第15話 気絶/ワンキル

 入学式は中断となった。

 俺とエリクシアの姉は学校施設であるバトルフィールドへ出向き、直接対決することが決まった。


 どうしてこうなった。


(くっ、アイ、こうなったら奥の手だ!)

即死呪文テネブラエですか? 拷問呪文エクシティウムですか?》


 禁術を軽々しく発動しようとするのやめろよ!


(一瞬だ。アイが魔法を使うのは、試合が開始した直後の一回きり。使うのは、相手が突然の発作で気絶したように見える呪文。そんな呪文はないか?)

《ありますよ、相手の命の保証をしなければ》


 それは最低保証だろうが。


 うーん。

 不安だ。アイに任せておくのは不安だ。


 どうしたものか。

 悩んでいるうちにバトルフィールドへの移動が完了した。

 四角いラインで縁取りされた陣の内側に立つと、対戦相手が向かい側に見える。


「ふふーん、お顔が真っ青でしてよ! ウィザード戦は初めてかしら?」


 彼女はそういうと、懐から杖を取り出した。

 にわかに会場がざわめく。


「戦う前に教えておいて差し上げますわ。この杖は、ゴフェルの樹に水生馬の蹄を使った超一級品よ! 特別に、いまなら降参を認めて差し上げましてよ?」


 俺が心配してるのは俺の敗北というよりあんたの命の保証なんだが。


「一つ聞きたい。あんたは俺に勝ったら、俺に何をさせるつもりなんだ?」


 目の前の彼女の顔が真っ赤に燃える。

 ぼふん、と煙が噴き出した、気がした。


「そ、そそそ! それはヒミツですわ! 戦う前から手の内を晒すマヌケがいまして⁉」


 杖、杖。

 さっき自分の杖はすごいやつなんだぞって手の内ひけらかしていただろ。


 しかし、そうか。

 相手の相談内容次第では、お言葉に甘えて敗北を受け入れる、ってのもありだったんだが。

 相手が思惑を隠す以上、よからぬことを企んでいるのは明白。


 戦意のエンジンに火をつける。

 負けられない戦いになったからな。


 対戦相手が、一歩身を引いた。

 尻込みしたと表現してもいいかもしれない。


「ふ、ふん。この杖を前に逃げ出さない、ということはよほど杖に自信がおありのようですわね! さあ、アナタの杖を出しなさい」


 あ、そういえば杖持ってるっけ?

 前に邪悪な魔法使いから奪ったやつは……呪われてるかもしれないからってハーティアが破棄したんだった。


《学校の備品にあるんじゃないですか?》


 お、ナイスアイデアだ。


「先生。俺、杖持ってないんですけど借りれます?」

「え、ええ。それは構いませんが、学校の備品となりますと」


 ロリババァ教頭は口をもごもごさせた。


「あっはは! アナタなーんにも知らないのね! 備え付けの杖は学校創設時の量産品。時代とともに進化し続けた現代の杖に敵う道理なんてなくってよ!」


 おい、アイ!

 お前また騙そうとしたな!

 おんぼろの杖を使わせて、最新型の杖に打ち勝つ。

 そうやって「あんなおんぼろの杖で最新型に勝利してしまうなんて、あいつは何者なんだ⁉」みたいな展開狙ってただろ!


《失礼な! わたしはただ、マスターが杖も使わずにウィザード戦に立ち会うことによる悪評を防ごうとしただけです!》

(ああ言えばこう言う)

《フォーエバーフォーユー》


 うるさいよ。


《大丈夫ですよ、マスター。ボロくても持っておいてください。どうせ杖を振ることはありません》


 アイの表情なんて見えないけれど、ドヤ顔していることは立ち並ぶ淡い文字の羅列を見ればひしひしと感じ取れた。


《一撃で意識を刈り取ってあげますよ》

(さっきは無理って言ってなかった?)

《そうですね。呪文に限定すれば、ですが》


 何言ってんだこいつ。

 と俺が内心いぶかしんでいると、アイは説明を続けてくれる。


《魔法の仕組みは簡単です。スマホで例えるなら魔力はバッテリー、呪文はアプリ、杖は演算装置みたいなものです》


 じゃあ、やっぱりいい杖の方が強いのでは?


《いいえ。ここで着目してほしいのは、これらのコンポーネントで何を成すかです。そうですね、因果律への干渉ですね》

(だいぶ理論が飛躍したな)


 さっきまでのスマホを使ったわかりやすい説明どこ行ったんだよ、もうちょっとがんばれ。


《要するに、魔力も呪文も杖も、因果律への干渉するためのピッキングツールに過ぎないということです》


 なるほど、なんとなく見えてきた。


(逆に、それ以外で因果律に干渉する手段さえあれば、型が決まっている分だけ不自由ってことか?)

《その通りでございます》


 つまりアイが言いたいのは、相手の意識を刈り取る呪文はないけど、呪文なんて遠回りをしなければ相手の意識を刈り取るなんて造作もないこと、ということらしい。


 まあ、俺は何でもいいよ。

 俺がやったって証拠が残らないのなら。


「じゃあこの杖をお借りしますね」

「話聞きなさいよ!」


 あーわかったわかった。

 学校の杖は旧式だから、最新の杖には敵わないって言いたいんだろ。


「それではこれより、ウィザード戦を執り行います。対戦者二名、前へ!」


 相対する。

 目の前の相手に、闘志の炎を幻視する。


「三つ数えたら開始です。3、2、1――」


 言い切る直前、対戦相手が杖を素早く振るった。


アクアイ……」


 振るったまま、唱えかけた呪文は最後まで紡がれることなく、彼女はゆっくりと倒れていく。

 まるで、糸を切られた操り人形のように。


 どさり。

 少女の体を大地が受け止める。

 横になった彼女は指一本動かさない。


「こ、これはいったい」


 ロリババァ教頭が駆け寄る。

 目の前の女性の脈をはかり、呼吸音を調べ、眉をひそめる。


「穏やかな心音、呼吸。眼球運動……まさか、睡眠? こんなタイミングで?」


 ロリババァ教頭が俺を睨む。

 俺はとりあえず、全力で首を振ってみることにする。


「仕方ありませんね。戦闘続行不可能。このウィザード戦の勝者は――ポット・T・エース!」

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