第14話 決闘/レギュレーション
ビシっと指をさして、女は足早に去っていった。
覚えていなさい、と捨て台詞を言い残して。
なんか、自分から厄介事に首を突っ込んでしまった気がする。
(くそ、生まれが薄汚いとか、ロクな人間じゃないとか口にしてるのを聞いて、ついカッとなっちまった)
しかも、さっきの話で場の空気が気まずい。
あー、なんか取り返しのつかないことをしてしまったような。
思考がマイナスループしてる気がする。
「あのさ、エース」
突然、不意に、前触れなく。
エリクシアが声を出したおかげで身構えてしまった。
「ありがとう。さっきは、とっても嬉しかった」
少しはにかむ様子の彼女に、胸の奥に突き刺さっていた、つららのように鋭い何かが融解していく気がした。
間違ってなんかいない。
これでよかったんだ。
◇ ◇ ◇
到着した魔法アカデミーを見て抱いた第一感想は、城。どちらかというと城。これ本当に学校か、ということだった。
「それではこれより、入学式を行います」
集められた行動で、在校生が見守る中、ものすっごいちびっこ魔導士が言った。
すごいちびっこだった。
なにあれ、あれも教師なの?
《あれはこの学校の教頭先生です。ロリの見た目をしておりますが、その実年齢はごひゃ――》
(いらん情報を嬉々として教えるな)
というか、そうか。
ハーティアもエルフだったな。
人に見えるけど、実は全く違う種族なのかもしれない。
式は学校側の挨拶から始まって、プログラムを淡々とこなしていく。
「次に、新入生代表の言葉です。代表者は前へ」
「はい」
へえ。
新入生代表ってことは、いま返事した子が今年の一番株ってことか。
ふむふむ、なるほどなるほど。
できるだけ目立たない学校生活を送るためにも、そいつとは極力かかわらないように立ち回ろう。
いったいどんなやつなのかな。
(エリクシアの義姉かよ!)
チクショウ!
思いっきり喧嘩売っちまったよ!
ああ、恨むぜ、ちょっと前の俺。
何冷静さを欠いてくれちゃってるの。
相手は子どもだぞ。
マジになってどうすんの。
(い、いや。まだ慌てるような時間じゃない)
俺と彼女が言い争ったことを知っているのは、あのコンパートメントにいたエリクシアだけだ。
(今後彼女と口を利く機会を極力減らせば、悪目立ちせずに済む、はず)
作戦に抜かりなし!
いけるぞ!
「本日はお日柄もよく――いえ、前口上はさておきましょう。ワタクシはいまこの場で、ポット家ご子息にウィザード戦を申し込みます!」
会場がにわかにざわつき始めた。
(アイ、ウィザード戦ってのは、もしかして)
《魔法使い同士が一つのフィールド上で行う、ウィザードリーグレギュレーションの決闘のことですね》
終わったわ。天気はいいのに、俺の平穏な学校生活お亡くなりだわ。
「しずまりなさい!」
ロリババァ、ん、んんっ、教頭先生が声を張り上げる。
行動中に響いたのは、何らかの呪文だったのだろうか。
生徒たちは委縮し、すぐさま閉口した。
喧騒に変わって静寂がやってくる。
「結構。では、あらためて確認です。ウィザード戦を申し込む。間違いありませんね?」
「ええ! もちろんですわ」
ロリババァ教頭は小さく首肯すると、またさっきの大声の魔法を発動した。
「ポット・T・エース! 前へ!」
ぐっ、こんな衆目集まる場で自らを晒さなければいけないってのか?
《ちなみに、早く出て行った方がいいですよ。黙ってても
そうだ、その呪文を食らったうえでアイに無効化してもらったら……ダメだな。今度は「あいつ、教頭先生の呪文を無効化したぞ、何者だ⁉」って流れになる。
ため息がこぼれる。
とりあえず、あたかも何も知らぬ顔で前に出るか。
「よろしい。では最初に、ポット・T・エース。あなたはウィザード戦をご存じで?」
「いいえ」
知らぬ存ぜぬですな。
いやあ、やっぱりそういうの、ちゃんと説明を受けてからにするべきだと思うんですよね。
こんな入学式という祝いの場で、聞くからに物騒なことやらなくていいと思うんですよ。
《ウィザード戦とは、魔法アカデミーにおける由緒ある決闘方式の一つです。対戦者同士のレートに応じて勝敗時にレートの譲渡が行われ、このレートが高ければ高いほど学園内での序列が》
(説明するな!)
知らないからな! 俺はそんなこと知らないからな!
「では簡単に説明を行いましょう。ウィザード戦とは、魔法アカデミーにおける由緒ある決闘方式の一つです」
くっ! アイと同じような説明を……!
《これで逃げられなくなりましたね》
(にやにやするな!)
字面で伝わってくるんだよ!
