第16話 等価/アンフェア

 勝った。やったー。

 とりあえず、これでひとまず、入学式を中断したことについてのお咎めは無しらしい。

 安心したぜ。


目覚めよオリエンス


 ロリババァ教頭が呪文を唱えた。


「ん、うぅ……っ、あら、ワタクシはいったい」


 寝ぼけ眼でぼんやり、対戦相手はぐるっと周囲を見回した。

 自分がバトルフィールドにいること、気を失っていたこと、それから目の前に俺がいることを一つずつ理解していくような動きを見せると、大声で叫んだ。


「どどど、どういうことですの⁉ どうしてワタクシが負けているんですの⁉」


 ロリババァ教頭は丁寧に説明した。

 彼女が呪文を唱える寸前、突然気を失ったのだと。


「そんなの無効よ! やり直しよ!」


 どうにも納得がいかないようで不平不満を並べてはいるけれど、勝敗はすでに決したんだ。

 いまさらごねたところで結果は結果は変わらない。

 そうでしょう、教頭先生?


「再試合は構いませんよ」


 ちょっ、先生⁉


 焦る俺に対し、対戦相手は嬉しそうにガッツポーズを見せた。

 あんたはそうだろうな!


「しかし、あなたはこれ以上、何を賭けるというのですか」

「へ?」

「再試合が可能とは言え、いまの勝負はいまの勝負。厳正に執り行われた決闘である以上、事前の取り決めには誠実に対応していただく必要がございます」


 目の前の彼女の顔色がみるみるうちに青ざめていく。


(アイ、さっきからいまいち話が見えてこないんだけど)


 彼女はどうしてあんなに顔色が悪いんだ?

 これ以上賭けるものが無いってのはどういうことなんだ?


《まったく、マスターはもう忘れたんですか? ウィザード戦ルールその3――決闘者は互いに等価と思えるものを賭けること――マスターが何を得たか考えれば、あとはわかりますね?》


 俺が得たもの?


(校則違反の黙認?)

《とぼけるのもいい加減にしてください! 絶対服従の方ですよ!》

(ハッ⁉ あれって流れた話じゃなかったのか⁉)

《違いますよ。決闘の対価は上乗せ可能ですが、取り下げることは不可能です》


 アイいわく、テキサスポーカーで降りた場合に、降りるまでに賭けたチップが戻ってこないのと一緒ということらしい。


 え、じゃあ、なに?

 入学式を中断したお咎め無しってのはそのまま、彼女はルールに則って、一生俺に服従ってこと?


「嘘、嘘よ。ねえ、待って、許してくださいまし」

「ダメです。あなたから切り出した提案でしょう。それを結果が見えてから覆すなど言語道断」


 彼女の瞳に涙が溜まる、いまにもあふれ出しそうである。


「ですが」


 ロリババァ教頭の放った逆接が、寸秒後には零れ落ちていたであろう涙を押しとどめた。


「どうしてもいやだというのなら、契約を破棄することも可能です」

「ほ、本当ですの⁉」


 ホッ、なんだ、あるのかよ。

 焦ったぜ。

 彼女からは面倒ごとの匂いがプンプンする。

 ことあるごとにアクシデントを呼び出す気がする。

 回避する唯一の方法は、最初から近づけないこと。


 じゃあ契約破棄で、と言いかけた俺を遮るように、ロリババァ教頭が強く否定する。


「ただし、覚悟しなさい。ウィザード戦の対価を踏み倒すということは、神聖なる儀式を穢すも同然。今後、魔法界におけるライセンスの取得や口座の開設、その他もろもろで不利を被ると承知することです」

「そ、それって!」

「事実上の魔法界追放、というやつです」


 会場がにわかにざわついた。

 俺も内心で焦りがとどまるところを知らない。


 理由は簡単。


 ――あれ?

 ――これって追放後に真の力に覚醒して、一方追放したきっかけを作り出した俺は爆速で落ちぶれていく展開じゃね……?


 ま、まずいですよ!

 読んだことある、そういう展開!


 と、とにかくそれだけはダメ! 絶対!


「待った!」


 二人の話に勢いよく割り込む。


「いくらなんでも追放はやりすぎだ!」


 そんなことされたら、俺にどんな危難が襲い掛かるかわからない!

 ここはいったん、冷静になって考え直すべき!


「確かに被疑者は『一生アナタに服従』と口にした!」

「明言しないでくださいまし!」

「だがこれは発想を逆転させれば、俺が指示を出さなければ彼女は生活に支障がないわけです!」


 片や場合によっては何も支障がない代償。

 片や今後あらゆる面で不遇を受ける恒久的代償。


 明らかに不釣り合いだ。


「追放処分はルールその3、『決闘者は互いに等価と思えるものを賭けること』の精神に反する行い! それを勧奨するのは褒められた行為ではないと進言いたします!」


《よく舌が回りますね》

(回さなきゃ死ぬもん)


 そりゃ回りますよ、人工衛星より速く。


《でも、いいんですか?》

(何が)

《彼女の顔、見てないんですか?》


 アイに言われて、対戦相手の表情をやっと見る。

 彼女は頬を紅潮させ、とろんとした眼で俺を見つめていた。

 嫌な予感がする。


「エース様は、こんなワタクシに……ご慈悲を?」


 吐息が湿っぽい。

 下唇が粘膜をまとい、つやつやと光り輝いている。


 や、やめ、やめろぉ!

 それ以上近づくな!


「決めましたわ、エース様こそ、ワタクシが生涯かけて仕えるべき尊き御方! この身を捧げることを誓いますわ!」

「待て、早まるな」


 ロリババァ教頭がため息を吐く。

 ほら見ろ、あきられてるぞ!

 ここは一度冷静になって周りの目を自覚して、それから答えを出すんだ。

 先生からも何か言ってやってくださいよ!


「決まりですね」


 オイ!

 違うだろォ、違うだろッ!


 そうじゃない、かけるべき言葉はそうじゃない!


「さあ! エース様! ワタクシになんなりとご命令を! いざ、いざ、いざ!」


 くっ、どうしてこうなった……!

 なぜ試合に勝利したはずの俺が追い詰められている?


 考えろ、何か手はあるはずだ。

 現状を打開する、逆転の一手が!


 ……そうだ!



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