第17話 学寮/カレンシー
「とりあえず、俺に干渉禁止な」
「そ、そんな! あんまりですわー!」
ふぅ、これにて一件落着。
《マスター、マスター》
アイが呼んでいる。
《向こうで面白い話をしていますよ、盗聴しますか?》
(盗聴しないと入手しえない情報なら提示しないで)
《読み上げますね》
あれ? 話聞いてた?
◇ ◇ ◇
「校長先生、いったいどういうおつもりですか」
ロリババァ教頭が、すごい剣幕で詰っている。
しかし当の校長はどこ吹く風で、特徴的な笑い声で受け流そうとしている。
「どういうつもり、とは?」
「とぼけないでください。ポット・T・エースにウィザード戦を強要したことです。入学式を妨害したとしても、それは挑戦者側の問題であり、彼に非は無いはずです」
た、確かに……!
よくよく考えてみればそうだよな⁉
「ふむ、君は、彼の経歴を知っているかね」
「もちろんです。生徒の情報は一人残らず記憶しております」
「ふぉっふぉ、素晴らしい。では、これはどうかな? 魔法史上最も邪悪な魔法使い、彼を倒したのも、ポット・T・エースである、とな」
このヒゲは、知っている!
あの日本当は何があったのかを!
ごく一部の魔法使いしか知らないはずの情報を、握っている……!
「そんなオカルトありえません。邪悪な魔法使いが死亡したのは、彼が生まれた日。それが本当なら、彼は生まれたその日に邪悪な魔法使いを倒したことに――」
ロリババァ教頭が、そこで口をふさいだ。
「さて教頭、君は先ほどの試合をどう見る。本当に、偶然、抗えぬ睡魔に眠りこけてしまっただけだと思うかね?」
「まさか、無詠唱呪文?」
「おそらくそうじゃ。生後間もなくは言葉も満足に発生できぬじゃろう。加えて言うならば、もう一つ違和感があったはずじゃ」
「杖、ですね」
白ひげの校長先生は横柄にうなずいた。
「旧式の杖だと説明を受けても、彼は少しも気に留めなかった。それもそのはずじゃろう。なにせ、生まれたばかりの筋力で、杖を満足に振れるはずもない」
おヒゲの校長は続ける
「最初から、杖などいらなかった、と?」
「わしはそう考えておる」
「ですが、いえ、そうだとするのなら、あの子は」
「間違いなく、歴史に名を残すほどの大天才じゃろうな」
◇ ◇ ◇
まずいですよ!
せっかくの隠ぺい工作が筒抜けなんですけど?
俺が手を下したとわかりづらい方法で倒したにもかかわらず、詳らかにされちゃってるんですけど⁉
《わたしに文句を言うのはお門違いですよ? わたしは、あくまで、マスターの要求を忠実に再現しただけです》
(さてはこうなることがわかっててやったな?)
《そうとも言います》
こいつ……!
「静かに」
綺麗な柏手が会場中に反響して、ロリババァ教頭の声がやけに響いた。
よく訓練された動物のように、喧騒がピタリととまり、ロリババァ教頭が話を続ける。
「これより入学式を再開します――」
ウィザード戦の為に講堂からバトルフィールドにやってきていたわけだが、入学式再開のために講堂へ引き返しはしないらしい。
その場で式典は続きが執り行われた。
と、いうのも、俺たち新入生にとっては一大事のイベントが、このあと控えているから、らしい。
「――そう、新入生の寮分けです」
ロリババァ教頭が柏手を二つ打つと、彼女の背後で、秘書のような魔法使いが杖を振るった。
巨大なスクリーンが天井から降りてきて、映写機を使ったような画像が表示される。
地図だ。
それもおそらく、学校周辺の。
「新入生のみなさんは、各自好きな寮を選んで所属できます。ただし、入寮試験を合格できれば、ですが」
地図にはいくつかの地点にピンが打たれている。
それぞれのピンが、学園の敷地内に存在する寮の場所を示しているのだという。
「試験内容はそれぞれの寮で異なります。それでは、良き学園生活を」
ロリババァ教頭が話を終えると、ざわめきが我を思い出したようにぶり返してきた。
入寮試験があるなんて聞いていない。
どの寮にも合格できなかったらどうしよう。
聞こえてくるのはそういった不安の声ばかりだ。
「どどど、どうしようエース」
観客席からバトルフィールドにかけてきたのは
「おー、エリクシア。どの寮にするんだ?」
「へ? う、うん。エースと一緒の寮がいいな……じゃなくて! 入寮試験だよ! 入寮試験! 不合格だったらどうしよう、とか無いの⁉」
無いな。
「入学一日目だぞ? 新入生に高度な技能は求めないだろうさ。あるとしたら適性検査とかだろ」
「適性検査?」
人物の能力や性格を調べる簡単なテストのことだ。
「考えて何かが変わる問題じゃないし、とりあえず近場の寮に立ち寄ってみようぜ」
「そ、そうだね!」
と、会場を後にしようとした時だった。
踵を返した俺たちに、背後から待ったがかかる。
「お待ちなさいエリクシア!」
「お義姉様、エースに干渉しないようと約束されたはずでは?」
「エース様にお声をかけたつもりはなくってよ」
おほほと笑う彼女は悪役令嬢そのものだった。
言い分としてはエリクシアに声をかけただけだから、干渉しないという言いつけには反していない、ということらしい。
「教えてあげますわ。寮分けでおすすめはカレンシー寮でしてよ」
「お義姉様は入寮試験を知っているのですか?」
「名家の娘ですもの、当然ですわ」
胸を張る彼女は暗に、エリクシアの無知に皮肉を飛ばしているようにも見えた。
「カレンシー寮の入寮試験は入寮費を納めれば誰でもオーケーでしてよ。今回は特別に、ワタクシが肩代わりしてあげてもよろしくってよ」
彼女が言うには、入寮費が払えなくても借金で入寮はできるらしい。
ただし、前払い組と借金組でカーストが生まれるという。
しかも校内でお金を稼ぐ方法は限られている。
そのため借金入寮組は、前払い組に薄給でこき使われる学園生活を強いられるのだとか。
「どうです、素晴らしい提案でしょう⁉」
彼女は俺の目をのぞき込んで、両手で小さくガッツポーズを作って肉薄した。
「そうだな、素晴らしい提案だな。俺たちは別の寮を探すことにするよ」
「どうしてですの⁉」
それって俺とエリクシアを借金漬けにして体よく小間使いにしようという算段だよね。
逆にどうして、それをありがたがると……?
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