12 スキル確認

 何となくイメージを固めて、一度ぐぐっと背筋を伸ばして体を解す。


「よし、じゃあいっちょやってみますか」

「コツは強くイメージすることだ。この時代では詠唱や術名が必要だと思われているけれど」

「実は無詠唱でも発動出来る、でしょ。こちとら『勇者は世界を救うものせかすく』通過済みだ、知ってるよ。まあでも、詠唱とかあった方がイメージはしやすいよね。それじゃあ……」


 深呼吸を一つ。そして、腹の底から声を出し、右手を前に突き出し過去作に出てきた呪文を叫ぶ。


「エスト・イグニス・ルーベル!」


 火属性の基本呪文スペル。過去作の仲間の一人が初期から使えるスキルの一つだ。

 初期から使えるということは、それだけ簡単で使いやすいのだろうと私は目星を付けた。


 が、しかし。


「……出ないね?」

「出ませんね……」


 炎どころか火の粉一つすら出ない。

 あまりの手応えの無さに、羞恥心で顔が熱くなってしまった。


「しかし下手だねぇ、発音も何もかも」

「うるさいやい! 火属性の適正が無いだけかもしれんだろうに! 次だ次!」


 続いて水属性、土属性、風属性、そして光属性闇属性と一通り知っている詠唱を試してみたものの、うんともすんとも言わない。空気抵抗程の手応えすら無かった。


「君、とことん下手くそだねぇ」

「うるせー!! 要はイメージ力、ならばもっと適したものがある!」

「まあ、やってごらんよ」


 呆れ顔のヘーゼルにちょっとだけムカつくも、その苛立ちを責任転嫁するべく、怨嗟をこれでもかと込め、両手を天に掲げて私は叫ぶ。


「ンヌァーッ! アカウント名に原作名キャラ名カップリング名を入れるのは検索の邪魔になるし問題起こした時に界隈のイメージダウンに繋がるから止めなされ止めなされーッ!」


 ざあ、と風が木の葉を揺らす音しか聞こえない。ご近所に今の叫びが聞こえてないか心配になったくらい何も無かった。

 脳内でうんとこしょ、どっこいしょ、と聞こえた気がした。カブでは無いが少なくとも、それでも成果は得られなかったことは確かだった。


「手応えはあったかい?」

「元の世界だったら使えていたと信じたいね……」


 どうやら私にスペルの適正は無いようだ。悲しいね。


「ふんだ! スペルが使えなくたって、私に渡したっていう権能の方を使うからいいもんね!」

「『わたし』なだけに?」

「そのふわふわの毛をモヒカンカットにされたくなかったらお黙り」


 全然意図していなかったのに、「私」と「渡し」を韻を踏んだダジャレを言ったと思われてちょっと恥ずかしくなった。

 ラップじゃないんだからやめてくれ。そう言う意図は一切無い。


「改めて説明するけど、君に渡した権能は【分離】、【消去】、【記録】、【複製】、【固定】の五つだ。使い方はスペルと一緒で、使いたいと思えば使えるよ」

「要はイメージ力……つまりは解釈……ならば!」


 脳裏に思い浮かべるのは、画像編集ソフトやイラストソフトに搭載されている範囲の自動選択ツール。

 目の前にある大きな樹木の葉っぱ部分を選択するイメージで、【分離】に該当しそうな言葉を口にした。


切り取りCtrl+X!」


 瞬間、樹木は枝と幹だけの存在に代わっていた。

 風が吹き抜けてもざわりとも言わない。サワ……サワ……くらいは音がしていたかもしれないが、周囲の木々のざわめきにかき消されて私の耳には届かなかった。


 何のエフェクトも無く使えてしまった権能に呆気にとられていたが、ヘーゼルが短い前足で靴をたしたし叩いた事で、止まっていた思考回路が再び動き出した。


「使えちゃったよ……」

「詠唱、それで良いのかい?」

「良いんだよ分かりやすいから」


 思ってたのとちょっと違ったが、少なくともヘーゼルから授けられた権能の【分離】は使えるようで安心した。

 これも使えないとしたら、この魔法のある世界で物理のみでやっていかなくてはならなくなるところだった。


「ええと、となると【消去】はShift+Delete、【記録】はCtrl+S、【複製】はCtrl+C、【固定】は……Ctrl+Vかな?」

「本当にそれで良いのかい?」

「良いんだよ分かりやすいから」


 足下に転がっている小石で【消去】や【複製】を試していると、ヘーゼルは思い出したように問いかけてきた。


「複合属性は使わないのかい?」

「さっき散々スペル使えなかったの見といてそれ言います?」


 複合属性というのは、そのままの意味。

 例えば、私が火属性と風属性が使えるとする。その場合、その二つが合わさった属性である、雷属性を使える可能性があるのだ。

 とはいえ、複合属性のスペルは非常に難易度が高く、使える人はごくわずかという設定だ。


 身近なところで言えば、ジュリアがその複合属性の使い手だ。通常ジュリアは土属性で、別衣装の属性は鉄であるため、他にも火属性が使えることになる。


 これは蛇足だが、別衣装ジュリアはARK TALEで初めて実装された複合属性キャラで、一周年記念で実装された。

 鉄ジュリアの格好は普段の騎士鎧を脱いでおり、フリルシャツとズボンというフェロモン系イケメンスタイルだった。情報が公開された当初は、ツブヤイターのトレンドに一週間くらいずっと載っていたくらいには界隈内外をざわつかせ、夢女を量産する事態になっていた。


