閑話 モズの装い

「絶対赤白基調の差し色金黒だ」

「いーや、黒基調差し色紅白に金ボタンっすわ」


 緋色の髪の女騎士と、この世界では一部地域でしか見られない茶黒の髪の成人女性が、それぞれ「良い」と主張する少年用の服を手に睨み合う。

 一触即発の雰囲気に、近場に居る服飾デザイナーとメイドがあわあわと顔を青くして慌てふためくも、口を挟めずに居た。


 どちらのデザインも優劣を付けがたい素晴らしいものである。この服を着せる相手に似合うのはどちらなのか、という点で言っても、色合いや多少の装飾の差異はあれど、どちらも子供服にしては落ち着きのあるデザインで系統が似ているため同じだ。


 そして先に口火を切ったのは、女騎士――ジュリアの方だった。


「折角の勇者の黒髪だぞ!? 髪が映える色合いにした方が良いに決まっているだろう!」

「射干玉の黒髪だからこそ全体的にシックな雰囲気で統一感を持たせるべきだと思うんですけどォ!?」


 相手は貴族、それも女だてらに騎士をしている公爵令嬢だというのに、茶黒の髪の女――トワは一切怯まずに切り返す。

 度胸や無謀さがあると言うより、馴染みの相手故に遠慮が薄れている、といった様子だった。


 後で一人になり冷静になってから「待ってアレって不敬罪になったりしないか!?」と悩むのが彼女の常だが、ジュリアはトワの態度を不敬だと思う程狭量ではない。

 むしろ貴族令嬢なのに堅苦しいのが苦手で、実は冒険者達がしているようなちょっと粗雑ながらも壁を感じないフランクなやり取りに憧れている彼女からしてみれば、知り合って一ヶ月近く経ってやっと軟化してきた彼女の態度に「やっと仲良くなれた気がして嬉しい」と感じていた。


 どちらの言うことも分からなくは無い。

 分からなく無いけれど、当の本人を置いて暴走するのは如何なものなのだろうか。

 そう考えるのは、同じ部屋に居る鳥人種の少女、ルイだった。


 ルイはつまらなさそうに服の山を見渡す本日の主役だったはずの、先日トワから「モズ」と名付けられた少年に声をかけた。


「モズくんはどっちの服が好きかな?」

「ねえちゃんの選んだ方でえい」


 彼の言う「ねえちゃん」は、トワの事だ。それ以外は、ジュリアのような騎士だったら「鎧の」、スズメの特徴がある鳥人種であるルイだったら「雀の」と外見的要素で呼ぶ。

 彼の興味は、トワにしか無いのだ。


「じゃあ、もしトワさんが選ばなかったら、どの服を着てみたいなーって思う?」

「どれでもえい」

「うーん、そっかぁ」


 自分のことだというのに、一切の興味が無いと言わんばかりの反応に、ルイは苦笑する。

 ルイが再びトワ達の様子を見る。


「ついでに言わせてもらいますと絶対髪をショートかウルフカットにした方が良いと思うんですよねぇ!」

「何を言っているんだ君は!? 髪を切るだなんて言語道断! 魔力は髪に宿るものなんだぞ!? 実用性を考えたら前髪を切って全体を整えるくらいにするべきだ! それに黒髪を切るだなんて勿体ない!」

「二人共ヒートアップしてるなぁ……」


 思わず、心の中で思っていた事が口から漏れる。

 この様子ではこちら、というより、モズの事を気にすることは無いだろう。そう判断したルイは、手近にあった服を一つ手に取り、モズに勧めてみた。


「モズくん、こういうのはどう? ちょっとお坊ちゃま感強いかな」

「ヒラヒラフリフリしてて動きにくそうだっちゃ」

「フリルはそんなに好きじゃ無いんだね。……うーん、オーバーニーとかタイツは、あんまり似合わないかな」

「締め付けられんのは好きじゃ無か」

「じゃあショートパンツじゃないのが良いんじゃないかな。上もちょっと大きめのサイズにして、ゆったりとしたシルエットのが似合いそうだし。それに、モズくんの歳ならすぐに大きくなるから」

