閑話 薬とポーション

「ちょっと疑問に思ったんだけどさ」


 底の厚いフライパンにたっぷりとオリーブオイルを注ぎながら、ふと思い立ってルイちゃんに問いかける。


「薬とポーションって何が違うの?」

「簡単に言えば、治癒速度の違いですね。ポーションは魔力が込められているので、薬というより、誰にでも使えるアイテム版治癒呪文って感じのものなんですよ」

「ハァーン、なるほどね。じゃあ治癒呪文との違いはどんなもんなの?」

「治癒呪文はマナを使って直接自己治癒力を高めるんですけど、ポーションはオドを増やして、結果的に自己治癒力が高くなるっていう違いが……あっ、ちょっと専門的な話になっちゃいましたけど、わかりますか?」

「あー、一応それとなくね。マナが空気中に存在する魔力で、オドが生物が体内に持つ魔力だよね」


 オリーブオイルが温まったら中火にして、下処理をして一口サイズに切って塩胡椒で下味をつけたレバーを投下。

 一応水分は綺麗にとったはずだが、それでも僅かに残った水分に反応した油がバッチンバンバンと跳ねまくって危ないことこの上ない。

 魔物素材で作られた油はね防止ネットがあるので、それをフライパンの上に乗せた。


 隣ではルイちゃんが厚めに切ったバゲットをガーリックトーストにするべく炙ってくれている。

 事前に「パンが進みすぎていつの間にか消えてるから絶対多めに作っておいた方が良い、足りなくなる」という私の体験談を聞いたからか、かなり大量に作ってある。

 最悪残っても明日の朝にでも食べれば良い。この世界のニンニクは香りが良いのに食べた後に特有のニンニク臭が残らないから、朝からキメても何の問題も無いのだ。


「後なんだっけ、魔力とは別にコギトってあったよね。魂の力とか何とか。えっーと確か、魂って専門用語的にはイドって言ったっけ? 厳密には違うけども」

「はい、そうです。トワさんって、呪文使っている所を見た事無いんですけど、呪術の専門知識を学んだことがあるんですか?」

「いやそのえっと、ちょっとそういうの書いてある本を読んだことがあってね! まあ要するに、自己治癒力を高めるか、結果的に自己治癒力が高くなったかの違いってことね」

「そうなんです。だからポーションを飲んだ後は、一時的に体の調子が良くなるって言われています……が! それはただ命の前借りをしているだけで、体に悪いんですよ。その日くらいは調子が良くなるかもしれませんけど、次の日には逆に具合悪くなる可能性だってあるんです」

「つまりエナドリみたいなもんか……」

「えなどり?」

「エナジードリンク。私の地元で売られてた、寿命を削る代わりに気持ち程度に元気になれる飲み物」

「それって代償に効果が見合ってないんじゃ……」

「あっちにはポーション程効き目が良いモンなかったからね」


 レバーに火が通ったら一度取り出して、今度はいい感じのサイズに切ったパプリカ、輪切りにしたナスを投下。

 一度肉を揚げたオリーブオイルでやるのがミソだ。肉の旨みが染み出た油が野菜に吸収されて倍美味くなる。


 四口コンロの二つは私とルイちゃんで占領しているが、もう一つ、スープを煮ている鍋がある。

 少し様子を見てみると、良い感じに出来上がっていた様子だったので、行儀が悪いがお玉でそのまま一口味見。塩ベースのスープに人参の甘みと豆の旨味が溶け込んでて良い塩梅だが、何か今ひとつ足りない気もする。


「ちょい薄いかな? どう思う?」


 同じようにお玉に味見分を掬って、ふうふうと息をかけて冷ましてからルイちゃんにも味見させる。


「うーん、あっさり薄味でいいと思いますよ? 今日はガーリックトーストもあるし、メインディッシュを存分に味わいたいですし、味を濃くしちゃうとちょっと重くなりそうじゃなです?」

「それもそうだなぁ。じゃあこれでいいか! 足りなかったら各自自分で塩振って、って感じで」


 スープ鍋の火を落とし、後は放置。

 味見をしてて話題が逸れたが、話の続きが気になったので、話題を軌道修正する。


「でも、わざわざ薬でオドを増やすより、魔力を譲渡するだけで良いんじゃないの? そっちの方が効率いいし、同じような効果出そうなもんだけど」

「それが出来れば苦労しませんよ。それに、ただ魔力を譲渡しただけじゃ、拒絶反応が起こりかねませんよ」

「そうなん?」

「そうですよ。輸血と同じです」

「ごめん全然関係ないけど輸血の技術があることに驚いたわ」

「滅多にされることは無いですけどね。成功率はかなり低いですから」

「あーなる、血液型とかの概念はまだ発見されてない感じか」

「血液型、ってなんですか?」

「悪いけど、私も詳しい訳じゃないから下手なことは言えんよの。そのうち医療の偉い人が世間に公表してくれることでしょう」


 パプリカやナスを取り出したら、最後に半分に切ったポマトを入れる。

 皮はあえて付けたまま。そうじゃないと形が崩れて取り出す時に苦労することになる。


「じゃあこう、良い感じに吸収率を高める配分とかで、各薬屋の秘伝レシピ的なものが存在したりするのかな?」

「そうですね、ポーションのレシピは薬師によって違うんです。私の場合はオドを活性化させる成分の薬草や、薬効のあるものを調合して、そこにマナの吸収力を高める成分を配合していますね」

