21 作戦開始

 囮作戦に協力すると答えた次の日に、ジュリアは早速部下を連れてやって来た。

 ジュリアが連れてきたのは、先日怪我の応急手当をしてくれたクール系イケメンさんだった。明るい場所で見ると、暗いグレーの髪は光の当たり具合によって銀色に見えた。


「紹介しよう。ノルトライン卿だ。私と共に、今回の作戦の指揮を執る」

「ケルン・ノルトラインです」


 相変わらずビジネスライクすらない真顔としょっぱい態度に、内心「せめて営業スマイルくらいしてくれ、社会人だろ?」と思った。

 この青年が年相応の笑顔を浮かべている姿なんて想像が出来ない。


「先日はお世話になりました。本日はよろしくお願いします」

「本当なら私のような女性騎士で身辺を固めるべきなのだろうが、生憎、女性騎士はこの国に片手で数える程しか居なくてな」


 むしろジュリア以外に女騎士が居ることにビックリだわ。


「だが安心して欲しい。ノルトライン卿は我が騎士団の中で五本の指に入る実力者だし、何より、熟女にしか興味が無いんだ」

「熟女が好きな訳ではありません、団長」

「……そうなのか」

「ただ、小柄で童顔で、自分と同年代かそれ以下の年齢に見える年上の女性が好みなだけです。それ以外は異性として見れませんので」

「あーそれなら安心ですね。それに初対面でないってだけでもかなり気が楽です」

「……」


 ロリババア、あるいはロリお姉さん辺りがストライクゾーンなのだろう。

 顔が良いのに性癖が捻れているのは世間一般的にはマイナスポイントなのだろうが、性癖の捻れ具合だと恐らく私の方が二回り以上も酷いと思うので何も言えない。


 まあ私と違って顔が良いと言うだけで免罪符を持っているも同然なので、その程度の性的嗜好なら、周囲からはちょっと女性の好みにこだわりがある程度に思われていることだろう。

 それにこの世界だと、妖精種や一部の爬虫類種だと平均年齢が非常に長いので、そういった人族の女性が好きなのだと思われるのではないだろうか。

 世界観的に考えるとこだわりはあるがニッチな性癖では無……いやどう考えても特殊な性癖だと言わざるを得ないわ。ちょっと擁護出来ませんね。


 ジュリアは何故か大変引きつった顔でノルトラインさんから距離を取ると、私に向かってちょいちょいと手招きする。ジュリア的にドン引き案件だったのだろうか、と思いつつ傍に寄ると、ひそひそと耳打ちする。


「トワ、別の騎士に変えよう」

「え、何でです?」

「いいか。君は私から見て、同年代か、二十歳前後くらいにしか見えないんだ」

「はぁ」


 ルイちゃんもジュリアも私の見た目が若いって言うけど、鏡見ても別に外見が変わったようには見えないんだよなぁ。

 アレかな、欧米人から見るとアジア人は若く見えるっていう現象と同じことが起きているのかもしれない。


「それに平均より背が小さい」

「はぁ」


 そりゃあ、いくら私が日本人女性の平均身長より10センチくらい高いとはいえ、女性でも170センチちょいが平均であるこの世界では、身長が低めと言わざるを得ない。

 そう考えるとルイちゃんも小柄な方なんだよな。だって身長155センチだもの。合法ロリお姉さんの小鳥ちゃんと言っても差し支えないだろう。


 ……待てよ? もしかしたら私、下手したらルイちゃんと同年代って思われてた可能性があるのでは?

 キッツ。


「そして君は三十歳で、ノルトライン卿は二十二歳だ」

「はぁ。……ん?」


 察してしまった。

 一瞬、何故そこでノルトラインさんの年齢が出てくるのかと思ったが、すぐにその意図を理解した。


 小柄で童顔で、自分と同年代かそれ以下の年齢に見える年上の女性。

 つまり。


「トワ様、今の話は本当なのですか?」

「アッアッあのそのえっと」

「是非一度詳しくお話をお伺いしたいのですが、今度我が邸宅で茶会でも」

「お断りします!!」


 私はノルトラインさんの性癖をピンポイントで狙い撃ってしまっている存在なのだ。

 さっきまで一切興味が無さそうな、明らかに「塩対応をします」とでも言わんばかりの雰囲気は何処へやら。どうやら地獄耳らしい彼は、ジュリアには及ばないながらも偏差値の高い顔面に甘いスマイルを浮かべて、先程の態度から一変しグイグイと私に近寄ってきた。


 あからさま過ぎィ! 性格塩キャラメルかよ! 私のリアル恋愛対象は大人の余裕のある英国紳士系のロマンスグレーという言葉が似合うアラフィフ男性なんだ、勘弁してくれ!