「どうでもえい」


 話ながら、モズの好みをそれとなく推察し、オーバーサイズで体を締め付けられないようなものをいくつかピックアップする。候補を三つまでに絞って、再びモズに問いかける。


「そうだ、モズくんはこの中だと、どれが一番動きやすそうだと思う?」

「知らん。今の服のまんまでえい」

「キモノ、って言ったっけ? やっぱり着慣れているのが良いのかな」

「おん」


 モズとの会話は取り付く島もないように思えて、その実、子供らしく素直な発言が多い。

 彼から話すきっかけを作ることが出来れば、案外思っている事をちゃんと答えてくれるのだ。


 ようやくモズの本心を聞き出す事が出来たルイは、未だ言い争っているトワとジュリアの口論を止めるべく、彼の意志を伝えることにした。


「ねえジュリアちゃん、トワさん。モズくん、今のキモノのままが良いんだって」

「そんなぁ!」

「えっいつの間にそこまで聞き取りしてたの」

「二人が不毛な争いをしている時に。モズくんの意見を聞けるのは私しか居なかったんですぅー」

「アー……」

「む……」

「折角だからモズくんに似合う服を着せてあげたいって気持ちは分かるけど、モズくんの服選びなんだから、本人の意見を聞かなきゃ駄目でしょ? そんなに好きじゃ無いデザインとか着心地の服だってあるんだから」

「ウッス……サーセン……」

「す、すまない……」

「謝るならモズくんにね」

「仰る通りです! ごめんよモズ」

「すまなかったな、少年……」


 正論を言われたとはいえ、最年少の少女に年上二人が、それも片方は身分的に天地がひっくり返っても頭を下げることが無いような立場で、もう片方は少女の倍近い年齢の人が叱られて頭が上がらない様子は、端から見れば少々シュールな光景であった。


 普段はトワに関する事以外に興味の欠片すら持つことが出来ないモズであったが、三人の仲に存在する謎のパワーバランスを察したのか、珍しく「ねえちゃんは悪くなか」と言いかけた言葉を飲み込んで唇にキュッと力を入れた。

 トワの意識を自分に向けてくれた感謝と、しかしそうしてくれた相手は自分よりトワに好かれているという嫉妬がない交ぜになった、実に味のある表情だった。


 別に逆らえない訳では無い。恐怖政治では決して無い。

 ただ、二人が身分や年齢の関係無くしっかりと人の意見を聞ける性格である事と、ルイの事が好きだからこそ頭が上がらないというだけの話である。

 二人共好意のタイプは違えど、ルイにメロメロな事は自覚しているのが質が悪い。


 他者の意見を尊重し適切な距離感で寄り添いつつも、間違いはきちんと指摘してくれる相手だ。おっとりとした性格も相まって、本人にそのつもりは無いが、人誑しと言わざるを得ない。

 そんなこともあり、見た目はまだ少し垢抜けない少女で、髪色や普段着ている服装的に少々目立たない外見ではあるが、だからこそ「ルイの良さは自分しか知らないんだろうな」と思っている人は結構多いが、当の本人は知る由も無い。


