13 同人書きに優しい公式設定

 時が過ぎるのは早いもので、この世界に来てから早一ヶ月が経過した。

 その日私は、昼前から体調不良に見舞われていた。


「ンギーーーー……!」

「トワさん、大丈夫……じゃないですよね。はい、痛み止めのお薬と胃薬」

「ありがとうルイちゃん……」


 別に腹を下したわけでも、持病持ちというわけでも無い。

 いや、女性ならば多くの方が持っている持病と言っても差し支えないかもしれない。


 そう、生理である。

 私はそこまで生理痛は酷くないタイプだったはずなのだが、今回ばかりは例外なのか、それともモルド体が導入された影響か、子宮をキツく雑巾絞りされているような痛みが下腹部に響いて仕方が無い。

 ついでに腰にも遠火でじっくり炙られているような鈍痛が響いているし、少し動く度に頭がズッキンズッキンと呪いの藁人形に五寸釘を打ち付けるが如きリズミカルな片頭痛を訴えてくる。それとオマケで、慣れない経血カップの異物感。

 体調不良は最悪の極みであった。


 横になると必ずと言って良いほど顔の近くで寝に来るヘーゼルも、今回ばかりは空気を読んで寄ってこなかった。

 とてもしんどい。あまりにもしんどくて、昼食を取った後に少し休もうとソファーに横になって、それから動けなくなった。

 最終的に見かねたルイちゃんから「今日はもう休んでください」とブランケットでくるまれてしまい、今に至るという訳だ。


 二つの粉薬をまとめて白湯で喉奥に流し込む。現代で処方される薬より量が多くて飲みづらいが、私は粉薬や漢方を平気で飲めるので難なく嚥下した。

 この世界にオブラートは存在するのだろうか、と疑問が頭をよぎる。まだ把握しきれて居ないが、確か店内には無かったはずだ。

 オブラートを開発したら一山儲けられないかな? と思ったが、お世話になったことがないので何で作られているかなんて全く分からない。誠に残念極まりない。


「トワさんは汎人さんですけど、刻印を刻んでいなかったんですね。月経のある種族の方は刻印を刻む方が多いから、てっきりトワさんもそうだと思ってました」

「その刻印とやらをやれば生理痛も軽減すんのかな……」

「人によりますけど、そもそも月経にならないようにする刻印にする人もいるみたいですよ。下腹部に、入れ墨みたいにして刻印を付けるんですって」

「えー便利~。でも、入れ墨ってのは抵抗あるなぁ……」

「だけどこれだけ月経痛が酷いのなら、刻んでおいた方がいいと思いますよ」

「だよねぇ……もうちょい痛み引いてきたら行ってみようかな……」


 薬を飲んでから(プラシーボ効果も入っているだろうが)徐々に痛みが引いてきた下腹部を擦る。

 こんな苦痛を月一で体験しなければならないとかいう人体のバグ、何とかして欲しい。


 そういえば、と一つ疑問が浮上する。


「そういや、ルイちゃんも生理止め的な刻印入れてるの?」

「いえ、してません。私は鳥人だから汎人さんと同じで月一で来ますけど、出るのは血じゃなくて卵だし、痛みも無いからいいかなって」

「ちょっと待ってそこんとこ詳しく教えいや何でも無いです今の聞かなかったことにして」


 産卵するルイちゃんという事実に、思わずオタク心が表に出てしまった。


 だって産卵するルイちゃんですよ!? 産卵する推しですよ!?

 スケベじゃん。


 私の好きな性癖の一つに産卵プレイがある。男性向けで産卵ネタのあるスケベブックを買い漁るくらいに好きだし、何ならたった今生理痛が吹っ飛んだ。

 推しのエッチな情報には体調不良を治す効果がある。今は証明されていないが、いずれ癌にも効くようになる。

 考えてもみてほしい。年端もいかない大人しい系女の子が、産卵の苦しみあるいは快楽に悶え、周囲に聞こえないように必死に声を殺している姿を。紅潮し涙で潤んだその顔を。秘められた乙女の花園から、粘着質な体液と共に現れた異質な卵を。

 ッハァ~~~~~~~~~~~ドスケベですわぁ~~~~~~~~~。

 性癖が捻れている自覚はある。


「あっ、そっか。汎人以外の種族とはあんまり交流なかった、って前に言ってましたっけ」

「そ……そうそう! だから種族ごとの体の作りの違いとかよくわかんなくてねーでもほらちょっとセンシティブな話題だしセクハラになりかねんからちょっと聞きづらくてねーあっはっはっは!」


 流石に「鳥人種って総排泄腔? それとも人間と同じで膣と腸で分かれてる?」なんて口が裂けても聞けない。気になるけど。非っ常~に気になるけど!

 ただえさええっちな目で見ている上に脳内でセクハラおじさんしているのに、言動までそうしたらもう終わりだ。推しに嫌われたら鬱になる自信しかないぞ。

 ただ、私は断じて性的搾取目的でルイちゃんを見ている訳では無いし、この感情は性愛では無い。推しが時に愛でられ、時に愛され、時に幸せに、時に不幸に、そして時にえっちな事をされている推しの姿を余す所無く見たくて、知りたいだけなのだ。


「そうそうそれで刻印してくれる人に知り合いって居ないかな!? 紹介してくれたら助かるんだけども!」


 ボロが出る前に話を逸らすが吉。ルイちゃんが言っていた刻印術師さんとやらを紹介してもらい、この憎き人体のバグを封印してもらおう。


「刻印術師さんは少ないですけど、確かウィーヴェンにも居たはずですから、ジュリアちゃんに聞いてくると良いと思います。そうだ、ジュリアちゃん家の書庫に医学書もあったはずだし、ついでに覗いてみるといいですよ! 種族ごとの違いとか、そこで調べられますから」

「おーいいねぇ! 痛みも無くなったし、仕事が終わったら行ってこようかな」


 流石にそろそろ起きて店に戻らないと、と起き上がろうとしたのだが、ルイちゃんから肩を掴まれてそのまま横にされてしまう。


「今日はもうお仕事禁止です!」

「いやでも痛み引いたし……」

「だーめーでーす! 具合が悪いならちゃんと休んでください。痛みが引いたのは薬のおかげで、体調が良くなったわけじゃないんですからね!」

「それに仕事休みたくないし……お金稼ぎたいし……」

「なら店長命令です! 午後からトワさんはお休みです!」

「そんなぁ!」


 せめて会計役なら、と交渉してみるも、にべもなく断られてしまい、とりつく島も無い。それに推しから「そもそも働き過ぎなんですから、少しくらい休んでください!」と言われては何も言えなかった。


「じゃあジュリア様んとこに行ってこようかな。私図鑑とか見るの好きだし、朝から晩まで書庫に引きこもっちゃいそうだわ」

「んもう、体調不良を放置してのめり込んじゃ駄目ですからね。それに、最近は物騒なんですから、ちゃんと暗くなる前には帰ってきてください」

「はーい。じゃあ準備してくるんで、紹介状書いといてください。ほれヘーゼル起きろ、出かけんぞー」


 ルイちゃんから作ってもらったクッションの上で毛玉になっていたヘーゼルは、私に声をかけられて起きたのか、ぴくんと耳を動かした。が、それだけだった。もう一度「出かけるぞ」と声をかけたら、しぶしぶといった様子でようやく起き上がった。

 確か今日は非番だと以前ジュリアは話していたので、屯所ではなく屋敷の方に向かうため、お抱え薬師であるルイちゃんに紹介状を書いてもらい、道中で郵便局に寄り、即時連絡用の鳩に紹介状を持って行ってもらった。相変わらずの弾丸速度に、またどこかに激突しそうだなぁ、なんて思った。

 本来なら馬車を使うような距離なのだろうが、あんまり無駄遣いもしたくないし、最近運動不足が気になっている事もあって徒歩で行くことにしたのだが、普段そこまで運動をしていないせいか、長時間歩いただけで軽く息が上がり、いくら秋も終わりに近づき肌寒くなってきたとはいえ、薄らと汗ばんだ。

 そろそろ体を鍛えた方が良いんじゃないかい、と道中ヘーゼルから言われてしまった。実際、生活基盤を整えたり、この世界の常識を学ぶ事と仕事に必死で、戦闘訓練は殆どしていなかった。どうせジュリアに会いに行くのだから、ついでに相談してみようと決意した。

