第3章「歪曲童話/ナインテール(ズ)・リボルバー」

第16話「いつわりのことわり/それはまるで真月のようで」

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 ——日々は廻る。戦いも廻る。

 闘争と喪失、そして堕ちた底の底。

 君はそこで死んだのか。

 いや、死んでなどいない。


 負けていない以上、それ以上の墜落は許されない。

 終わっていない者がその静寂を求めるのは、堕落であると、は抱く。


 崖の淵に立ち、漸く己の感情を知る者もいた。

 君は彼に救われた。

 いつかは戦うさだめの者と、今は一時の共存を。

 その日々は君に力と覚悟を与えるだろう。

 妥協を許さぬに、その進化/真価を見せてほしい。




第3章『歪曲童話/ナインテール(ズ)・リボルバー』




 ◇


 4月25日。ゴールデンウィーク寸前の週な上に木曜日なこともあり、登校中の私はなんとも憂鬱、気鬱——そう言った白濁とした思いの中にいた。なんか金曜日とかよりしんどくないですか? 木曜日って。


 などと言ってはみたものの、先月中頃アリカとの別れのことを思えば、随分と立ち直ったと思う。


 これで良いのかはわからない。けど——

 けど、札伐闘技とかいうふざけたデス儀式だけは私がこの手でぶっ潰す。これだけはハッキリとしていた。


 などと決意を新たに教室へ入ると——


「神崎お前っ……!

 月峰さんと明日デート行くってマジかよ……!?」


 カナタが男子どもに詰められていた。うむ、そろそろ私たちの関係も気づかれつつあるようね。別にいいけど……。


「行くからなんだ。お土産でもほしいのか?」

「そういうことじゃねぇ……っ!

 楽しんでこい……っ!」

「……? そうか、いや、ありがとう」


 なぜか涙混じりの男子ども。とはいえなんかアレは悔しさ的なやつというより、あのどことなく優しそうな肩の掴み方はむしろ応援っぽさがあるというか、なんというか。


 と言ったことを思案していると、友達の佐久間ちゃん(なんかたまに読モとかやってるギャル)がヘアアイロン片手に「やほー」って手を振ってきた。

 髪の毛をクルクル巻いているので、どうも擬似的なパーマをやっているらしい。


「おはよ佐久間ちゃん。今日の髪型もかわいいね」

「あんがと。でもこれ以上は吉良セン担任にバレるからチキンレース・フェイズね……」

「攻めるね……吉良センだいぶ細かいところ気づくからなー。校則のセーフ範囲で抑えとくのが無難よね」

「んえー、今日デートだから張り切ってんだけどぉー、もう今日からゴールデンウィークになってよー」


 などと言いつつちゃんと登校してくるあたり、佐久間ちゃん何気に真面目なのよね。模試とかも結構良いし。


「あ、そーだザネちゃん! 男子の話題だけどさぁ、またダイゴが偶然見ちゃったらしいんだけど、マジ?」


 男子の話題——まあもしかしなくてもデートが云々付き合ってるのか云々の話ね。


「あぁー、それに関してはまず、先週とか佐久間ちゃんたち来てくれたのにさ、部屋に引きこもっててごめんね……改めて、これは言っとくね……」

「あーいいっていいって! アリちゃんのことはさ、色々あったでしょ? ザネちゃんが私らに気を使うことないってー」

「うーん、まあ、そうだとしてもさ……」

「それよりも」


 言いながら佐久間ちゃん(と、ギャル仲間)がずいっと私に寄ってそして囲んできた。——これ、あっちと大体同じ状況じゃない?


「え、えぇっと、何でしょう、か……?」

「いやさ、ザネちゃんさ。

 辛い時に弱み握られたとか、ないよね?」

「——へ?」

「だからぁ、ショックで塞ぎ込んでる時にダイゴや神崎になんか言われたりしてない? それで無理やり付き合ったりとか、そんなんない?」


 思いの外真剣な眼差し(かつ小声)で訊ねられ、私が自分で思っていた以上に心配されていることに今更気づく。


「あ、そういう……それは大丈夫。むしろ、なんかみんなが心配してくれている内に、なんていうかその、付き合っちゃってたってことが……」


 言いながら恥ずかしくなってくるやら後ろめたいやらで『穴を掘って入りたい(誤字にあらず)』みたいな状態になっている私。なんだけど、佐久間ちゃんはホッと一息入れてこう続けた。


「良かったぁ。そんならいいんよ。むしろ神崎のこと見直したし。ザネちゃんのこと、私らも待ってたんよ? だから付き合ってるとか付き合ってないとかじゃなくてぇ、ザネちゃん引っ張り上げてくれたってことが私らも嬉しいんだわ」

「佐久間ちゃん……」

「にひひ、そういうワケだから流れでちゃっかり付き合っててもしゃーない! 私だって塞ぎ込んでる時に助けられたら惚れるかもしれんし」


 なんて言いながら背中をバシバシ叩いてくる佐久間ちゃん。マジでいい子なんだよな。ギャルって基本優しいんだと思う。私はそう思った。


 ◇


 昼休み。兼ねてより謎だったとある事象の相談ということで、カナタから屋上で昼食をとる誘いがあった。あの後、話が通って屋上は昼休みに限り開放されたのだ。こういうちょっとしたことでも、そこにはアリカが生きていた証があるのだ。それが、私には嬉しくて、少し、悲しい。


 感傷的な気持ちとも向き合いつつ、私は屋上の扉を開ける。——そこには、ちらほら生徒たちがいて、遊んだり食事をとったりと、各々自由に過ごしていた。カナタは——


「ここだ」

「うわぁ!? 下!?? っていうか足元!??」


 扉のすぐ右に腰かけていた。視界の隅の隅だったので、流石に声が出た。


「おちつけ」

「あーうん、ごめん」

 私はすとんと座り込み、いつも食べている購買のサンドイッチ、それをボソボソ食べるカナタの顔を見た。


「あのさ。よかったら弁当さ、作ってこよっか?」

「……気にしなくて良いぞ。これだって俺が決めて昼は購買のパンにしているだけだからな」


 と言いつつカナタは、若干目を逸らした。うむ、なんとなく読めてきた。無感情とか言ってるけど、わりに顔に出ることあるよね。


「カナタ今さ、私に『キツイ言い方しちゃったかな』とか思ったでしょ」

「…………まあ、な。そんなつもりじゃなかったんだ。別にカザネの弁当が食べたくないとかじゃない、ただ、それは悪いなって思ってな」

「あんたが若干言葉足らずなのはわかってるから気にしない! そんな気にしいだった? 私のことそんな好きか?」

「当たり前だろ」


 ………………赤面。

 あのあのその、うちのスキルカード以上のカウンターされるとその、恥ず……乙女回路がスパークしてバカになっちゃうこれ……。


「あ! そうだ明後日は弁当作ってくるね! なんかカナタ同じのばっか食べてるから私ちょっと飽きてきたから! 明後日出かけた時は海浜公園あたりでお昼ね!」

「——反論の余地がないな。だが嬉しいのも事実だから、大人しく提案に乗ろう」


 すごい捲し立てて押し切る私。

 ただなんか捲し立てているうちにまた強めのカウンターきたのでもう今日はノックアウトってことで帰っていいですか?


 ——じゃなかった! そういや用事あるんじゃん!



「それで、カナタ。要件ってなんだったの? ていうかここで話せるの?」


 十中八九、札伐闘技の話であろうことはわかっていたので、それについての質問を投げた。

 なんか聞かれたら不味いんじゃないかって思ったワケだ。


「そこは気にしなくて良い。札闘士じゃないやつが聞いても意味不明の会話。札闘士が聞いたとしても、俺たちのデッキ情報を話さなければ大した影響は出ない。むしろ今から話すことは、他のまだ見ぬ札闘士が知っていた方が、情報拡散されて上手く事態打開に繋がるかもしれない。

 とはいえ教室だと少し騒がしすぎるからな。俺はこういうところの方が好きというだけの話だ」


 なるほど。要はカナタも屋上が好きってことね。我ながら雑すぎるだろ。でもまあロケーションはそこまで気にしなくて良いらしいのは、少し気楽になれて良いなぁと思うなどした。


「それで、どういう要件なの」

「——沖田先生だ」

「沖田先生って——でも、カナタが」

「ああ、俺が倒した。


 カナタの顔が険しくなる。カナタから告白された翌日、少し落ち着いてから沖田先生が札闘士だったこと、そしてカナタが沖田先生を倒したことを聞いた。

 それで、実際沖田先生は今、


 それが何か……変? なんだろうか。

 ——いや、冷静に考えると、あれ? ん?


「待って。沖田先生は学校に連絡する暇なんてなかったよね。カナタと戦うこと自体、あのタイミングでは想定していなかったらしいし」

「そういうことだ。だから妙なんだ。これではまるで——」


「——沖田先生が今も生きているか、学校に協力者がいるか——とか、そんなとこ?」

「……ああ。あり得るラインがそのあたりなんだ」


 なんだろう。沖田先生が健在なのかどうかは現時点ではよくわからないけど、少なくともこうすることで騒ぎを少なくすることはできる?

 でもそれならそれで、あの胡散臭すぎる隠蔽工作(失踪事件の犯人が死亡したとかいうやつ)みたいなゴリ押しの方が結果的にすんなり行きそうなもんだけど……。


 呼んでいる、謎が謎を——。誰が、どういう意図でこれを?


「俺もまだハッキリとした推理はできていないが、一週間近くこの情報が通されていることに違和感を持ったから話すことにしたワケだ。続報があればお互いに連絡しよう」

「ま、そうなるわよね。うーん、謎ね」


 何が何やら。これで沖田先生が普通に明日出てきたりしたらどうしようとか思ってもいる。もし無事なら、それはそれで戦い以外にもなんらかの解決策があるかもしれない——そう思えるからだ。

 でも——


 カナタの横顔を見つける。

 言い回しが固いだけで、ほんとに優しい、優しい人。だけど——

 だけど、どうしてだか戦うことに躊躇する素振りはない。どうしてか聞きたい。聞きたいけど——


 聞くと、終わってしまいそうだから。

 カナタの瞳が、それを聞いた瞬間、まるで新月みたいに黒く暗く染まってしまいそうで。私はそれが、怖かった。もう少し、この関係を続けていたいから。


 そうやって、私たちはわかっていながらも、願いの部分においては相容れないことを見ないでいる。いつかは戦う。わかっているから。だから今は、あえて見ないでいる。


 ——互いに好きだから。

 戦いの後もずっと一緒だと、札伐闘技のルールを、その部分だけ、見ないふりをしている。


 いずれ来る決戦日までは、お互いの平穏だけを見ていたい。そう思っているのだ。


「今の話、詳しく聞かせてほしいな」


 ——突如、入り口の上、つまり屋上の突起部分ともいうべき出入口の屋根から声が聞こえた。


「誰!」「誰だ」


 私とカナタが同時に構える。そこには——


札闘士同業者だけど、アタシに戦うつもりはまだないよ。

 それより、アタシもこの目で見たの。昨日沖田先生を。それについて話し合いたいなぁって」


 そこには、赤いボブヘアの少女が立っていた。どことなく天真爛漫、そんな印象の女の子だ。


「アタシ、穂村カレン。ちょっとした推理、聞いてもらっても良いかな?」


------------

次回、『エゴダンス/デザイアブレイド』

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