第5話 アウト?セーフ?
「千秋ーバッセン行こうぜー!バッセン!」
エアバットを振り回しながら誘われても、「よし!行くか!」とはならない。そもそもバットを振った事さえないのだ。
まぁ先輩命令には素直に「はい」と答えないといけないのが後輩の役目だ。
しょうがないなぁ。付き合ってあげますか。
「わたしやった事ないから教えてよ?」
「まっかせろ!」
今日も元気な五十嵐先輩とわたしは、肩を並べて学校を後にする。
ばっせん!ばっせ~ん!と鞄をガチャガチャ揺らしながら歩く姿は、本当に面白くて和んでしまう。陽気で年上ぽくない所がわたしは好きだ。
まだ付き合いは浅く、全部を見た訳じゃないから、この先嫌な所も見えてしまうかもしれない。仮に見てしまっても、わたし達の関係が崩れる事はないと強く断言できる。
理由なんてない。これも直感。いいじゃないか直感。細かい事を気にして不安になったりするのは疲れちゃうでしょ?
好きな所を見て大好きになって、そうすれば嫌な所も好きになって行くかもしれない。
だからわたしは今を楽しむ。ヘンテコな踊りをする五十嵐先輩を見て。
「それ本当にバットの振り方で合ってるの?」
「合ってるかどうかは、すぐに分かるさ!」
得意気な顔も好きだ。
少し歩いた先には古そうなバッティングセンターがあった。
人は見当たらない。わたし達で貸し切り状態だ。これなら騒いでも迷惑にならないかな?恥ずかしい思いもしなくて済みそうだ。
80キロ90キロ。ストレートやカーブといった球種と速度の違いがいくつかある。
端の入り口に150キロのプレートが書かれており、それが1番速いらしい。
五十嵐先輩は多分150キロに挑むだろうな。性格的に。
「千秋見ててくれよー!これはチームプレイだからな!」
勇ましくドアを開け、バットを肩に担ぐ。
え?80キロ?
選んだのは一番遅いボールが出る場所。まぁ準備運動的なね?
お金を入れてバットを構える後ろ姿はちょっとカッコよく見えてしまった。
五十嵐先輩の構えた先にあるモニターには実在する選手だろうか?投げる映像が映し出されている。
その実在するかどうか分からない選手はゆっくりと足を上げて、大きく腕を振り被る。
わたしは思わず固唾を飲み込んだ。
バスン!と音を立てて、映像に合わせてボールが出てくる。
そしてもう一度バスン!と音が鳴る。
ボールはネットに当たり、ポンッポンッコロコロコロと地面を転がっていた。
「……?」
「千秋!ボールか!?」
「あ、えっと……ボール、です」
わたしは転がるボールを見て答える。
わたしは野球というスポーツがあるのは知っている。でも用語も分からなければルールも知らない。試合だって見た事ない。唯一分かるのはボールをバットで打つ。それだけ。
バッティングセンターは多分、ボールが出てくるから打って遊ぶ場所だと思っていたけれど、初心者のわたしにはそれを指摘する自信がなかった。
「千秋!次が来るぞ!」
「はっはい!」
五十嵐先輩の気迫に押され、わたしは再び集中して見る。
バスン!
ポンッポンッコロコロコロ。
「千秋!今度もボールか!?」
「間違いなくボールです!」
これ自分で確認できるよね?足元に転がってるし、わたしが見て答える必要があるのか?
五十嵐先輩もバットは振らず、ボールか聞くだけ。
「多分ボールしか来ないのでバットを振りましょう!」
「ええ!?まじかよー!古いからメンテしてないのか!?」
「よく分からないけど……とりあえず振って当てましょう!」
しばらく五十嵐先輩のバットは空を切るだけで、掠りもしなかった。
表示は残り1球。野球って難しいんだなぁ。
がんばれ。
五十嵐先輩はバットを握り直して集中する。顔から流れ落ちる汗がわたしの心を熱くする。
バットを構えて、80キロというスピードで迫り来るボールをわたし達は待ち構える。
バスン!
「んんなあぁぁ!!!」
変な掛け声と変な振り方。今まで通りならわたしは笑っていただろう。
そう今まで通りなら。
今日初めて聞く音。金属音が小さく響く音だった。
カキーン!でも、ガキーン!でもない。多分コキンッてくらい。
ボールが前の方へポーン、ポーンと跳ねている。
「……当たった!当たったよ!すごいすごい!!」
「千秋見たかー!?当たったぞー!」
二人でハイタッチして喜びを分かち合う。五十嵐先輩の前髪は汗で濡れて張り付いてて、頑張ってたのがよく分かる。
わたしはハンカチを出して、五十嵐先輩の汗を丁寧に拭う。
「かっこよかったよ」
「へへぇーだろー?」
無邪気な笑顔。これもわたしの好きな所。
「ほら千秋やってみな」
入り口を親指でクイっと指す。見様見真似でお金を入れてバットを持つ。
映像が動き出し、ボールが飛んでくる。もちろんわたしはバットを振ることなく、足元に転がるボールを見た。うわぁ80キロってこんなに速いんだ。
「ストラァーイク!」
あ、それ聞いた事ある。
とりあえずバットを振ってはいるが、ボールがバットに当たる事はなかった。
無暗に振るんじゃなく、ちゃんと見てどこに来ているのか確かめないと。
ギリギリまでボールを見て、振るタイミングや高さを確認して少しずつ修正した。
最後の1球。
わたしとの勝負に、モニターの選手も不思議と力が入っているように見えた。
「んんんんなああぁ!!!」
思いっきりバットを振ると、耳がキィィン!という鋭い金属音と共に痺れが両手に襲い掛かる。
ボールは大きく選手の奥へと飛んで行く。
ボールが奥のネットに当たると同時にわたしは飛び跳ねた。何回も何回も。
「見た!?見た!?ねえ!すごくない!?ばぁぁん!って飛んだ!」
五十嵐先輩そんなわたしを見て、ニマニマしていた。
「ちゃんと見たぞ。見かけによらず子供っぽいパンツなんだな」
一瞬思考が止まり、すぐに飛び跳ねるのを止めてスカートを手で押さえた。
今日どんなのだっけ?そんなはっきり見えてた?子供っぽいというと……
「じゃなくて!ボール!当てたの!変なとこ見てないでちゃんと見ててよー!」
「あはは!見てたって!すごかったぜー!」
「本当に見てたのー!?」
問い詰めようとすると、五十嵐先輩はドアを押さえ、わたしは「出せー!」とドンドンと暴れた。最初から最後まで笑いが絶えない1日だった。
初めてのバッティングセンター案外楽しくて、体を動かすのも悪くないと思った。
一ヶ月に一度くらいならいいかな。
そうしてわたし達は今日の事を振り返りながら帰路につく。
いつものY字路でまた、五十嵐先輩と別れる。この時だけわたしの心はもやもやしてしまう。
まぁ楽しい時間が終わるのだ。この気持ちは誰だって思うはず。
「…………」
わたしは走って家へ帰る。
引いた汗がまた噴き出しても走るのは止めない。確認しなければいけない事がある。
家へ着くなり、わたしは玄関でスカートを豪快に捲り上げると
「――っ!んあぁー!」
細い声を上げて悶えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます