第11話 お仕事したいです!

その日の夕食の後、私はレイにあるお願いをするため時間を取ってもらい、この屋敷の書斎にいた。

大きな窓には深緑のカーテンが掛けられ、窓を背に大きな机とその前に同じ深緑のソファと、濃い木彫のテーブルが置かれているほかには本棚が一つあるくらいで、重厚で落ち着いた雰囲気だ。


レイは執務用の大きな机に両肘をついて、組んだ手の上に顎をのせている。

うわあ~、上司だ。

何かを計るかのように私の顔を見ていた。胡散臭そうに見る目で、と付け加えておこう。


そんな彼の前に私は立っている。

これって、完璧上司と部下の図ですよね。

内心つっこみつつ、ふと、この間まで働いていた派遣を思い出した。


「つまり、ミツキは働きたいのか?」

「はい」

「なぜ」

「えっと、さきほども言いましたけど、タダで泊めて頂いてるのに、その上食事まで出して頂いちゃっていて、ほんとに申し訳ないので、ほんの少しの足しにしかならないかもですが、せめてその分労働でお返しできたらと思って」


「アンタは客人だ。この家にいることを何も気にする必要はないし、毎日のんびりしていてくれればいい。誰か家の者をつけてくれれば、街へ遊びに行ってくれてもいい」

彼はほとんど表情を変えず淡々と言う。

そうは言われても、私もここは引きたくない。


「お客様というのも心苦しくて。だって、私のせいで聖女様も来れなくなってしまったし、ただのらりくらりと二週間過ごさせて貰うのは、ほんと申し訳なさすぎて」

「あんたが気にすることじゃない。あれは俺が…」

「いえ!レイは悪くないです」


あ、……強めに食い気味で言っちゃった。

彼も少し目を丸くして驚いてる。


「あ、あの、すみません」

私は小さな声で謝った。

「なんで謝る?」

「ちょっと強めに言っちゃったので」


レイは小さく溜息をついた。

組んでいた手をほどき、今度は右手で頬杖をつくと、さっきよりは少し柔らかい表情で言った。


「あんたはいつも謝ってるんだな」

「え」

「いや、別にいい。こっちの話だ」

「?」


よくわからないけど、レイには何か思うことがあるのかも知れない。


私が彼に言われたことを不思議に思っていると、レイは先程よりは柔らかく言った。

「ミツキはほんとに気にしないでいい。貴族の姫はほとんどお茶してお喋りしてるか、散歩が日課なんだ。ああ、買い物もあるな」


うわ、言い方……。毒、含んでます。

あなた、貴族の姫君たちに嫌われてないですか?

古書店のイケメン眼鏡男子と同一人物とは思えない。


「あの、私、一応、貴族の姫ではないので。一般庶民ですから。花園家の家訓は“働かざる者は食うべからず”、なので。どうか働かせてください」

それは、本当だ。ママはいつも明るく笑いながら、そう言って子供の頃の私をお手伝いに誘っていた。


「“働かざる者は食う…く?”」

「食うべからず、です」

「どういう意味だ?」

「“食べた分は働け”です」


つまり、そういうことよね。


「なるほど」

「俺もそう思うときがある」

「え?」

レイは口元をあげ、ニヤリと笑った。


あれ?なんか、ちょっと嬉しそう?


へえ~。いたずらっ子のような、そんな顔もするんだ。

いかにも本が似合う爽やかなイケメン眼鏡男子の顔か、クールでぶっきらぼうな感じのする仏頂面の顔しか知らないから、意外だった。


レイファンっていったいどんな人なのか、まだよく解らないけど、もしかして、超人見知りしたりする?


「俺も、もともと子供の頃は一般庶民として育ったんだ」

あ、マリアンヌがお茶会で言ってたっけ。

9歳まではお母さんと二人で暮らしてたって。

お父さまが町で見つけたって言ってたから、ここに来るまで町でお母さんと二人で暮らしてたんだね。


「だからミツキが申し訳なく思って、働きたいと言うのも分かる」


レイももしかしてこの家に来た頃、同じ気持ちだったのかな。

ここに居てもいいのかな、自分がこの場所に居てもいい理由が欲しい。

いまの私のように、そんなふうに思っていたのだろうか。


「私、掃除でも買い出しでも、何でもします。だから、仕事をください」


私は身体を半分に折り、頭を深々と下げて、お願いしますともう一度言った。


ため息をつくのが聞こえて、彼が言った。

「……わかった」

「!っじゃあ……」

私がそう言うのと同時に顔をあげると、いつものクールな表情の彼だった。


「ちょうどルーセルからもミツキを城へと提案されていた」

「お城?」

「ああ。だから俺と一緒に城へあがるようにしよう。城ならなんなりと仕事も山のようにあるだろうしな」

(え……山のように?)


いやいや、ちょっと待って!?

そこまで仕事をガツガツしたいわけではないんですけどっ……なんて、今さら言えるわけもなく。

少し撤回したい気持ちでいっぱいだった。


「その前に条件がある」

「条件、ですか」

レイがスッと視線を横に外す。

「その、明日町へ行き、自分のサイズに合う服を買ってくること」


思わず条件反射的に、、胸元を抑えてしまった。

ええっ!?

そんなに急を要するほど、胸元ゆるゆるがばがばですか!?

なんとも腑に落ちない条件と引き換えに、私は仕事をさせて貰えることになった。



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