18 チート性能の毛玉

 それはそれとして、私の身辺警護のことであんまりジュリアを悩ませる訳にもいかない。

 一人で解決出来る問題じゃないと言われたが、自分一人で解決出来るなら出来る限りそうしたいし、私のために人員を割かせる訳にもいかない。


 個人的にあまりヘーゼルを頼りたくはないが、背に腹はかえられない。

 私はルイちゃんの膝の上で毛繕いをしていたヘーゼルを抱き上げて言った。


「防御だけならこいつが何とかしてくれると思うので大丈夫です」


 ヘーゼルは見てくれこそふわふわの毛玉だが、一応自称神で、実際私を守ってくれた実績がある。

 能力的には信用出来る上、別に好きでも何でも無い奴なので迷惑をかけようが罪悪感なんて湧かないので丁度良い。

 性格的には信用出来ないが。


 しかし、流石にこの見た目だけは可愛いふわふわにそんな力があるとは信じ切れないようで、ジュリアはしかめっ面で疑いの目を向ける。ルイちゃんまで懐疑的な視線を向けてきた。

 いや、二人の反応が正常なのは私も理解しているけども。


「……本当に大丈夫なのか?」

「見た目こんなんですけど、防御呪文に関しては信頼が置けます。もし防御が間に合わなかったとしても、治癒呪文も使えます。実際、今日もこいつから守ってもらいましたし。なっ、ヘーゼル」

「……」

「返事くらいしなさいやコラ」

「……なーん」


 ぷらぷらと長いしっぽと小さい後ろ足を揺らしながら面倒臭そうに答える。

 皆まで言わずともわかる。どうせ「折角の戦闘経験を得られる機会なのに」とか思っているのだろう。

 だが、子供相手とはいえ、本気の殺意を持って追いかけ回された一般人としては、もう二度とあんな思いをしたいとは思えないのだ。

 いずれはこのトラウマとも向き合わなければならないとわかっている。が、少なくともトラウマを植え付けられた当日である今日は無理だし、せめて心の整理をする時間として三日くらいは時間が欲しい。


「確かにヘーゼルちゃんがスペルを使えるとは聞いたし、他のキャラットに比べたら強いスペルが使えるのは知っているけど、トワさんを守れる程の力があるとは思えないよ……」

「そもそもキャラットが使えるスペルはたかが知れている。自己申告されても、おいそれと信用は出来ないな」

「だってよ、ヘーゼル。なんか凄いスペル使って納得させてよ」

「んるるる……」


 ヘーゼルは渋るように唸るが、面倒くさそうにだが防壁を張る。

 青白い半透明のそれは、見覚えのあるものだった。


「あ、これ攻撃防いだ時に使ったやつだ」

「パッと見だと普通の防御呪文に見えるけど……」


 興味津々に防壁に触れようとルイちゃんが手を伸ばすが、防壁に触れられずに貫通してしまう。

 敵意や攻撃の意思が無ければ防げないのだろうか。もしくは、ある一定の速度や衝撃に反応する類のものなのかもしれない。ガード条件が気になってしょうがない。


「どの程度なのかは、まあ軽く殴ってみれば分かるだろう」

「確認方法が脳筋〜」

「トワ、ちょっとそこにヘーゼルを座らせてくれないか」

「はいはい了解しましたよ」


 ジュリアの指示に従って立ち上がり、ダイニングのテーブルにヘーゼルを置く。


 彼の前に立ったジュリアは、ボクサーさながらのファイティングポーズをとった。

 身体強化系の呪文だろうか。何かを呟くと、彼女の体全体がオーラを纏うように薄く銀色に発光した。火属性と土属性の複合属性である、鉄属性のスペルのようだ。


「防壁が砕けても拳が当たらないようにするから安心しろ。では、いくぞ」


 明らかにやる気の無い顔のヘーゼルを見据えたジュリアは、一度深呼吸をして、拳を固く握り構え直す。明らかに手加減の手の字の欠片すら無いことは明白だった。

 本気の圧を感じ、私は一歩だけルイちゃんに寄った。


 そして、それは一瞬だった。目に捉えることが出来ない速度のジュリア渾身の右ストレートが炸裂し、鉄同士がぶつかったような甲高い爆音が鳴る。衝撃波で一瞬髪がなびいた。


「……! これは……」


 結果は予想していた通り、ヘーゼルは無傷だった。

 防壁はジュリアの拳に反応したであろう箇所を中心に色が濃くなっているが、ヒビ一つ入っていなかった。むしろジュリアの手の骨にヒビが入っていないか心配になった。


「分かってても怖っっっっっわ!! マジ殴りじゃん! 軽くじゃないじゃん!」

「ジュリアちゃんなら防壁を破っても寸止めしてくれると思ってたけど、見ててハラハラしたよ……。でも、ヘーゼルちゃん凄いね。身体強化をかけたジュリアちゃんの拳を防いじゃうなんて」

