵐先輩の頬は赤く染まり、口をパクパクさせていた。
「怒ってるんですよ?約束してください、ちゃんとするって。他の奴に変な事される前にわたしが先に変な事、しちゃうよ?」
「…………」
これくらい脅せば分かってくれるだろう。演技とはいえわたしだって恥ずかしいのだ。
「……千秋は、私に、変な事したいのか?」
正直「分かったから離せって!」みたいな反応を期待した。
性格的にあっけらかんとした態度で笑ってこの場は収まると思っていた。
わたしは想像していた。いつもの五十嵐先輩を。
それなのになぜ、涙を流しているのだろう?やりすぎてしまったのか、どこかぶつけたのか、五十嵐先輩の予想外な行動でわたしは
「ごご、ごめんなさい!冗談ですよ!いやでも危ないのは確かで!どっか痛いですか!?あああのあのっ――。すみません……」
「……ははは!なんてな?心配してくれてありがとう。ジャージでもいいから貸してくれるか?」
いつものように笑ってくれる。
わたしはホッと安堵し、自室にジャージを取りに行く。
ご要望のジャージを持ってくると、玄関付近で待っていた五十嵐先輩は、わたしからジャージを受け取ると、背を向けてジャージを履く。
「じゃあ、私は帰るよ」
靴を履くと、トントンとつま先で優しく床を叩く。
「明日学校でジャージ使うだろ?私汗掻いてるし、帰ってすぐ洗濯しないと乾かないしな!」
ドアノブに手をかけ、ガチャリとドアはゆっくり開き、光が差し込んでくる。
「そんな、気にしないでください」
「私が気にすんだよ!」
五十嵐先輩が振り向くと同時に、その光はわたしの視界を狭くする。
手でその邪魔な光を遮って視界を確保すると、その光は消え、パタンとドアが閉まっていた。五十嵐先輩の姿はドアの向こう側。
わたしの足はピクリとも動かない。追いかけたい。でも足がそれを拒絶している。
今すぐ走り出したいのに動かない。
今すぐ五十嵐先輩の顔が見たいのに、それが怖いと感じてしまっている。
何も分からない。
わたしはどうしたい?どうしたらいい?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます