第15話 悪役貴族、聖女と出会う

 迷宮ダンジョンでの事件から数日が経った。

 事件の原因調査は難航しているらしく、迷宮探索の授業は調査が完了するまで延期になっていた。

 代わりに冒険者ギルドからアイアンランクの依頼を受けられるようになり、そちらが代わりの実技演習となった。


 アイアンランクというのは、冒険者の中でも一番下のランク、駆け出しの冒険者のランクだ。

 冒険者ランクはアイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイア、ミスリル、マスターと八段階で評価され、マスターランクの冒険者はミズガルズ大陸にたった三人しかいないらしい。

 アイアンランクの冒険者の仕事は、薬草の採取であったり、店舗の警備であったりという、危険の少ない依頼が主だ。

 当然、迷宮探索と比べると実戦経験としては張り合いがなく、生徒達の間にもどこか気の抜けた雰囲気が漂っていた。


 今こうして座学を受けている最中も、ぼーっとしている生徒がちらほら散見された。

 大学の講義室のように段差のある教室で、俺は教壇から一番遠い長机についてぼんやりと講義に耳を傾けていた。

 教壇では、カティナ先生がゆったりとした声で講義を行っていた。白髪しらが交じりの黒髪を背中で束ね、いつも通り魔法師らしいローブに身を包んでいる。

 かつては宮廷魔法師として新しい魔法の研究をしていたらしく、彼女の講義は非常に整然としていた。


「以前にも話した通り、我々人類は神々から二つの天恵を与えられました。

 一つが魔力。四大属性に加え、光と闇の六属性の魔法の才能を与え、我々の生活や文化に大きな発展をもたらしてくださいました。

 そして、もう一つが聖痕です」


 席で舟を漕いでいる生徒達を気にも留めず、カティナ先生は講義を続ける。


「聖痕とは、文字通り神々から特別な才能を与えられた者が持つあざのことです。

 聖痕を持った者は、六大属性魔法のいずれにも属さない特別なスキルを生まれ持ち、ある者は未来を予知し、ある者は自在に老いを操り、ある者はあらゆる魔法攻撃を遮断する……など、聖痕の与える能力はあまりに絶大です。

 それ故、聖痕を持つ者はヴォーダン聖教国によって厳重に保護・管理されており……」


 カティナ先生の講義を聞き流しながら、俺もぼんやりと次の展開について考えていた。


 ゴブリンロードと出くわすなど、予想外の事態もあったものの、迷宮に入れなくなるのは原作通りだった。

 そして――原作での次のイベントは、迷宮に入れないからこそ起きた事件であり、直前のゴブリン戦が密接に影響するものだった。

 原作であれば、ゴブリンを倒したのはジーク達なので、その事件に巻き込まれるのはジークとロレインの二人だったのだが……今回は俺とサディアも絡んでしまっている。

 それがどう影響するのか、俺はひそかに戦々恐々としていた。


 講義が終わって昼休みになり、教室内に雑談の花が咲く。

 俺は素早く荷物をしまうと、そそくさと教室を出ようとして――目の前に人が立ちはだかっているのを見て、内心で嘆息した。


 目の前に立っていたのは、可愛らしい少女だった。

 背中まで伸びた長い白髪はくはつを三つ編みに束ね、くりくりとした真紅の瞳は同い年の彼女をやや幼く見せている。

 学生服から伸びた四肢は華奢だが、出るところは出ているため、巨乳派の男子生徒達の視線を常に集めていた。


 そう。彼女こそが次のイベントの発端となる少女――聖女エリスだった。

『ミズガルズ・サーガ』におけるヒロインの一人であり、分岐によってはジークと結ばれる運命にある少女だ。

 原作ではジークと同じく光属性の魔法を自在に操り、強力な治癒魔法や支援魔法によって、ジーク達をサポートしていた。

 更に、彼女にはある特別な才能があり、度々ジーク達を危険から守るという重要な役割も担っていた。


 そのエリスが俺の前に立ちはだかり、懇願するように指を組み、上目遣いで見上げてくる。


「あ、あの……ゼオン・ユークラッド様。お願いがあるのですが……」

「すまんが断る。じゃ」


 俺はすっぱりと断ると、彼女の横を通り過ぎた。教室を出て、寮の食堂へと向か――


「ま、待ってくださいっ!」

「ぐえっ!?」


 ――おうとしたところで、後ろから制服の襟首をつかまれて、俺はカエルの断末魔のような悲鳴を上げていた。

 俺は首をさすりながら振り向いて、そこにエリスがいるのを見て今度こそため息をついた。


「いきなり何するんだよ」

「も、申し訳ありませんっ! で、でも、ゼオン様が話を聞いてくださらないので……」


 叱られた子犬のような目で見つめられ、なんだか自分がものすごい悪人のような気分になってきた。


 ……いや、俺だってこんな可愛い子から頼み事をされたら、そりゃ応えてやりたいのは山々なのだ。


 だが、これは明らかに原作でジークがこなしていたイベントだ。

 それを俺が横取りするなどあってはならないし、俺が横取りしたことで、原作のジークと同じように戦乱に巻き込まれるのも絶対に嫌なのだ。

 俺は決意を新たにして、再度エリスの瞳を見つめ返す。


「あ、あの……どうしても、話を聞いてはもらえないでしょうか……?」

「…………うっ」


 今にも泣き出しそうな瞳で見つめられ、俺はとっさに特技の土下座でその場を切り抜けたくなってきた。

 女性に涙目で懇願されるようなことなど、前の人生でもゼオンの人生でもなかった。

 こういう時、世の男はどうやって切り抜けていくものなんだ……?


「女性を泣かせて悦に入るなんて、前以上に性癖が歪んでしまわれたのですか? ゼオン様」

「んなわけあるかっ!!」


 唐突に横から悪口が飛んできて、俺は反射的にツッコミを入れていた。


 そこに立っていたのはサディアだった。

 気づけば俺とエリスの周囲には人だかりができていて、痴話喧嘩を見るような好奇の目を向けられていた。

 中には、巨乳派の男子生徒のものとおぼしき、殺意のこもった視線も混じっている。


 サディアは表情の乏しい顔で、どこか不機嫌そうに俺とエリスを見比べてから、冷ややかに言った。


「冗談です。それより……立ち話もなんですから、お話は食堂でうかがったほうがいいのでは?」

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