「あー、なんだっけ、確かオドの回復には二通りあるんだっけ?」

「例えるなら、増血剤を使うか、輸血をするかの違いですね。オドの活性が前者で、マナの吸収が後者です。……実はですね、さっきトワさんが言っていた、イドに作用するポーションもあるんです。わかりますか?」

「えー何だろ、エリクサーとか?」

「正解です!」

「うっそマジで? 適当言ったのに当たっちゃった」

「正解したトワさんには、揚げ焼きポマトを多めに盛り付けておきますね!」

「やっちゃ〜! トワさん、加熱したポマトだーいすき!」


 トマトが形を留めなくなる一歩手前で取り上げ、皿に盛り付ける。

 そして上からスライスしておいた生タマネギを乗せて、スパイスハーブなる香辛料を上からかけて、最後に油の綺麗な上澄みだけを掬って軽くかけて完成だ。


「はーい完成! レバーとカラフル野菜の揚げ焼き!」

「レバーって言ったらテリーヌですけど、こういう食べ方もあるんですね」

「ウィーヴェンだとあんまりモツ系料理無いからねぇ。そのおかげでお安く手に入れられたしラッキーだったけど。あ、下味付けてるから大丈夫だとは思うけど、塩っ気足りなかったらお好みで塩振ってね」


 こんもりと積み上がったパンと、本日のメインディッシュ、そして豆と人参のスープをテーブルに並べていく。


 テーブルの隅にはヘーゼルがおすまし座りでちょこんと乗っている。

 先日、料理中に待ちきれなくてよじ登ってきたら、うっかり足を滑らせて鍋の中に落っこちそうになったという事件があったのだが、それ以来こうして大人しくテーブルの上で待っているようになった。


 最後に各自自分の飲み物を持ってきたら席に着き、私は両手を合わせ、ルイちゃんは片手を胸に当て、ヘーゼルは涎を垂らしながらご飯皿をガン見する。


「白き神と黒き神、そして命の巡りよ。此度の糧に感謝します」

「いただきまーす」


 いつものようにルイちゃんはARK TALE世界の文化に基づいた食前の祈りを、私は慣れ親しんだ日本の文化である食前の挨拶を口にして、それぞれ食事を始めた。


「ん、美味しい! 全然臭みもないし、ポマトの酸味がレバーの旨味を引き立ててる……! それに、油にレバーの旨みが出てて、これだけでもパンが進んじゃいます!」

「でしょ〜! 生タマネギのシャキシャキ食感がプラスされてるのも良いんだよねぇ」

「ナスもパプリカも、レバーの旨みたっぷりの油を吸っててたまらない……! ナスとパプリカは油を吸うから、オリーブオイルをたっぷり使うこの料理とは相性抜群ですね!」

「こんだけ油使ってるのに、オリーブオイルだから健康に良いし、何なら使ってる食材全部健康に良いから実質健康食よ。美味しい料理で健康になっちゃうな、ガハハ!」

「レバーの下処理だけしっかりやれば、作るのも簡単ですしね! これ、また作りましょ!」

「おうよ! ……実はこれね、摩り下ろした生ポマトとニンニクに刻んだバジル入れて、塩で味を整えて作ったソースと一緒に食べても美味いらしいんだよね」

「ちゅあ!? ど、どうして作る前にそれを言ってくれなかったんですかぁ!」

「だって私生ポマト食べられないし……」

「えーもったいない!」


 ルイちゃんの分だけでもソースを作っておけば良かったかなぁ、なんて考えながら、レバーと生タマネギを一緒にぱくり。

 少し咀嚼して、ガーリックトーストを追加でザクリ。

 そしてブドウジュースでそれを流し込む。


「ッカー、うんまい! おビール飲みてぇ〜!」


 思わず本能の声が口から出る。そんな私を見て、ルイちゃんはクスクスと笑った。


「んもう、冒険者のおじさんみたいですよ」

「良いんだよルイちゃんしか見てないから。あ〜、おビールかワイン買ってくりゃあ良かった」

「そういえばトワさんって、飲みたいって言う割には、あまりお酒飲まないですよね」

「別に弱いわけじゃなくて、むしろ強い方だし、二日酔いも滅多にしないんだけど、アルコール頭痛が酷いタイプでね。頭痛くなるくらいなら飲まなきゃいいや〜って思っちゃって。……ポーション使えば頭痛軽減されないかな」