 そうして他愛の無い話をしつつ、ジュリアの屋敷に辿り着いた。

 高いフェンスの向こうには、美しく手入れがされている広大な薔薇園のような庭と、その奥に邸宅が佇んでいる。遠目に見てもミニチュア版の城かと思う程で、思わず感嘆のため息が出てしまった。


「相変わらずでっけぇ家だなぁ」

「そうかい? 公爵家にしては小さい屋敷だと思うけど」

「根っからの庶民からしてみりゃあ充分デカすぎんだよ」


 確かにヘーゼルの言う通り、お貴族様のお屋敷にしては小さいのだろう。だが、それは本来この屋敷がローズブレイド家の別荘で、本邸ではないからだと思う。ウィーヴェンはローズブレイド家の領地で、本邸は王都パラディーソにある設定なのだ。

 貴族女性らしい社交が苦手なジュリアは、煌びやかな王都ではなく、都会と田舎の中間程度の発展具合で、国の最終防衛ラインとも言えるこの地に身を置き、騎士として民のために働いているのだ。そのせいで王都の男性貴族の多くから「辺境公」なんて蔑称で呼ばれているが、本人はさほど気にしている様子はない。

 門の呼び鈴の紐を引っ張って音を鳴らすと、近くに待機していたらしいメイドさんが気付いてくれたようで、門まで小走りで来てくれた。


「お待ちしておりました。トワ様でいらっしゃいますね?」

「はい、ルイさんからご紹介にあずかりました、トワと申します。本日はジュリア様に少々お聞きしたいことがあったのですが、現在ジュリア様はご在宅でしょうか?」

「申し訳ございません。先程、屯所の方に向かわれたばかりでして」

「あれ? 今日は確か、騎士のお仕事がお休みだったはずですが」

「ええ。ですが、事件の報告があったようで」

「それなら仕方ありませんね。ではもう一つの用件なのですが、ルイさんからジュリア様の所有する書庫で調べてきて欲しいものがあると言われまして。書庫を貸していただけませんか?」

「ルイ様からのご用件でしたら、喜んで。ご案内しますよ」

「ありがとうございます、失礼します」


 メイドさんに案内され、屋敷の敷地内に入る。道中、顔見知りの使用人とすれ違う度に挨拶をしていたが、数人のメイドが仕事をしながら「ジュリア様は働き過ぎでは?」と話しているのが耳に届いた。

 無言で案内されるのも少々居心地が悪いので、これ幸いにと案内役のメイドさんにこの話題を振ってみることにした。


「ところで、事件というのはどういう?」

「ほら、最近話題のアレですよ」

「ああ、アレですか」


 この世界に来て少ししか経ってないが、そんな私の耳にも届いた、ある事件がある。

 連続殺人事件だ。それも、かなり凄惨な。


「被害者の首が近くの柵や木に刺さっているっていう殺人事件のことですよね」

「ええ、その通りです」


 被害者は剣のようなもので切り裂かれた上で、首を切り落とされ、遺体の近くにある木の枝や柵に飾るように刺さっているのだという。私は現場を実際に見たことは無いが、ルイちゃんの店の客が第一発見者になったこともある。その時私は品出し中で、ルイちゃんとお客さんが話していたのを少しだけ聞いた。

 私がこの世界に来て少し経ったくらいから起こり始めたらしいが、未だ犯人は捕まっていない。それどころか、複数犯か、単独犯かすら分かっていない。

 最近では、日が暮れたら絶対に出歩くな、とルイちゃんとジュリアから毎日のように口酸っぱく言われているし、通りすがりの家族が子供に言い聞かせているのだってよく見かけている。ウィーヴェンの人々の日常生活に影響する程に騒がれている事件だ。


「まるでモズの早贄はやにえですよね」

「もずのはやにえ、とは?」

「あ……ああ、私の故郷に、似たようなことをする、モズという鳥が居るんです。捕らえた獲物を木の枝に串刺しにする習性がありまして、それを『モズの早贄』と言っているんです」

「そのような残酷な鳥が存在するとは……」

「残酷ではありませんよ。越冬のための保存食にしたり、繁殖期に求愛行動をするためのエネルギー源を貯蓄するためだったりと、立派な生存戦略です。まあ……人にはそんな習性ありませんから、人がする分には『残酷』と言えるでしょう」

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