第20話 悪役貴族、貧民街の再生を考える

 俺達は一度教会に戻ると、食堂に直行した。

 エリスは困惑を隠そうともせず、俺に尋ねてくる。


「あ、あの……ゼオンさん、一体何をなさるおつもりなんですか……?」

「居住区の住民に食事を振る舞おうかと思ってな」


 言って、俺は財布から金貨を何枚か取り出す。

 金貨は一枚で十万円相当の通貨価値があるはずなので、このくらいあれば事足りるだろう。

 迷宮での騒動で金貨二十枚ほどの褒賞をもらったので、この程度の散財は大して痛くもない。


「俺が食材費を出す。それで彼らに飯を食わせてやってくれ。それで少しは口も軽くなるだろう」

「な、なるほどっ」

「サディア、悪いがエリスと一緒に準備を頼む」

「かしこまりました」


 そう言ってうなずくサディアの目には、誇らしげな色が滲んでいるように見えた。

 気のせいかもしれないが、彼女が誇りに思えるような指示を出せたのだとしたら、俺にとっても嬉しいことだ。


 そちらの準備は二人に任せて、俺は礼拝堂にいる司祭の元に向かった。


「相談したいことがあるんですが、構いませんか?」

「こんな老いぼれでよければ、なんなりと」

「貧民街に雇用を生み出したいのですが、いい方法はありませんか?」


 思っていたことを単刀直入にぶつけると、司祭はきょをつかれたように目を丸くした。


「それはまた……途方もないことを考えますね」

「食事を一度振る舞った程度で、彼らの人生が変わるわけがないですからね。働く気のない人間は諦めるとしても、まともな生活を手にしたい人間には安定した雇用が必要なはずです」

おっしゃる通りですが、貧民街で雇用を生むのは難しいですね。家の補修など仕事はあるのですが、住民の多くは対価が払えません。互いの労働力を対価にするという手もありますが……貧民街の中で労働力の交換を行っても、お金や食べ物を手にすることはできません」

「つまり、貧民街の外で雇用を見つけるしかない、ということですか」


 司祭は痛ましげな表情でうなずいた。


「貧民街にも酒場や賭博場はありますが、利用者はスリの元締めや犯罪組織の人間ばかりです。彼らは冒険者ギルドや憲兵から追われる身なので、身を隠すために貧民街に住んでいるだけで、お金は持っていますからね。そのせいで、犯罪組織に加担する若者も増えているのですが……」

「どういうことですか?」

「簡単な話です。貧民街で貧困から抜け出したいなら、一番簡単な方法は犯罪組織に入って出世することなのです。うまく幹部に取り入れば、それなりの暮らしができますからね。ただ、多くの若者は安い報酬で捨て駒にされているのが実情です」

「それでも罪を犯すんですか? 捕まって罪に問われるリスクもあるのに、割りに合わないのでは?」

「犯罪者にならなければ、物乞いをしたり、ゴミを漁ったりしてなんとか日々を食いつなぐことになります。長くそれが続けば、生活に希望を見いだせなくなる。何の希望もなく清廉に生きるより、地獄に堕ちてでも希望を持って生きていくほうがマシ、と思う人間もいるのです」


 司祭との問答で、貧民街の現状はなんとなく理解できた気がする。

 つまるところ、問題は犯罪組織にある。連中は住民を使い捨ての労働力として扱いながら、正当な報酬を渡さず、暴力によって従わせる搾取構造を作り上げている。

 その結果、富は犯罪組織の上層部だけが独占し、人生の一発逆転を狙う子ども達の多くは犯罪組織に使い潰されて死んでいく。

 犯罪組織を解体して、彼らが独占していた富を再分配できれば理想的だが……この貧民街で無数に蠢く犯罪組織を、一個一個潰していくのは時間がかかるし、そんなことができるなら憲兵と冒険者ギルドがとっくになんとかしている。


 犯罪組織をどうにかできないとなると、やはりまともな雇用が必要だろう。

 それも日雇い仕事のような安定しないものではなく、継続的で安定した収入源を。

 ――しかし、そんなものをそう簡単に生み出せるか?


 俺が頭を悩ませていると、司祭はしわだらけの顔に笑顔を浮かべた。


「ゼオン様は素晴らしいお方ですね。あなたのようなお方が、エリスの友人になっていただけて本当に嬉しいです」

「そんな大層なもんじゃないですよ。貧民街をどうにかしたいっていうのも、あくまで自分のためです」

「貧民街の問題が、ゼオン様に関係があると?」


 問われ、俺は前世からずっと抱えていた考えを口にした。


「俺が幸せになるためには、周りの全員に幸せになってもらわないと困るんです。誰も俺を羨んだり、憎んだりしないように、それぞれがそれぞれの人生に満足してて欲しい。皆が幸せなら揉めることもないし、揉め事に巻き込まれることもない」

「つまり、ご自身が幸せになるために、貧民街の人間も幸せになれと?」

「そうです。自分勝手でしょう?」


 懺悔ざんげするような思いで問いかけると、司祭は母親のように慈愛に満ちた笑顔を浮かべた。


「変わった考え方ですが、言い得て妙ですね。満たされてさえいれば、他者を攻撃する必要もない……やはり、ゼオン様は人の善性を信じられる立派なお方です」

「買いかぶりですって」


 俺は苦笑してから、更に黙考する。

 当然だが、いきなりすべての問題を解決する銀の弾丸はなさそうだ。俺は覚悟を決めて司祭に提案した。


「地道ですが、こういうのはどうでしょう?」

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