第17話 悪役貴族、貧民街へ行く

 案の定、ジークは話を聞くなり、二つ返事で首を縦に振った。


「マジかよっ! そんな事件が起きてたんじゃ、心配で夜も眠れないよな。よし、絶対俺達で子ども達を見つけてやろうぜっ!」

「ありがとうございますっ、ジークさん!」


 放課後の教室で、ジークとエリスが盛り上がってるのを横目に見つつ、俺はロレインのほうを見やった。

 ロレインは呆れたような笑みを浮かべているが、その実、ジークの考えに共感しているのは一目でわかった。


「悪いな。報酬もろくに出ないのに、君まで巻き込む形になって」

「構いませんわ。これもノブレス・オブリージュの一環ですもの。それに……あなたへの借りを返す、いいチャンスですし」

「借り? 何のことだ?」

「とぼけないでちょうだい。迷宮ダンジョンで助けてもらった時のことよ」

「あ〜……あれは、魔道具レンタルの宣伝で返してもらったじゃないか」

「迷宮探索実習が延期になったから、あまりレンタルに来る生徒がいないんでしょう? それじゃ、借りを返したとは言えませんわ」


 どこまでも律儀なやつだ。元婚約者の美徳を目の当たりにして、俺はなんとなく嬉しくなった。

 俺がにやついていると、ロレインは顔を真っ赤にして怒り出す。


「な、何をにやにやしていますの、気持ち悪いっ」

「ひどいな。まぁブサイクな顔してるのは認めるけど」

「そこまでは言っていませんわっ!」


 俺とロレインが揉めていると、ジークが後ろから肩を組んできた。


「それにしてもゼオン、お前本当に変わったなぁ! 行方不明の子どもを探すために一肌脱ぐなんて、すっかりいいやつじゃないか!」

「はは……君にボコられたおかげで、善行に目覚めただけだよ」

「それなら、俺も決闘を受けた甲斐があったぜ!」


 ジークは嬉しそうに笑って肩をバンバン叩いてくるが、構わず俺はエリスの様子をうかがった。

 こうしてジークの太鼓持ちをしているところを見せれば、エリスも自然と俺ではなくジークと距離を縮めていくはずだ。


 聖女エリスのパーティ加入は、『ミズガルズ・サーガ』序盤の重要イベントだ。

 それを俺が横取りするようなことになってしまえば、本格的に原作の展開から遠ざかってしまう。

 平穏な生活を望む俺としては絶対に避けたい事態だし、何が何でもエリスにはジークパーティに加入してもらわねばならなかった。


「そんじゃ、早速依頼人の司祭様に会いに行こうぜ!」


 ジークの鶴の一声で、俺達はさっそく装備を整えて貧民街の教会に向かうことになった。

 貧民街は治安が悪いため、事前にジークとロレインにも魔道具と魔法薬ポーションを貸し出しておいた。ボス戦もあるイベントなので、万全を期したほうがいいだろう。


 王都ガレリアの貧民街は、噂通りなかなかの荒れ具合だった。道端には汚れた格好の浮浪者が倒れていたり、娼婦と思しき薄汚れた格好の中年女性がうろついていたり、治安はお世辞にもいいとは言えない。

 立ち並ぶ家も窓が割れていたり、壁や天井に穴が空いていたり、ギリギリ住居の形を残しているだけで廃墟に近かった。


 そのまま荒廃した通りをしばらく歩くと、大きな教会にたどり着いた。

 二階建てに加えて時計台までついた立派な教会を見ていると、一瞬ここが貧民街であることを忘れそうになる。掃除や手入れが行き届いているのか、赤レンガの壁には破損の形跡も見られない。


 時計台の上には、三本の角が絡み合ったようなシンボルが掲げられている。

 そのシンボルは、大陸全土に多くの信者を持つ、ヴォーダン聖教のシンボルだった。前世の世界では『オーディンの角』と呼ばれていたはずだ。


 大国であるガリア王国、ゼクセン帝国、ブルターニュ共和国はすべてヴォーダン聖教を国教としており、ヴォーダン聖教の長である教皇の意向は、国家間の戦争すら止めるほどの権能を持つ。

 それだけ力のある宗教ということで、貧民街の人々も教会に対して不信心な行動は取れないらしく、教会の付近の区画だけ明らかに荒廃が進んでいなかった。


 俺が教会を見上げていると、エリスが正面入口の前でこちらを振り返り、歓迎するように両手を広げた。


「ここが私の育った教会です。さぁ、皆さん中へどうぞ」


 エリスを先頭に、ジークとロレイン、俺とサディアの順で教会に入っていく。

 正面入口の先には広い礼拝堂が広がっており、奥の祭壇では神官のローブをまとった老女が祈りを捧げていた。頭には司祭の長帽子をかぶり、歳のせいか手足はシワだらけでやせ細っている。

 気配に気づいたのか、老女はこちらを振り返ると、エリスを見て温和な笑顔を浮かべた。


「おぉ……帰ってきてくれたのかい、エリス」

「ただいま戻りました、司祭様」


 エリスは恭しく頭を下げてから、俺達のことを司祭に紹介した。


「ゼオン様達のご厚意に甘えて、ケイトとジェナを探すお手伝いをしていただけることになりました」

「おぉ……それはそれは。貴族の方がわざわざ貧民街まで足を運んでくださり、ありがとうございます」


 司祭が深々と頭を下げてくるが、俺はやんわりとそれを制止した。


「頭を上げてください。それより、そのケイトとジェナっていうのが、失踪した子ども達の名前ですか?」

「はい。二人とも教会の前に捨てられていた孤児で、教会で面倒を見ていた子達です」


 司祭は悲しげに目を伏せた。その沈痛な面持ちを見て、彼女が本気で孤児達に愛情を注いでいるのが伝わってきた。

 深い悲しみを振り払うように顔を上げると、司祭は礼拝堂の横の部屋を手振りで示した。


「立ち話もなんですし、詳しいことは食堂のほうでお話しましょう」

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