第18話 精神/スパーダ
バトルフィールドを出た俺とエリクシアは、ひとまず近場の寮を見学に来た。
スパーダ寮。
その寮長は、鍛え抜かれた筋肉が特徴的な大男だった。
俺たちが、俺たちより先行して動き始めていた新入生に合流したところで、ちょうどタイミングよく寮長が試験内容を話し始めた。
「よく来たな新入生! ここはスパーダ寮、騎士道を重んじる寮だ! これよりお前たちの精神の在り方をテストさせてもらう!」
騎士道ってなんだろう。
武士道とは違うのか?
《武士道とは自己犠牲の精神です。一方、騎士道とは守るための力を説く道と言えるでしょう》
ふーん。
うーん、どうなんだ、それ。
一瞬、武士道より手ぬるいなら楽ちん、なんて思ったけど、高邁な精神を求められるような気がする。
そもそも守るための力ってのは、誰かが、自分の力では対処できない困難を容易に払いのける絶対的力があってこその物だからな。
究極をいってしまえば実力主義の寮と言えるだろう。
正直俺は、ゆるく卒業できればそれでいいのだ。
過度な自己研鑽に励むつもりはない。
何より寮長が暑苦しいし、ほかの寮にしようかな。
「ムッ! そこにいるのはポット・T・エースではないか! 先ほどのウィザード戦、しかと見届けさせてもらったぞ! 素晴らしい騎士道精神であった」
「げっ、目をつけられた」
お褒めの言葉、感謝の極みにございます。
《マスターマスター、セリフと心が逆逆ゥ》
しまった。
「思い返せば早十余年! お前の父親がこの寮の試験を受けに来た日が昨日のように思い返されるぞ!」
「は、ははっ、そ、そっすか」
やっべ。父さんこの寮の出身かよ。
面倒くさいなー。
絶対比較されるじゃん、こんなの。
たしか父さんは学校創始以来の大天才と呼ばれていたらしいし、それと張り合わされるのはめんどいが勝りすぎる。
かと言って、この寮長をないがしろにすると、両親に俺のことをなんと報告されたかわかったものじゃない。
うーん、どうしたものか。
「エース、この寮、私好きかも」
エリクシア、お前もか!
「試験内容は簡単だ。いまから二人一組でペアを作ってもらう」
うっ、やめてくれ!
呪いの言葉「ペアを作って」は俺に効く!
「エース、一緒に組も」
「天使か?」
「ふぇっ⁉」
天使だ。この子は天使だ。
よかった、エリクシアという友だちがいて。
「ペアは組み終わったか? それではこれより、ペア同士でウィザード戦を行ってもらう」
「へ?」
寮長が聞き覚えの無い呪文を唱えながら杖を振るうと、近場に、無数のバトルフィールドが現れた。
規模としては縦横が本来の半分ずつで、面積で言えば四分の一程度。
小規模なフィールドではあるが、新入生同士で行うミニゲームだと考えればかえって都合がいいのかもしれない。
「どんな魔法でもいい。先に相手に一撃を入れた方が入寮資格を勝ち取ることとなる。説明は以上だ」
説明を受けた後の、生徒の行動パターンは大きく二通りに分かれた。
一つは、さっそくフィールドにつき、決闘を開始するペア。
「ど、どうしましょう、エース」
そしてもう一つは、エクレシアのように戦えないよと主張するパターンだ。
多分、仲がいい者同士で組になった人に多いんじゃないかと思う。
「どうもこうも」
相手を蹴落としてまで入寮資格を得たくないと主張する生徒をしかし、寮長は「ペアの変更は不可能だ」と一蹴している。
「ここで辞退したら二人とも失格。それなら、どっちが勝っても恨みっこなしで勝負、なんてのはどうだ?」
エリクシアは少し口を尖らせたが、すぐに意気は消沈した。
「エースが、それでいいなら、うん」
ということで、空いているフィールドに移動し、互いに向かい合う。
《マスターマスター、どうしますか?》
アイが提案したのは
その両方を俺は蹴った。
(いや、俺に考えがある。アイは手出ししないでくれ)
俺はこの寮に興味が無い。
だから、勝ちにこだわる理由がない。
だったら、この寮を気に入っているエリクシアに譲る方が得策、というものである。
最大多数の最大幸福というやつである。
(わざと負けるつもりなのを、アイは不満に思うかもしれないけど)
《いえ、立派な精神だと尊重します。さすがマスターです》
(ん?)
