第10話 秘密のお茶会
庭は緑にあふれていて、様々な彩りの花々が綺麗に咲いていた。ランドルフ家は草木や大地の加護を受けている家系だから、庭園も緑豊かで草花も綺麗によく育つのだと教えてくれた。
この国は私達の世界とは違って、魔法や異能があるっていうから、マリアンヌも何か力をもっているのだろうか。
私がふと気になっていると、表情に出ていたのかマリアンヌがふふっと小さく笑って、私はね、大したことは出来ないのだけど、とそう言って、両の手のひらで蕾を作るように合わせると、パッと花が開くように開いた。すると、そこから綺麗な花びらがフラワーシャワーのように飛び出して、キラキラ光の粒と一緒に舞う。
「わあ、綺麗!」
マリアンヌさんらしく可愛らしい。
「あとは、これね」
近くのチューリップに手をかざすと、チューリップが楽しげにゆらゆら揺れた。あ、なんかこんな玩具あった。ダンシングフラワーだっけ。
「あまり役には立たなくて」
「でも、私は好きです!優しくて、とても幸せな気持ちになります」
「ふふ、ありがとう。子どもたちも喜んでくれるから、まあ良かったのかしらって思うわ」
マリアンヌがそう言ったとき、キラキラと嬉しそうに花壇に咲くチューリップの中に、小さな小さな女の子が見えた。手のひらくらいの大きさの妖精。
私が驚かないのは、実は子どもの頃に見えてたから。普通の人には見えないものだって知ったのは小学校入ってからで、幼い頃は大抵の人は見えるんだと思ってた。お蔭で気味が悪いといじめられたこともあって、お友達つきあいが難しい時代があった。
見えてしまうことが嫌で、いつの間にか見ないように意識しないようになっていたけれど、この世界に来たからかな、久しぶりに見てしまった。
子どもの頃のことは私の幻覚か勘違いだったのかなって思っていたけれど、やっぱり今もはっきり見えてる。
赤い服を着た妖精の女の子とも、ばっちり目があっていて、大きな口を開けて笑ってる。
「ミツキ?」
マリアンヌに名前を呼ばれてハッとする。
「あ、お誕生パーティーにも最高ですよね!」
なんとなく、妖精が見えることは、やっぱり触れないでおくことにした。
妖精とは目が合っていません、というふうに、すうっと妖精から目をそらす。
「そうなの!」
とマリアンヌは嬉しそうに両手をパチンと合わせた。そして、当主であるレイはもっとすごい力を持っているということを教えてくれた。
なんかあの無表情だし、怖そうだな……。
天気もよく気持ちの良い庭でのお茶会には、そこにはマリアンヌと私しかいなかった。
先に話し始めたのは、マリアンヌのほうからだった。
「ねえ、ミツキ。私とレイは家族だけど、血は繋がっていないの」
私が気になっていたことを、いきなり話し始めたので驚いた。
顔に出てたのかな!?いや、そんなことはないよね。
なるべく平静を装いながら聞く。
「レイはね、私の亡くなった夫と別の女性との間に生まれた子なの」
「え?」
「私と夫は政略結婚で私が幼い頃にすでに決まっていたの。でも、夫は決して結ばれてはいけない
「そんな……」
マリアンヌは寂しそうな笑みを少しだけ口元に浮かべていた。
「そのあと、夫と私が結婚してしばらく経っても子供が出来なかった。そんなとき、夫がレイとその女性を町で見つけたの。でもね、レイのお母さまはそのときには病に侵されていてね、死が近いことがわかってしまった。私達には子供がいなかったからレイを引き取ることにしたの。彼が9歳のときだったわ」
なぜ、私にこんな話を彼女がするのかわからなかったけど、私はレイのことをもっと知りたいと思った。
「レイのお母様は、グラディアス家の姫君だったの。この国でランドルフ家とグラディアス家は王家の次に力を二分するほどの大貴族で、この両家が婚姻関係を結べば王家の脅威ともなるし、当時は両家の仲もとくに悪かったから、そんな2つの家が結びつくことはあり得なかった。だから二人 の恋は秘密だったの」
まるでロミオとジュリエット……
「でもねお母様が隠したかったのには、もう一つ理由があるの。この国で有力な貴族にはそれぞれ特化した能力があることを知ってるかしら」
「……いいえ」
「ランドルフ家は草木の緑や大地の加護を受けるように風に関係する力も持っていて、その力が強いものが当主に選ばれる。大抵は直系の者が多いのだけれど」
「じゃあ、もしかしてレイのお母様も……」
「ええ、そう。彼女もまた直系の姫で、グラディアス家の力を持っていたんだと思うわ。それぞれ違う特殊能力を強く持った者同士の子供って、どうなるかしら」
考えたら怖い。幼い子どもならなおさらだ。
マリアンヌは私の考えを肯定するように、こくりと頷いた。レイのお母さんは、レイを守りたかったんだ。
「利用しようとする者、脅威に感じる者、それぞれだと思うわ」
「レイの力は……」
「それはわからない。本人がほとんど使おうとしないから」
きっとレイも知られたくなくて、隠してるんだ。
「レイのお母様が誰なのかは、ごく一部の者しか知らないの。今は私と筆頭執事のジェイムズだけ。グラディアス家にも薄々気づいてる者もいるのでしょうけど、確信がないから。今はランドルフ家の当主だから、周りも下手に何も出来ないんだと思うわ」
マリアンヌはなんてことのない茶飲み話をするように何でもない顔をしながら、紅茶の入ったカップに口をつける。
「あの……そんな大切な話を、なぜ私に?」
「ん?貴方は聞いても人に言ったりしないでしょう?」
マリアンヌは小首をかしげて、にっこりと笑った。
か、可愛い……
「ん、まあ、そうですね。この国に知り合いもいませんし」
「レイがね、家族以外の
「そう、なんですか?」
「ええ。貴方のことが放っておけなかったのでしょうね」
え?
