第9話 地獄には段階がある5

 どうやら藻久の最低具合が俺の実感よりさらに何段階か下だったらしく、流石にそれは、と、俺に難癖をつけて集団でボコろうとしていたとは思えない程理性的に判断してくれたらしい。

 まぁ、俺が彼らの執着している「莉緒様」ことツリ目女子に自分から近づく気が皆無であり、ツリ目女子が俺の事を気にしたというのはそれを伝えたもっとダメな奴がいたからだ、という前提が理解されてこその事だが。

 ここまで頭から血の気が抜ければあとは何とかなる。と、判断した菅池によって俺は穏便にその道場を後にして、道場と学校で体力づくりキャンペーンをしているからそれを口実にしろと藻久への言い訳をお土産に持たされ、一度学校に戻ってから帰る事になった。


「……あー良かった。バレなくて」


 大家の文句を聞き流し、自分の部屋の、結界が張ってある部屋に戻ってようやく息を吐く。ストーカーみたいな頭の中身が全く分からない奴は、どんな行動でどこの地雷が発動するか分からないからな。地雷原を強制的に歩かされるようなもんだ。

 しかもあのストーカー、しっかり武装している。「トイ・ダンジョン」の攻略に人間が武装する必要はないんだが、ドローンの武装を人間用に改造する事は出来るからな。もちろん違法だから、監視カメラにでも映れば一発でアウトだ。

 それを映さないように、ちゃんと隠して映らないように監視カメラの場所を気にするという慎重さだ。そういう風に気を回せるなら、もっと先に気を回すべきところがあるだろって話なんだが。


「まぁそれに気付けるなら、そもそもあーなってないか」


 っていう事だよな。問題は、出来るだけ関わりたくないし、関わらないぐらいしか対策できない相手が、向こうから突っ込んでくるって事なんだが。

 こっちは何もしてないか、ほとんどの偶然とちょっとした誤解でここまでボコボコにされる以上、取れる対策は相手を叩き潰すしかない。こういう人の形をした災害は絶対に逆恨みするから、反撃する力までしっかり刈り取っておかないと。

 そういうのが複数同時に出てきたから更に話がややこしくなったんだよな。何しろあいつらは殴っている相手の変化には意外と敏感だ。そして変化の元になるのが「複数人から攻撃されている状態」なんだから、攻撃者が減ったらそれを変化として感じ取る。


「その結果何するか分からんから、全部いっぺんに何とかしなきゃいけない……やっぱ面倒だな」


 当たり前だが、相手の数が多く、なおかつ全員に気付かれないように何かをしようと思ったら、時間がかかる。そして時間がかかったら、それだけ攻撃される期間は長くなる。期間が長くなると、奪われるものの総量が増えていく。

 奪われるものは少ない方がいい。そんな事は分かっている。でもここで時間をかけないと、後で痛い目を見るのは俺だ。叩いた後の被害を小さくあるいはゼロにしようと思ったら、ここで叩いておくしかない。

 手を抜く訳にはいかない。逆恨みするという発想すら出なくなるまで。少なくとも俺か、俺が認知できる範囲に手を出したら酷い目に遭うと思い知るまで。罠にかかった野生動物が、人間の生活圏そのものから逃げ出すように。


「あとは、手を抜いたら痛い目に合うのは俺だけど、手を抜くかどうか決めるのはそういう対応が出来る他人だっていうのがなー」


 本来はここで、親を頼るべきなんだろうが、な。

 ……正義感より、そういうバカとか狂人を法律でガチガチに縛りあげたいとか、屈辱だったり絶望する顔を見たい、とかいう理由の方が信じられるって時点で俺も大概だっていう自覚はある。

 まぁでも、カツアゲされ始めてから半年、そこから味方を見つけるのに更に半年。主にガードの硬いストーカーのガードが固いせいで。その辺の感覚はちゃんとしてるのに何故……?


「それが恋だというのなら、一生恋なんてしなくていい、みたいな歌があった気がする」


 実際は恋でも愛でもなく、執着って言うんだろうけどな。

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