第3話 古書店のイケメン眼鏡男子

わ、わ、わたしっ!大丈夫!?

ちゃんと生きてるかなぁ!?


飛び込んできたのは、深い湖の底のような濃いコバルトブルーの瞳。


私は、顔面偏差値ハイスペックな彼の顔から眼が離せなかった。

ヘビに睨まれたカエル?いや、違うな。

語彙力、語彙力の崩壊っ!


私の頭の中で、腐女子な私が大パニックを起こしていた。


至近距離で見てはいけないレベルのイケメンなのに、さらに眼鏡だなんてっ。

眼鏡フェチの私には破壊力がヤバすぎた……


アッシュグレーのサラサラの前髪に、くっきり二重に涼し気な目元。緩やかに綺麗な頬のライン。


そして、この後ろからのハグっ!

(正しくはハグじゃないけど、どうでもいいっ!)

本を取ろうとして、取れなくって、お取りしましょうか?って後ろから指が重なるって、このシチュエーション!

憧れるし夢だったけど。

でも、実際こんなこと起こってしまったら。


呼吸が出来ないので、自分ではなく、どなたか他の方でお願いしたいです。

それをひっそり見せてください。

あぁ……もう、無理。


驚きすぎなのと、イケメン眼鏡男子の至近距離に息が出来なくて。

この間、私の呼吸と時間は止まっていたけれど、彼の時間はごく普通に動いていたようだ。


当たり前なんだけど。


彼は、本棚から抜いた本を私に差し出し、ふわりと微笑んだ。


「どうぞ」


綺麗な瞳と筋の通った鼻筋、白い滑らかな肌をしている。完璧。

外国人かハーフかな。

アジア系でも髪にカラーとかカラコンとか普通にしてるとわからないよね。

アイドルかモデル、または都会のお洒落なお兄さん的な感じにも見える。


ようやくガン見している自分に気づいてハッとした私は、かあっと頬に熱があつまるのを感じた。慌てて彼から視線を逸らす。

うわあ、やばい女って思われたかな。

ついイケメンを見たら細かくパーツを分析してしまうのは、腐女子の性なので許して欲しい。すみません……


「あ、ありがとう、ごさいます」


消え入りそうな声で、やっとの思いでお礼を告げた。でも声量なさすぎて、ささやきになってしまった気がする。

彼の視線が恥ずかしすぎて、俯いて小さくなりながら、私に向かって差し出された本に手を伸ばした。


え?

……あれ?


白く、ない?


見間違いだったのかな。

内心動揺しながら、本を受け取る。それは、先程見ていた白く綺麗に輝く本ではなかった。


もう一度本棚を振り向く。不思議だった。そこには、確かにさっきまで白い本があったことを示す一冊分の空間が空いていた。

彼が取ってくれた本であることは間違いないはず。

でも、いま、自分の中にあるのは、ごく普通の黒っぽい古びた表紙の本だ。


タイトルもどこかの外国語なのか英語でもフランス語でもない、アラビア語のような形をした文字でまったく読めない。


どうしよう、せっかく取って貰ったのに。見間違えた、のかな……

なんて言えばいいのだろう。

どうしたものか悩んで黙ったままでいる私に、イケメン眼鏡男子も少し困惑気味だ。

きっと、困らせてるよね……


「それ」


「え?」


「その表紙、お客様にはどんな風に見えますか?」


どういう意味?

疑問に思い、イケメン眼鏡の店員さんの顔を見る。

彼は、眼鏡の向こうから何か答えを探るかのように、じっと私の顔を見つめている。そして、ゆっくりと問う。


「この本は見る人によって見え方が変わるのですよ。お客様にはどんな風に見えているのでしょうか」


私は困って俯いた。さっきまでは綺麗な白に輝いて見えたけれど、もしかしてあれは夢か何かで、きっと間違いだったに違いない。


「さっきは綺麗な白に見えたのですけど……」

自信がなくて、小さな声になる。


「白?」

彼が不思議そうに繰り返しす。白も、違ったのかな。

自分には輝く純白よりも、この黒く古びた表紙のほうがお似合いだと、そんな事をぼんやりと思った。


「……黒、です」

「え?」

「古びた、黒に見えます」


彼も予想外の答えだったのだろう。

返す言葉に困った様子で、さっきよりも困惑している。古びた黒に見えているのは、私だから?

ふと、そんなことを思った。


「ごめんなさい。思ってたのと違ってました」

少し早口にそう言って、せっかく取って貰った本だけれど、彼に突き返すようにしてしまった。


「取って頂いたのに、すみません」

「あ、いや……」

彼がそっと本を受け取り、気まずい空気が二人の間に流れた。


そう言えば、おじいちゃん、どうしたんだろう。

幼い頃から店主のことは、実のおじいちゃんのように付き合ってきたけれど、美月が知らない間に留守をするってことは今までになかった。

3日前に来た時は、何も言ってなかったのに。

おじいちゃんに何かあったのだろうか。

急に不安がよぎる。


「あの、おじいちゃんは?」

「おじいちゃん?」

「……店主の」

「あ、ああ!店主のお知り合いでしたか。ワタシは遠い親戚の者です。ちょっと勉強にこの国に来たのです。せっかくなので、彼はいま旅行に行ってるのですよ」


この国に来た…ってことは、外国の人なんだね。

「そう、ですか」


また会話が途切れて、沈黙が流れる。うっ、気まずい……

この場を立ち去るキッカケを逃した足は動いてくれなかった。

そのとき、「あ、」と空気を変えてくれたのは彼のほうだった。


「なんだかいい匂いがしますね!」

「え?」

「美味しそうな。ワタシ初めての匂いです」

「あ」


彼の言う美味しそうな匂いが、なんなのか、すぐにわかった。

自分の手元を見ると、コロッケの白いビニル袋が目に映った。


「コロッケ」

「コロケ?」

「これ、そこの商店街のお肉屋さんのなんです、肉のおおのっていうんですけど、すっごく美味しいんです。あ、もし良かったらどうぞ!ちょうどこれ、おまけに頂いたので!」


私は勢いよく一気にそう言うと、ビニルの袋からコロッケが2コ入った透明のパックを取り出して、目の前に立つ顔面偏差値高すぎなイケメン眼鏡男子に押し付けるように手渡した。まだ温かい。


そして、あっけに取られてコロッケのパックを両手に立ちつくす超絶イケメンな彼をあとに、それじゃ!と吐き捨てるように言い残し、て身を翻し逃げるように私は古書店を飛び出して家路についたのだった。


あとで考えると、古本の中にコロッケを手にぽつんと立ち尽くす超絶イケメン眼鏡のお兄さん、ちょっと想像すると笑っちゃうけど、いやいや、その状態でほっていかれても、きっと何なんだぁ!?てなったよね。


しかも、彼は「コロッケ」ではなく「コロケ」と言っていた。

外国の人なのに、訂正してあげなかったから、彼は今後も「コロケ」と思っちゃうじゃない。そこは、ちゃんと訂正して正しい言葉を教えてあげておくべきだったな。


はぁ……いろいろ反省する。

なんで、私はいつもこう上手く出来ないのだろう。


その夜は悶々として、なかなか寝付けなかった。

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