そうなのかな?
そんなふうに言われちゃったら、嬉しく思っちゃうかも。
「彼が9歳のときに初めて出会ったあの日から、レイは私にとっては大切な弟なの。今もそれは変わらない」
弟?
昨夜のハグをして挨拶をする二人の光景が脳裏に蘇る。
姉弟?そんなふうには見えなかったけど。
もしかして、レイはそうは思っていないのかもしれない。
ふと、そんなことを思った。
「レイは私たち家族や家の者たちを守るために、当主として頑張ってくれてる。それは、彼の血から逃れられないことなんだけれど、私は彼にもレイ自身の時間を生きてほしいの」
「彼の、時間?」
「ええ」
マリアンヌは小さく溜息をついて、手元のカップに入った紅茶に視線を落とした。
「きっと、レイはこの家と私たち家族を守ろうと、それだけで今はここにいる。キースが家督を継げる年齢になったら、当主はキースに譲るつもりで、それまでは自分が守るって思ってるんだと思うの。でもね、ミツキ。私はレイにも自分のことを大切にして、自分のために生きて欲しいって思ってる」
彼女が本当に彼のことを心配していることが伝わってくる。人がどう生きようと自由だと言うかも知れない。けれど、彼女の気持ちもよく分かる。
「レイには、このことは……」
「ええ、何度か。でも彼は、わかった、大丈夫だ、ってそればかりでただ笑うだけ。私が言ってもダメなの」
それは、彼女もレイが守りたい人だから……
「難しいですね」
「でもね、ミツキなら彼を変えられるかも知れない」
「ええ!?そんなの無理ですよ」
「ええ、もちろん、無理にとは言わない。ただ、あなたと一緒に過ごすことで、何かが変わるかも知れないって、そう思ったの。ミツキとレイ、少し似ているところがあるわ」
「え……そうですかぁ」
あ、露骨にトーンダウンしちゃったかな。マリアンヌがクスクス笑う。
私、あんな仏頂面してるかな。つい両手で頬を触ってしまう。
「ふふっ、子供の頃のあの子にね」
私とマリアンヌは誰もいないのどかな庭で、二人だけの秘密のお茶会をその後もしばらく楽しんだ。
午後からは勉強も終わった妹弟たちと庭で遊び、久しぶりに全力で遊んだから、くたくたになった頃、仕事から戻ってきたレイの姿が見えた。
気づかなかったのだけど、彼は離れたところから、私たちが遊ぶ様子を少し前から見ていたようだった。
「わあい、お帰りなさぁい!」
駆け寄る子どもたちに合わせて、私も子どものように
「おかえりなさい!」
て、つい元気に笑顔で言ってしまった。
レイは少し驚いたようだったけど、そこはさらりと流してくれた。
「子ども達と遊んでくれてたのか」
「あ、ううん。私が遊んでもらったの。この国のいろんな遊びを教えてもらって楽しかったわ」
「そうか、それは良かっ……た、」
て、最後まで言い終わらないうちに、彼はすっと後ろを向き、何やら手の甲で口元を隠してる。
え?笑ってる?
なんで?
と、不思議に思ったら、全力で遊んだお陰で少しだけ大きめだった胸元が更に緩んでしまって、むなしくドレスと胸元の間に空間が出来ていた。
「明日、仕立て屋を呼ぼう」
ほんのり彼の耳が赤くなって、肩が揺れている。
ちょっと、今、胸元見て笑ったでしょ!?
絶対そうですよねぇ!?
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