 とはいえ、複合属性キャラは現在三人しか実装されておらず、複合属性という概念の無い前作を加えても数少ない事例である。

 特に、以前ルイちゃんが言っていた歪属性は、光属性と闇属性の複合属性であり、特に習得が難しいとされている。使える人は数える程度にしか存在していない設定だ。


 まあ要するに、スペル適正の無い私には無縁の話というわけである。


「今はこの権能を軸にどう戦うかを考えていかないとね。今後使えるようになるか分からん物を使えるようにするより、今使える物をどう使うか考えた方が効率的だ」

「ありもので夕飯を作るのと同じだね」

「自分で言っといて何だけど、ナチュラルに煽ってくるのやめてもらえません?」

「煽ってるつもりは無いんだけどなぁ」


 しかし、とヘーゼルは続ける。


「君もある程度呪文スペルが使えるようにしていたはずなんだけどね」

「やったつもりがやれてなかったんじゃないの? それかソースコードが一文字だけ間違っててプログラムが起動しない的な、そういう類いのミスとか」

「そんなはずはないはずだけどね。おかしいなぁ……」


 本人(本獣?)的にも想定外の事だったらしくうんうん唸るヘーゼルをよそに、私は脳内でどうするべきかを考える。


 スペルが使えないとなれば、残る手段は、武器を手に取り直接攻撃のみ。

 権能はある程度性能を確認したが、攻撃には不向き。いや、【分離】に関しては攻撃にも出来るだろうが、そのまま人体に使ったら、腕足ちょんぱの首ちょんぱというゴア表現になりそうなので、出来るならば極力そういう使い方はしたくない。


 やはり筋肉。筋肉は全てを解決するのか……!


「身近に近接戦闘技能に優れている人が居るんだから、教わらなきゃ損よね」

「あの女騎士かい?」

「そ。やるなら早い方がいい。それに我流より、それに始めにちゃんと基礎を学んでおかないと、後で後悔することになる。絵でも武道でもそれは一緒だ」

「妙に説得力があるね。経験済みかい?」

「絵の方でね」


 私は推しカプの同人誌を描く時は今流行りに寄せた絵柄にしているものの、元はアナログ絵師、それも色鉛筆で描いてた身で、頭身の高い絵ではなくもっとデフォルメを効かせたファンシーな絵柄だった。

 デッサンや色彩学等は独学で少し学んだ程度で、本格的に勉強したことはない。要するに、完全な独学だ。


 断じて承認欲求を満たすために推しカプを推しているわけではない。好きだから推している。

 だが、それだけでは推しカプを布教することは出来ない。だから、より多くの層に受け入れられやすい絵柄で推しカプ絵を描く事にした。

 ルイちゃんを可愛く描きたかったから、女の子を可愛く描ける推しイラストレーターの絵柄を参考にして、攻めをかっこよく、しかし線の細い優男にはしたくなかったから、筋肉をしっかり描けるBL絵師の描き方を参考にした。


 とはいえ、元々絵の才能が貧相だったこと、それとどうしても抜けきらない手癖もあって、流行りの絵柄を習得する事は諦めてしまったのだが。

 筋肉ってどう描くの。体の厚みってどうすればいいの。絵を描くって特殊技能だよ本当。

 もっとしっかりデッザン勉強しておけば体の肉付きをちゃんと描けたかもしれないのに、と未だに後悔している。

 そうしたら、性癖マシマシえちち特盛りウォルイのセックスしないと出られないスケベブックや、概念おねショタラガルイ初夜失敗本を描けたかもしれないのに。


 本当に、心の底から後悔している。


「まあ、まずは日常生活に慣れないとだな。お前がインストールしてなかったこの世界の常識を詳しく知って、自分の自由に使える金を稼いで、剣術を習うのはその後だ」

「随分のんびりしたスタートだね」

「とんとん拍子で進むネット小説の展開の早さが異常なんだよ。それに武芸なんて一日二日で身につくものでもないし。いや、アレは話のテンポの都合だったり、描写する必要が薄いからシーンをカットしてるっていうのもあるけども」

「ふうん。僕としてはしっかり歴史の軌道修正をしてくれれば、それでいいけどね」


 一通り技能の確認を終えた私は、少し小腹が空いたこともあって、スキルの確認を終えて家に帰ることにした。

 脳内でToDoリストを再構成し、リスケジュールをしながら。

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