第22話 悪役貴族、聖女の過去を知る

 ヴォーダン聖教国は、聖痕を持つ人間を聖人、及び聖女として厳重に管理している。

 聖痕がもたらす恩恵はあまりに絶大であり、その力を戦争や政争、個人の利益のために使うことは、聖痕を授けた神の意思に反するから……という建前だが、実際はヴォーダン聖教国自身が、聖痕の力を独占したいからだとも言われている。

 実際、聖教国には絶大な聖痕の力を振るう八聖人はちせいじんなる連中がおり、彼らの存在が聖教国を難攻不落の土地にしている。

 ……まぁ、結局八聖人は『ミズガルズ・サーガ』に出てこなかったので、どんな連中なのかは俺も知らないんだが。


 そんなわけで、本来聖痕を持つ人間はヴォーダン聖教国に移送されるべきなのだが、まれにエリスのように聖痕を持った人間が市井しせいで見つかることがある。

 大した能力ではないので聖教国から聖痕の認定を受けなかったり、生まれ育った土地を離れたくなくて聖痕の存在を隠匿していたり……事情は様々だが、エリスの場合は明確に後者だった。


 エリスは頬を朱に染め、俺に胸元の聖痕を晒しながら続ける。


「聖痕の存在に気づいたのは、私が十歳の時でした。突然胸にあざができて、何かの病気じゃないかと思って司祭様に診てもらったら、これが聖痕だとわかったんです」


 そこまで言ってから、エリスはシャツのボタンを閉め直した。


「司祭様は私に二つの選択肢をくださいました。教義に従い聖教国に行くか、この場所で生きていきたいか。私は、自分を守り育ててくれたこの場所を、今度は守る側になりたいと答えました」

「それで、聖教国には行かなかったのか」

「はい。私の全身全霊をもって、司祭様と貧民街に恩返しがしたかったので」


 答える彼女の眼差しには、教義に逆らう背信者のやましさは微塵も見当たらなかった。

 彼女は確固たる信念を持って、聖痕を隠して生きる道を選んだ。その気高い意思を、俺なんかがどうこう言える筋合いではなかった。

 代わりに、俺は別のことを尋ねる。


「……それで、君は俺に何を期待しているんだ? 俺には、君が思ってるほどの力はないかもしれないぞ?」

「私がゼオンさんに何かを求めることはありません。今のままのゼオンさんでいてくだされば、私はあなたをサポートすることで、この場所を守れると確信があるんです」

「それが間違っていたら?」

「それはありえません。これは私の『予知』が見た未来ですから」


 エリスは胸に手を当て、誇らしげに言った。


「私の『予知』は、まだはっきりとした未来が見えるわけではありません。ただ、自分のした選択が正しいかどうか、自分のいる場所が安全かどうかなど、漠然とした未来の感触を得られる程度です。

 ですが……そのは、ゼオンさんとともに在ることで強く反応し続けています。もちろん、いいほうの反応ですよ?」


 ……『予知』を引き合いに出されちゃ、これ以上何も言えないな。

 やはり、貧民街の支援を買って出るなんて出しゃばりすぎたか。

 悪役に回らず、ただのモブでいたいだけだというのに、まさか聖女の秘密を打ち明けられる立場になってしまうとは……


 自分のバカさ加減を嘆いていると、礼拝堂の扉が開いた。

 中に入ってきたのは、ジークとロレイン、そして――何故かはわからないが、カティナ先生だった。

 ジークとロレインは俺達の元まで駆け寄ると、興奮した様子で一斉に話し始める。


「ゼオン、サディア、エリス、司祭様! 全員揃ってるなっ!?」

「ジェナの居場所がわかりましたわっ!」

「本当ですかっ!?」


 司祭とエリスがジーク達の話に食いつく。

 ジークはうなずいた後、ゆっくりこちらに歩み寄ってくるカティア先生を指し示した。


「あぁ! カティナ先生が、ちょうどジェナが連れ去られていくところを見たらしい」

「カティナ先生が……?」


 俺が怪訝に思って問い返すと、カティナ先生が鷹揚にうなずいた。


「ええ。魔法学院の教師はよく、闇市や違法賭博場に生徒が立ち入っていないかチェックするために、貧民街の東地区を巡回しているんですよ。ついでに、指名手配犯を見つけたら小遣い稼ぎにもなりますからね」


 指名手配犯の捕獲を小遣い稼ぎ扱いかよ。さすが、元宮廷魔法師ともなるとスケールが違うな。


「私が見たのは、ジェナさんが賊と思しき男に手を引かれて歩いているところでした。闇市で遠目で見ただけなので、その時はただの親子だと思って気に留めなかったのですが……なんとなく違和感があったので、覚えていたんです。

 ですが……その後、指名手配書を見て気づきました。手を引いていた男が、犯罪組織『血霧ちぎりの旅団』の幹部だと」

「『血霧の旅団』!? それは本当ですかっ? 貧民街で幅を効かせている犯罪組織の中でも、三本の指に入る危険な連中ですよ!?」


 司祭が顔を青ざめさせるが、俺はさほどショックは受けていなかった。むしろ誘拐犯が原作と同じで安心したくらいだ。

 俺の思惑をよそに、ロレインはジェナの救出計画について議論を始める。


「ケイトがジェナの足跡そくせき辿たどっていったなら、彼女も『血霧の旅団』の網にかかって誘拐されたと想定したほうがいいでしょう。おそらく、連中の事務所――貧民街最大の違法賭博場に監禁されているはずですわ」

「そんな……あの子達が奴隷として売られる前に、早く助けに行かないとっ!」

「落ち着いてください、エリスさん。真正面から戦いを挑んでも、数の差でこちらが不利です。ここはきちんと作戦を立てないと」


 サディアになだめられ、エリスは深呼吸して少しだけ冷静さを取り戻す。

 だがやはり焦りは拭えないようで、落ち着かない様子でしきりに指を組み直していた。


 ……乗りかかった船だ。ここまで来たら、俺が原作通りの作戦を提案するか。

 俺が口を開きかけた瞬間――さえぎるようにカティナ先生が口を開き、全員の視線が彼女に集まった。


「私に策があります。聞いてもらえますか?」

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