「しかしキモノか……流石にキモノは用意出来ないぞ」

「となるとデザイン案考えて似たような服飾デザインのを特注でとか?」

「それしかないな」

「ええと、モズや。流石にまんま着物を準備するのは難しいんだけどさ、似たようなデザインの服とかでも大丈夫かな」

「おん」

「ありがとうね。すみません、特注デザインのを発注したいんですけども……」


 トワは軽くモズの頭を撫で回してから、控えていた服飾デザイナーに声をかける。

 モズはトワに撫でてもらったのが余程嬉しかったのか、撫でてもらった部分を手で押さえて、にやけるのを堪えるように口を真一文字にした。


「申し訳ありません、キモノは非常に希少で、生産も飛花でしか行われていませんから、我々にキモノの知識は無いんです」

「あー、じゃあざっくりとなら私が知っているので、何かそれとなく良い感じのデザインに改良して作ってもらえればそれで」

「本当ですか!? 流石本場飛花の方、学ばせていただきます!」

「ああいや別に本職じゃないんで、ホント真に受けないでいただければ……あ、紙とペンお借りしても?」


 服飾デザイナーと頭を突き合わせて、トワは慣れた手つきで絵を描き始め、ジュリアは興味深そうに横からそれを覗き込む。

 そんな姿を見たルイは、ぼんやりとトワを見つめ続けるモズに声をかける。


「良かったね、モズくん。トワさんがモズくんの着る服のデザインをしてくれるみたいだよ」

「ねえちゃんが?」

「言っとくけど、私にキャラデザ力は無いから期待すんなよー」


 着物や袴の基本形を手早く紙に描きながら、トワはそう釘を刺す。

 だが、モズはしばらくそんなトワの姿を見つめた後、どうしてもにやけてしまう頬を両手で押さえてムニムニと動かした。


「嬉しい?」

「おん」

「良かったね」

「おん」


 犬だったらきっと、尻尾を千切れんばかりに振っていただろう。

 基本無表情ながらも分かりやすい反応に、ルイも思わず頬が緩んでいた。


「えー、んじゃあ袴ベースでロングブーツ合わせて、和洋折衷大正ロマン袴スタイルな感じで……それとこれから寒くなるし、こういう羽織、ええと、上着を一緒に作ってもらってですね……」

「ポーラーハットを合わせるのはどうだ?」

「あー似合うー……けどちょっと大人っぽすぎない? モズ、お帽子いる?」

「ねえちゃんがいるならいる」

「あー、そうじゃなくてだね……」

「トワさんはね、帽子を被ったままで動いたら、邪魔だなぁって思うかな? って聞きたいんだよ」

「……邪魔」

「オッケー、お帽子無しね」

「代わりにマフラーを巻いたらどうだ? 似合うと思うんだが」

「素晴らしいお考えです、ルージュリアン様! 春になったらスカーフやストールに替えても良いと思いますよ!」

「間違いなく合うやつじゃないですかそれ~天才~!」


 楽しそうにデザインを練っていたが、ふと、トワの手が止まる。

 そして何か考える素振りを見せた後、ぽつりと呟くように言った。


「ねえ、やっぱりウルフカットにしません?」

「そんな気軽に髪を切ろうと言うのは君くらいだぞ!?」

「いや文化的に髪伸ばすのが一般的ってのは分かってるんですけどね? 毎朝髪結んでやるのめんどっちくて……」


 彼女の言う通り、モズの髪を毎日結んでいるのはトワである。そうでもしないと、外見に頓着しないモズは伸びっぱなしの髪をそのままにするからだ。

 何なら頭を洗って上げるのも彼女の仕事である。風呂が苦手なモズをしっかり入浴させるために、毎日一緒に風呂に入って洗って上げているのだ。


 しかし、髪を切ってしまったら、そんなトワとの時間が少なくなってしまうと気付いたらしいモズは、珍しく自分から発言をした。


「長いまんまがえい」

「えぇー……でも邪魔じゃない? 髪短いと動きやすいし、風呂もササッと終わるよ?」

「長いまんまがえい」

「そっかぁ……」

「そうだ。髪を伸ばすんだったら、折角だから髪紐もトワさんに選んでもらおっか」

「……! おん!」

「あーあーあー、分かった分かった、そんなキラッキラした曇り無き眼で見ないでくれ。横着しようとした自分が恥ずかしくなるから」


 そうして後日、出来上がった現物が届くのであったが、しばらくの間は鏡の前を通る度にニマニマと笑ったり、家の中なのにマフラーを巻いてもらおうとするモズを見るようになったのは、また別の話。

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