なんかアイにそう言われると引っかかるな。
俺は何かを見落としているのか?
《せっかく人が感心してるのに疑うとは何事ですか!》
おお、そうだったのか。悪い。
てっきり俺はまた罠にはまりかけてるのかと思っちまった。
俺の思い違いだったか、すまない。
「そ、それではエース、行きますよ!」
「来い!」
エリクシアは大きく息を吸うと、我武者羅に杖を振った。
「
赤い火花が鮮烈な閃光を放ち、一直線に俺へと邁進する。
よかった。安心した。
非殺傷の呪文で安心した。
そうだよな、普通そうだよな。
とりあえず、この呪文なら食らっても問題なさそうだ。
「おわぁっ⁉」
少し大げさに驚いたふりをして、呪文の効果で杖を手放した。
「ひゅぅ、やるなエリクシア。お前の勝ちだ」
「え? エース、もしかして、わざと」
「いや、全力だったよ。俺は」
ハーティアと鍛錬していたから俺は俺の実力を知っているが、アイ抜きの俺は冗談抜きに平凡だ。
物語をにぎわすモブかな? ってくらいスペックが低い。
エリクシアは、これが映画やドラマなら間違いなく主要人物だろう。
真っ向からやり合って敵う道理なんてどこにもない。
「素晴らしい! 素晴らしいぞ! ポット・T・エース!」
耳が痛くなる大声が、背後から襲来した。
慌てて耳を塞いだがもう遅い。
頭がぐわんぐわん揺れている。
「与えたわずかな情報からこの試験の本質を見抜くとは!」
「はい? 何を言って」
「とぼける必要はない。もうわかっているのだろう? 合格基準が、必ずしも相手を倒すことに限られないということを!」
え、何?
ガチで理解できない。
この人は何をこんなに暑苦しく熱弁しているの?
「騎士道で重んじられるのは力の使い方だ。この道を歩む者は、苦難に立ち向かう者を守るための戦いに身を落とすことになる!」
「はあ」
「だが、守るとは何も、必ずしも敵を倒すことに限られない!」
やっべ、話の流れが見えてきたぞ。
「お前は守ったのだ。相手の学園生活を」
「か、買いかぶりですよ! 俺はそんなこと、計算してませんって。それに、そんなこと言い出したら、この試験、勝っても負けても合格になるじゃないですか」
「ところが! そうはならぬのだ!」
一部では、試合が終わった後に「あれは反則だ」と言い争ったり、試合内容が気に食わなかったのか取っ組み合いに発展したりしている。
「この決闘で問うていた項目は二つ。相手を下すだけの力があるか。そして、敗北した場合の態度だ」
言い争う新入生に対して、寮長は彼らは騎士道の精神に欠けるなと言い放ったうえで、俺には温かいまなざしを向けた。
「相手の勝利を称賛し、あまつさえ『全力で挑んだ』などと美徳な謙遜を行い、アフターフォローを行った。エース、その行動はまさしく騎士道の鑑!」
寮長は両手を大きく広げた。
「我々は貴殿を歓迎しよう!」
そのことを誰よりも喜んでいたのは、エリクシアだった。
「すごいですエース! あなたは最初から、すべてわかっていたのですね!」
違う、そんなこと考えてなかった、微塵も。
(おい、アイ。お前、気づいてたな?)
なーにが『せっかく人が感心してるのに疑うとは何事ですか!』だ!
ばっちり罠にはめるつもり満々だったじゃねえか!
《マスター知ってますか? オシドリの夫婦の中がいいのは巣を作るまでらしいですよ》
やっぱりじゃねえか! この野郎!
よし。
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転生したら死亡フラグ乱立のモブ人生だった件 ~理不尽な即死トラップに対処していただけなのに、周囲の評価がとどまるところを知らない~ 一ノ瀬るちあ🎨 @Ichinoserti
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