「うんるるる。ドゥルルルンドゥルルルン……」


 ルイちゃんに顎を撫でられて気持ちいいのか盛大に喉を鳴らし、そのまま体勢を崩して横になり、ついには腹を見せ脱力する。先程ジュリアの渾身の右ストレートを防いだばかりとは思えないリラックスぶりだ。


「もの凄い音しましたけど大丈夫です? 怪我してません?」

「少し痛むが問題無い。身体強化をかけているからな。しかし固いな、オリハルコンの壁のようだ」

「身体強化ってすげー……」


 人間が普通に金属の壁が殴った場合、下手したら手の骨が折れててもおかしくないのだが、ジュリアは平然と手を握っては開くを繰り返している。本当に何ともないようだ。


 ジュリアといい、モズの早贄少年といい、身体強化って本当に都合良く便利そうだ。私もスペルが使えるなら真っ先に覚えたかった。

 というか、身体強化が使えないとこの世界でやっていけない気がするんだが……もしかして私、詰んでる?

 そうでないと信じたい。


 ともかく、こうしてヘーゼルの実力を分かってくれたジュリアは、最終的に私の護衛役足り得ると判断した。


 諸々と決まった所で、今日はもう夜も深くなってしまったので、ジュリアは帰って行った。

 私は遅めの夕食を取って、お風呂にゆっくり浸かって、早めに就寝することにした。

 自室に入った私はベッドに直行し、倒れるようにベッドにダイブする。現代のベッドより固いものの、バウンドする程度には柔らかいベッドが急な衝撃に悲鳴を上げ、一足先にベッドに乗っていたヘーゼルがぽいんと弾んだ。


「つかれた」

「体力なさ過ぎないかい?」

「こころがつかれたんだよ」

「貧弱だねぇ」

「平和ボケした現代日本に住んでいた一般ピーポーが命の綱渡りさせられたら心の底から疲弊するに決まってんでしょ」

「これくらいで恐怖を感じるようじゃ、この先やっていけないよ。それに実際問題、身体的なスタミナ不足や戦闘経験の無さも問題だよ」

「うるせ~~~~~知らね~~~~~傷心中くらいお小言やめーや~~~~~」


 気にしている事を歯に衣着せない言葉のナイフでグサグサ刺してくるヘーゼルに抗議する。


「そうやって落ち込んでいる間にも貴重な時間は過ぎていくよ。心が付いていかないとしても、無理矢理でも体を動かすべきだと思うけどな」

「こんの人の心を理解出来ない正論効率厨がよぉ。お前がツブヤイターやってたら絶対クソリプおじさんになっててあらゆる人からブロられてんぞ」

「僕ほど人類の心理を理解して思いやれる地球外生命体も中々居ないよ?」

「は? お前地球外生命体なの? 吐き気を催す邪悪な白い悪魔の営業マンポジやんけ。わけがわからないよ」

「失敬な。僕はアレとは違って、僕自身感情を持ち合わせているから君達のことは理解出来るし、重要な情報であれば『聞かれなかったから答えない』なんてしないよ。それに、彼らはあくまでみんなのために行動しているけれど、僕は僕という個人の趣味のために君達に手を貸しているだけだ。それに地球外生命体という共通点はあるけれど、僕の場合は精神だけで、肉体はこの世界のものだよ」

「いやまあ福利厚生しっかりしてるしアレよかマシだとは思うけどさ、倫理観や道徳心のズレが致命的なのがそっくりなんだよなぁ。てか神様じゃないんかいお前」

「地球外生命体だとしても、そうでなくても、ニンゲンは自分達がまだ到達していない技術を『奇跡』と称し、その技術を使った者を『神』と呼ぶじゃないか。なら地球外の技術を持った僕は、神と言って差し支えないだろう?」

「はいはい稀人信仰乙」


 会話に疲れてしまった私は、はぁ、とため息をつく。


「なあヘーゼル」

「なんだい?」


 一度深呼吸をする。そして、意を決して私は言った。


「一般人にネット小説系主人公は、無理だよ」

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