「我がノルトライン家の爵位は伯爵ではありますが、武功では公爵家に勝るとも劣らない戦果を上げています。貴族界隈でも名を知らぬ人はそうおりません」

「権力に興味ありませんので結構です!!」


 どうせなら私みたいな中の中の下な上に塩顔な人じゃなくて、もっと顔の良い高APPのロリおばさんを狙っていただきたいんだが!?

 もしかしてと思うが、そんな高名な伯爵様の息子さんが王族の近衛騎士たる第一騎士団や、王都の砦たる第二騎士団ではなく、いくら主要都市の防衛を任されているとはいえ出生街道を進むには難しい第三騎士団に入団したのは、ジュリアの叔母である女公爵ダニエル・ローズブレイド、通称メスガキババアが目的だったのかもしれない。そんな不純な動機で出世街道から外れるとかある!?


「剣の腕は確かなんだ……その、少々自分に正直すぎる性格なだけで」

「貴族として致命的じゃないですかそれ!」


 腹芸するのが貴族のお役目みたいなもののはずなのに、それが出来ない性格って、放蕩息子か鼻つまみ者になるやつじゃないか! いや、顔が良いからまだ許される……のか?

 少なくとも領地に居ない、騎士団にいるという事を踏まえると、次男坊以降か勘当に近い扱いをされているか、どれにせよ家督を継がない、あるいは継ぐ気が無いだろうということは想像がついた。

 多分彼の清々しいほどに我が道を行く性格的に、継ぐ気が無いタイプだと思う。


「や、やっぱ他の人に変えてもらおうかな……」

「私は公私混同はしないのでご安心を」

「ほんとぉ?」

「仕事は真面目にこなす男であることは否定しない。しないが……」

「代わりに、任務が終わったら是非結婚を前提にお付き合いを」

「しません!!」


 人生初のモテ期だけと嬉しくない! タイプじゃないとかそういう事を差し引いても、こう飢えた猛獣みたいにガツガツ来られると怖いんだよ! それに、仕事が終わったらこの世界とはオサラバ予定なんだから、恋人を作ったところで置いていってしまうことになるし、作りたくても作れないのだ。本当勘弁して欲しい。


 結局、貴重な回復呪文の使い手で実力もあるノルトラインさん以上の適任者が居ると言うわけでもなかったため、彼は続投となった。


 さて、作戦内容は至って単純明快。

 壁役ヘーゼルを連れて夕方徘徊し、もしモズの早贄少年が釣れたら、その時点で周囲に隠れている騎士さん達が囲むだけだ。壁役を連れてはいるが、もし怪我を負った場合の事を考えて、ノルトラインさんが少し離れて追従してくれるらしい。……別の意味で不安になるのは私だけだろうか?


 作戦開始時刻になるまで家で待機する。私以上にそわそわしているルイちゃんを見ていたおかげか、時間になるまではさほど緊張しなかった。


 だが。


「時間だ、準備はいいか?」

「もうちょっと心の準備していいですか……恐怖と緊張で手汗冷や汗ビッショビショなんすわ……」


 いざ時間が来ると一気に緊張が昂ぶり、バックンバックンと心臓が早鐘を打ち、胃の底辺りがキリキリとするような、はたまたモヤモヤするような関学に襲われ、更には喉に何かが詰まったような感覚が出てきて、唾を嚥下するのが若干難しくなった。その唾も緊張のせいか粘っこくて不快感がある。

