第16話 悪役貴族、聖女からの依頼を受ける

 結局、サディアの提案に乗って三人で食堂に向かうことになった。

 あの状況で更に断ったら、余計に事態がこじれていたかもしれないし……エリスの話を聞く前に断るというのも、あまりに冷淡だと気づいたからだ。

 とはいえ、エリスの『お願いしたいこと』が何なのか、俺はとっくに知っているのだが。


 各々食事を取ってきた後、俺達は食堂の隅のテーブルについた。

 正面にエリス、横にサディアが座った状態で、俺は食事をしながらエリスに話を促す。


「それで、俺にお願いがあるって話だったが?」

「は、はいっ! 実は、その、私の家族が冒険者ギルドに依頼を出していまして……」


 やはり、これは原作通りのイベントだ。

 俺は頭を抱えたくなるのをこらえながら、彼女の話に耳を傾ける。


「あ、家族って言っても、血の繋がりはなくて……私、王都の貧民街に捨てられていた孤児なんです。それで、家族っていうのは、私を拾って育ててくれた教会の司祭様のことなんです」

「……そうなのか」


 原作で知っていた事実だが、本人から打ち明けられるとどう反応すべきか困るな。


「ご、ごめんなさいっ! 私の身の上話なんてつまらないですよねっ。早く本題に入りますね」


 俺の反応を見て、エリスは慌てた様子で話を続ける。


「それで、司祭様が冒険者ギルドに出した依頼の内容ですが……失踪した子ども達を、探し出して欲しいんです」

「子ども達の失踪、ですか?」


 サディアが尋ねると、エリスは大きく首を縦に振った。


「は、はいっ。司祭様は教会を孤児院代わりにして、貧民街で行く宛のない孤児達を育てているんですが、その子たちが立て続けに行方不明になっていて……」

「それは心配ですね」

「そ、そうなんですっ! 私にとっても弟や妹のような子達ですから、本当に心配で……教会の暮らしに不満があったわけじゃなさそうでしたし、絶対に家出なんかじゃないはずなんです!」

「でも、冒険者ギルドに依頼を出したんですよね? 正規の冒険者が依頼を受けてくれれば、調査が進むんじゃないですか? どうして、わざわざゼオン様に調査の依頼を?」

「それが……」


 エリスは申し訳なさそうに目を伏せた。


「実は、うちの孤児院には全然お金がなくて……ほんのわずかしか報酬を出せないんです。

 その上、貧民街の子どもの失踪なんて、うちの教会を除けば日常茶飯事です。違法に奴隷商に売られていたり、死んで共同墓地に埋められていることもあります。

 貧民街で失踪した子どもを探し出すなんて現実的に難しいので、誰も引き受けてくれなくて……」

「それで、ゼオン様に声をかけたと」

「そ、それだけじゃないんです! ゼオン様は王都中の商会に顔が利くとお聞きしましたし、その人脈を使えば子ども達の行方もわかるんじゃないかと……それに先日の迷宮ダンジョンの事件では、ゼオン様がゴブリンロードを倒したとお聞きしました」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ! ゴブリンロードを倒したのは俺じゃなくて、俺とサディアとジーク達の四人だぞ。どうしてってことになってるんだ?」


 俺がエリスの話をさえぎると、彼女はきょとんとした顔をして答える。


「えっ? 私は、ゼオン様が一人で倒したって聞いたのですが……

 いずれにしても、中層の魔物を倒すなんて、冒険者としてもゴールドランク相当の実力者ですよね。ゼオン様ならきっと子ども達を見つけてくださると信じて、ぜひ依頼を受けていただきたいんですっ!」


 熱のこもった声で言って、エリスは再び潤んだ瞳で俺を見つめてきた。


「……ちなみに、俺一人でゴブリンロードを倒したって話、誰から聞いたんだ?」

「ジークさんです」


 ジークの野郎、めちゃくちゃ口が軽いな!

 口止めしなかった俺も悪いんだが、あいつには功名心とか見栄とか、そういう感情は存在しないのだろうか。

 自分の手柄にするなりぼかすなりしても、誰も指摘しないだろうに……まぁそういうところが、ジークが主人公たる所以ゆえんなのだろうが。


 俺が頭を抱えていると、隣に座ったサディアが咳払いをした。


「それで、ゼオン様。この依頼をお受けするのですか?」

「いや、そういう依頼は俺よりジークのやつに……」

「まさか、?」


 淡々とした声音に不穏な圧力を込めて、サディアは俺に念押ししてくる。

 思わず、彼女の顔をじっと見つめる。みどり色の瞳にはこちらを値踏みするような色と、どこか有無を言わせぬ迫力が宿っていた。


「貧民街の子どもを誘拐して奴隷として売るなんて、いかにも犯罪組織の考えそうなことです。そういう可能性があるとわかっていても、ゼオン様は見過ごされると? そうおっしゃるのですか? 


 斬りかかるような厳しい言葉をぶつけられ、俺は自分の愚かさを呪った。


 故郷から連れ去られ、奴隷として売られ、望まない人生を送らされているサディアにとって、孤児の失踪事件は他人事ではないのだ。

 自分のような犠牲者を増やさないために、子ども達の安全を確かめたい。サディアがそう思うのも当然だった。

 そして今、サディアは俺にこう問いかけているのだ。

 、と。


 ……クソっ。原作のジークの行動を歪めたくはないが、こうなったら仕方ない。

 子ども達を案じるサディアの思いを踏みにじってまで、原作通りに行動する度胸など、俺にはなかった。


 ――だが、俺もただで巻き込まれるつもりなど毛頭ない。


「……わかった。引き受ける代わりに、ひとつ条件がある」


 俺が切り出すと、エリスがテーブルに両手をついて立ち上がり、こちらに顔を寄せてくる。

 こちらがエリスの顔を見上げる形になるが……油断すると、その下で重そうに揺れている二つの膨らみに目が行ってしまいそうになる。


「本当ですかっ!? あっ、もしかして、条件というのは報酬のことですかっ!? だったら、私にできることならなんでもいたしますっ!」

「よかったですね、ゼオン様。なんでもしてくれるそうですよ、


 横から茶々を入れながら、サディアがゴミでも見るような視線を向けてくる。

 いや、そんなこと要求しないからっ! 目の前にたわわな果実がぶら下がってて、ちょっと理性が揺らぎそうになったけどっ!


 俺は持てる限りの理性を総動員し、咳払いをしてから条件を切り出した。


「……報酬はどうでもいい。それより、ジーク達も一緒で構わないか? 俺がゴブリンロードを倒せたのも、あいつらの協力があってこそだ。危険があるなら一緒のほうが助かるし、いずれにせよ人手は多いに越したことはないだろ?」

「それはもちろん、私としてはありがたいですが……こんなメリットのない依頼、受けていただけるでしょうか?」


 エリスが不安そうに縮こまるが、俺は苦笑して断言する。


「安心してくれ。主人公ジークのやつが、この依頼を受けないわけないさ」

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