「確かにポーションで二日酔いや悪酔いも治せますけど、悪酔いを治すためだけにポーション使う人なんてそうそういませんよ」

「そっかぁ……。そういやポーションで思い出したけど、エリクサーってマジで存在するんだねぇ」

「いいえ、エリクサーの製法はもう失われたって言われているんです。だから本当にそういう効果があるかは分からなくて、賢者様が口伝で伝えているだけなんです」

「あらー残念」

「でも実は、お父さんが残してくれたレシピブックに、作ったことが無いレシピがあって……そのレシピに書いてあるポーションの名称が、『エリクサー』なんです。それには竜の血が必要だって書かれているんですけど、ドラゴンの血を使ってみても成功しなくて……」


 この世界のドラゴンは二種類存在する。竜と、ドラゴンだ。

 いや、日本語的には「竜」も「ドラゴン」も同じ意味合いなのだが、どうも自動翻訳チートの影響でそう聞こえるようになっているようだ。

 こちらではどのように表記・発音されているのかは知らないが、ルイちゃんの発言からして、恐らく同じ表記なのかもしれない。


 正しく分類するならば、神の審判装置としてのドラゴンが「竜」、生物としてのドラゴンが「ドラゴン」らしい。

 どうもこの辺りがややこしいので、神の審判装置の生態から取って、こちらは「千年竜」と呼称するようにしている。実際前作ではそう表記されているので、間違いでは無いだろう。


 例え同じドラゴン表記だとしても、その生態はまるで別物。旧世界ヤマアラシと新世界ヤマアラシくらい違う。

 だから恐らく、一般的に入手しやすいドラゴンの血と言ったら亜竜の方なので、きっとルイちゃんは亜竜の血を使ったのだろう。


「多分その『竜の血』って言うのは、千年竜のことじゃないのかな」

「千年竜って、あのおとぎ話に出てくる?」

「そうそれ。千年に一度目覚めて、この世界に試練を与えて、人類の代表として選ばれた『勇者』に、この世界は存続するに値するか否かを問う存在ね」

「試練? 厄災じゃなくてですか?」

「それは副次的なものだよ。まあ関係の無い一般人にとっちゃいい迷惑だし、実際……えーと、何年前だ? 大体1600年前か、そんくらい前に一度世界は滅んでいるからね。旧人類のエルフが方舟で宇宙に避難していなかったら、人類は未だに洞穴で暮らしていたかもしれないね。初代は大いなる大地の意思、地震の化身たる星蝕竜。二代目は母なる海の意思、津波の化身たる波浪竜。三代目は……」


 そこまで言いかけて、はっと口を噤む。ここから先は未来のネタバレだ。

 この時代はまだ二代目の波浪竜までしか存在していない。いや、三代目の竜も居るには居るが、少々特殊な事情により、おおよそ700年前に姿を消している。


「ま、それぞれの竜の出現に合わせて、その名の通りの災害が致命的なレベルで引き起こされたのは間違いないよ。そうそう、ちなみに今の時代に存在する竜人は、その千年竜の血を引いているって言われているんだよ。細かい部分までは知らないけど、エルフが星蝕竜から採取した細胞を使ってなんやかんやしたとか何とか――」


 そこまで語って、また慌てて言葉を止める。


 私は設定資料集なんかで世界の設定なんかを知っているが、それがどこまでこの世界の常識なのかはわからない。

 もしかしたら、今語ってしまった世界設定が、実はこの世界ではまだ誰も発見していない事実かもしれないのだ。


 美味しいものを食べて気が緩んでしまっていたこともあって色々と喋ってしまったが、今後はあまり世界の核心に近い情報は口にしない方が身のためだろう。


「トワさんって……もしかして、歴史学者さんなんですか?」

「いやいやいやいや人よりちょっとこの世界の歴史に詳しいだけだよあっはっはっはっは」


 残ったブドウジュースを一気に飲み干し、心を落ち着かせる。

 これがワインでなくて良かった。もし酒だったら、酔いに任せてもっと口を滑らせていたかもしれない。


「まあ、竜人さんと出会う機会があったら、ちょっとばかし血をもらって作ってみたらいいんじゃない? もし千年竜の血でエリクサーが完成するんなら、その血を引く竜人の血でもワンチャン作れるかもしれないし」

「竜人さんに出会える機会なんて滅多にないですよ。今は貴族くらいにしか居ない程、数が少なくなってしまいましたから」

「人類全体で見りゃあ絶滅危惧種だよね。でもほら、ルイちゃんはお貴族様にコネあるし、そのうち会う機会があるんじゃないかな」

「うーん、会えたとしても……多分、良い顔はされないかと……。ローズブレイド家と、貴族の竜人さんの仲がすごく悪いというか、ダニエル様が必要以上におちょくるから、目の敵にされているんですって」

「ポの字のタイプ相性みたいだな……」

「ぽのじ?」

「とある創作物だよ」


 そんな会話を続けながら、食事は進み、夜は更けていく――。

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