第21話 悪役貴族、聖女から秘密を打ち明けられる

 司祭と雇用対策について話し合った後、俺は一度貧民街を出て近場の商会を何件か回った。


 ユークラッド家の印章を示しながら、失踪少女の情報を集めつつ、ついでに雇用問題への協力を頼んでみる。

 やはりと言うべきか、失踪少女の情報も得られず、雇用問題についても協力を得るのは難航した。

 それでも一件だけ助力を申し出てくれた商会が見つかり、俺は少しだけ軽い足取りで教会に戻った。


 日が暮れ始めた教会の前では、エリスとサディアが炊き出しを行っていた。

 整然と列を成す住民達に、エリスは笑顔で食事を配っている。提供している食事はパンとスープで、スープの方は教会の厨房で作ったものらしかった。

 食事をもらった住民は、地べたに座って美味そうに食事を頬張っている。列に並んだ者たちも、飢えているとはいえ教会の前で食事の奪い合いを始めるほど不信心ではないらしい。

 よく見ると、教会の子ども達も炊き出しの作業を手伝っていた。何人かの子どもが食事中の住民に声をかけているのは、失踪したケイトとジェナの消息について聞き込みをしているのだろう。


 俺は彼らの様子を眺めてから、礼拝堂に入った。

 礼拝堂に待っていた司祭は、明るい表情で俺を出迎えてくれた。


「お戻りになられましたか、ゼオン様!」

「何かあったんですか?」

「炊き出しのおかげで、貧民街の住民達がケイトとジェナの捜索を手伝ってくれるそうです! ゼオン様、本当にありがとうございますっ!」


 司祭が俺の両手を握って感謝を告げるが、俺は正直複雑な思いだった。

 この称賛は本来俺に向けられるべきものではなく、ジークが浴びるべきものだ。それを俺が受けるのは、人の手柄を横取りしているようでどうにも落ち着かない気分になる。

 俺は司祭の感謝を受け流すと、商会を回った成果を報告した。


「残念ですが、商会のほうではケイトとジェナの情報は得られませんでした。代わりに、雇用問題は少し進展しそうです」

「本当ですか?」

知己ちきの商会の一つが、馬車やワイバーン便への荷詰みの人手が足りていないようなので、貧民街の雇用枠を用意してもらいました。報酬は通常より二割減になりますが、働き次第では報酬アップも考えるとのことです。信頼できる力自慢を見繕みつくろって、送り込んでやってください」

「あぁ……ゼオン様、あなたはこの貧民街に降り立った御使みつかいです。これできっと、貧民街の住民達によき風が吹くことでしょう」


 司祭が俺の両手を握ったまま、感激したようにこうべを垂れる。

 俺はやんわりと司祭の手から逃れると、彼女の感激をなだめつつ話題をそらす。


「大げさですよ。それに、肝心のケイトとジェナについては情報を得られませんでしたし……そう言えば、ジーク達はまだ戻らないんですか?」

「はい。闇市のほうで聞き込みをされているので、少し心配ですね」

「ロレインがいれば、危険なことになる前にちゃんと退くでしょう。二人が帰ってくるまで、俺は表の炊き出しでも手伝ってきますね」


 俺はそそくさと司祭の元から立ち去ろうとするが、彼女に腕をつかまれて立ち止まった。

 猛烈に嫌な予感を覚えながら、仕方なく司祭に向き直る。


「あの、何か……?」

「実は、ゼオン様に折り入ってお話したいことがあるのです」

「はぁ……俺みたいな半人前の小僧に、一体何を?」

「エリスの特別な才能についてです」


 ……やっぱりか。

 俺は盛大に溜息を漏らしそうになるのをこらえて、司祭の言葉を止めにかかった。


「すみません。いくら司祭様と言えど、勝手に人の秘密を口にするのは……」

「いいえ、これは是非とも聞いていただかねばなりません。あなた様こそ、エリスの才能と宿命を託すべき方とお見受けいたしました」

「ですから、それは彼女自身が決めるべきことで……」

「あ、あのぉ……」


 後ろから声をかけられ、俺は一層頭を抱えたくなった。

 振り向くと、やはりそこにはエリスとサディアが立っていた。恐らく、炊き出しの作業を他の子ども達と代わってもらったのだろう。

 エリスは少し気恥ずかしそうに目を泳がせながら、こちらに歩み寄ってくる。


「私も司祭様と同じ思いです。ゼオンさん達にも、私の大事な秘密を知っていただくべきだと感じました」

「いや、それは一時の気の迷いで」

「そんなことはありませんっ! ゼオンさんはこの貧民街に光を与えてくださった、私にとっての救世主様なんですっ」


 エリスに熱弁され、俺はいい加減観念するしかないと悟った。

 …………このイベントも、本来ジークが通過すべきイベントだというのに、俺は一体何をしているんだ……?

 いつの間にかサディアが隣に立っており、俺のことを横から見上げてくる。


「随分な慕われようですね、ゼオン様。貧民街ここでなら神様を名乗れるんじゃないですか?」

「……そんな不敬なことしないって」


 俺とサディアの軽口をよそに、エリスは制服とシャツのボタンを外して胸元をはだけてみせた。

 下着に包まれた豊かな胸があらわになるが、俺は彼女の谷間よりも別のものに目を奪われていた。

 左胸の下着に覆われていない部分に、開かれた眼の形をしたあざがある。それほど大きな痣ではないが、それがどういう意味を持つのか俺は知っていた。


 俺の知識を裏付けるように、エリスが口を開く。


「これは私に『予知』のスキルを与える聖痕。つまり、私は――俗に言うところの、聖女なんです」

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