 何度も深呼吸をして胸をトントンと叩くも効果無し。そりゃそうだ。トラウマに真っ正面から対峙するのだから。


 ノルトラインさんが背中をさすってくれようとしたが、そこはかとなく感じる下心に若干の不快感を覚えたので、やんわりと断ってジュリアの傍に寄った。

 イケメンでもね、許されることと許されないことがあるんだよ。


 玄関前で必死に心を静めようとしていると、見送りに来ていたルイちゃんが何かを思いついたようで、小走りで二階の自室に向かい、何かを持って帰ってきた。


「トワさん、これ」


 そう言って私の手に握らせたのは、首から提げられるように紐を付けた、ややくたびれた小さな巾着袋だった。中をチラリと見てみると、赤茶色のつるりとした殻に覆われた木の実が一つあった。

 何故こんな物を? と疑問に思いつつ、木の実をつまみ上げてそれをよく見てみる。


「栗? にしては小さいけど……」

「昔、お父さんがお守りとしてくれたんです。奇跡を起こす種なんだって言ってました」

「ファッ!? 形見じゃんこれ! そんな大事なもの持っていけないよ!」

「駄目です、持って行って下さい。それで――」


 不安を押し殺し、今にも泣き出しそうなのに、それを我慢して無理矢理笑って、ルイちゃんは言った。


「ちゃんと無事に帰ってきてから、返してください」


 ――正ヒロインか?


 そのヒロイン力たるや、村を出て世界を救いに行く勇者主人公の幼馴染みと等しく。

 一瞬、無いはずのルイちゃんと過ごした幼き日の記憶げんかくが走馬灯のように脳裏を通り過ぎていった。


 正直に言おう。最近はちょっとルイちゃんと過ごす事に慣れを感じていた。


 そもそもルイちゃんは一緒に時を過ごしずっと見つめていたいタイプの推しな上、高嶺の花でファンクラブとしてキャーキャー騒いでいたいジュリアとは違い、顔面も比較的直視しやすいおっとり可愛いベビーフェイスで、そりゃあ唐突にぶち込まれる公式ストーリーでは見せなかった一面や解釈には無かったが解釈一致の行動に悶えることもあったが、共同生活も比較的オタク心が荒ぶらずに済んでいた。


 が、何だこれは?


 ――好き。


 シンプルに好きだわ。こんな正妻ヒロインみたいなことされたら好きになるに決まってんじゃん。もう好きだったわ。

 結婚して欲しい。子供は二人、一人目が女の子で二人目が男の子。そんな風に考えてしまう程脳が破壊されてしまった。ルイ夢の夢主になって良いですか?


 悶えるタイプの感じ方では無く、真顔で制止して数秒後に脳破壊後特有の語彙低下言語で「すき」と言ってしまうタイプの好きで心がぐっちゃぐちゃになってしまった。

 こんなん好きにならない人おる? いや、居ない。

 推し補正があるとは思うが、そう思わずにはいられない。


「……いってきます」

「いってらっしゃい」


 これでヒロインじゃないとかマ?


 既に焼かれていたと思ったのに、灰すら残らない程にルイちゃんに脳を焼かれてしまった私は、「ルイちゃんすき」という感情しか残っていない頭で家を出た。


 他の感情が戻ってきたのは、家を出てしばらくして、ジュリアから声をかけられてからだった。


「さっきまでの怯えていた姿が嘘みたいだ」

「トワさんもうおっきいから、お仕事ちゃんと出来るもん。トワさんがんばう」

「前言撤回だ、内心相当キているな?」

「ふざけてないと心へし折れそうなんですそんな可哀想なものを見る目で見ないでください」

「ご要望があれば幼児プレイもやぶさかではありませんよ?」

「そういうのは見る専なんで余所でやりやがれください」


 緊張も恐怖も再び湧いてきたが、溢れ出るルイちゃんへのラヴが未だに脳内の大部分を占めているおかげか、そんな軽口を叩けるようになっていた。


 それともう一つ。一度感情がリセットされたおかげで、大事な精神的支柱を思い出せた。


「それに、いつまでも子供の前で情けない姿を見せられないじゃないですか。大人なんだから」


 これはただの意地だ。プライドと言っても良い。

 大人なんだからしっかりしないと。一人で立って生きていかなければと、自分の夢をねじ伏せる為に言い続けてきた呪いの言葉。

 だけど、今の私に一番必要な言葉だ。


「強がっている姿も格好良いぞ」

「じゃあもっと空元気振り回しますかね」


 ジュリアもこう言ってくれているのだ。頑張らないと。

 ルイちゃんから貸してもらったお守りを首に提げて、無くさないように服の中に入れた。

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