「エース! 聞いているのですか!」
「はい! つまり序列を決定づける模擬戦ですね!」
「よろしい」
間近で叫ばれるとびっくりする。
《わたしの話、聞いておいてよかったですね》
(アイが話しかけてこなかったらロリババァ教頭の話に傾聴できてたのでは)
《マスター知ってますか? フランスではタンポポのことをオネショって言うらしいですよ》
(露骨に話をそらしたな)
あなたはいつもそう。
都合が悪くなるとトリビアで誤魔化そうとする。
「ただし、校内におけるウィザード戦はそれだけではありません」
ロリババァ教頭が杖を振ると、黒板が浮揚して現れた。
ねえ先生、ところで一つ聞いていいですか?
いまって入学式中でしたよね。
こんなことしてる場合じゃないんじゃないですかね。
「一つ、ウィザード戦は、いついかなる時申し出ても構いません。それがたとえ、入学式の途中であってもです」
くっ、ルール一つ目で反対意見をつぶされた!
いや、でもほら、相手から仕掛けてきたわけだし? どんな罠が仕掛けられてるかわからない中、のこのこ試合に出向くって結構なリスクじゃないですか。
仕掛ける側が圧倒的に有利なシステムってどうかなーって思うんですよ。
「二つ、ウィザード戦の開催にあたっては中立な審判を立てること。今回は私が取り仕切りましょう」
待って、教頭先生本当に待って!
いやあ、初めてお目にかかったときからそこはかとなく美人なお方だなと思っていたんですよ!
漂う空気感も穏やかで、きっと心は広く澄み渡った魅力的な、女性なんだと思ったんです。
そう、たとえるならばあなたは月の女神!
《月の女神であるセレーネーは、アルテミスと同一視されており、彼女は狩猟の女神でもあります》
知らねえよ!
くっ! まだだ!
黒板にはちょっとめんどくさいレートの計算式が書かれていた。
要約すると、自分より格上に勝つとポイントがたくさんもらえて、自分より弱い相手に勝っても少ししかポイントがもらえない。
そんな式が書かれている。
でもちょっと待ってほしい。
入学したばかりの新入生は、全員等しいレートからのスタートだ。
実際の実力差ではなくレートを基準に序列を決めている故に、いわゆる初心者狩りなんてものができてしまう。
それってどうかと思うんですよね。
やっぱりここは、一つ無効試合ということで、なんとかなりやしませんかね?
「そして三つ目、ウィザード戦を行うにあたり、決闘者は互いに等価と思えるものを賭けること。ただし、これはレートに限りません」
ぐぬぬ! こいつ、さては俺の心を――⁉
《読まれていませんし、そんな不埒な輩はわたしが追い出します。というか、むしろマスターが教頭の言葉を先読みしているのではと疑っているのですが》
(そんな高度な呪文使えるかー!)
落ち着け。
冷静に考えろ。
この場で相手が決闘を仕掛けてきた理由を考えろ。
思うにレートの搾取が目的ではない。
狙いはルール三つ目。
互いに等価と思えるものを賭けること、の方だ。
「ポット・T・エース! この決闘の敗者は勝者の言うことを何でも一つだけ聞く! それでどうかしら⁉」
「嫌だけど?」
「へ? そ、そこは『受けて立つ』とか、『二言は無いな』とかではありませんの⁉ 勝てばワタクシを自由にしていいんですのよ?」
いらない。切実にいらない。
「ふむ。両者の合意が得られぬ以上、このウィザード戦は――」
「ま、待ちなさい!」
お開きになりかけた雰囲気を、すんでのところで彼女は引き留める。
「た、確かに? ワタクシは名家の直系で天才魔法使いですもの。いまの条件はワタクシに有利過ぎましたわね」
うんうん、と彼女はしきりにうなずいている。
「ではこういたしましょう! ポット・T・エース! アナタが敗北した場合、聞く命令は一つのままでいいわ。その代わり、アナタが勝利した場合、ワタクシは一生アナタに服従! これでどうですの!」
破格の条件ですわよ! と彼女は言う。
「いらない」
「どうしてですのよぉぉぉ!」
決闘、不成立! 入学式編、完!
「フォッフォッフォ、あいや待たれよ」
うお、今度は誰だ。
すごい。賢者の
《あれは、校長先生です》
(うん、いや教頭に比べて情報量少ないなおい)
もうちょっと続くのかと思って期待したのにそれ以上の情報出てこなかった。くそ、アイの手のひらの上で踊らされてる。
「ポット・T・エースよ。ウィザード戦は入学式を後回しにするだけの効力がある特別な儀式じゃ。故に静観しておったが、実際には決闘しませんとなれば話は別じゃ。進行を妨害したとして、校則違反とせねばならぬのう」
「え」
何それ、聞いてない。
「じゃがわしも鬼ではない。今回の校則違反には目を瞑ろう。ただしお主が決闘に勝利した場合のみじゃ」
「待ってそれ最初に受けてたら最初からついてきてた特典。何のメリットにもなってな――」
「いかがかな?」
くっ、悪魔め!
校則違反なんてものを盾にとんでもないことを要求してきやがる!
(ダメだ! 初日から校則違反はダメ! 今後伝説になり、75日はこのネタで擦られ続ける!)
しょっぱなからそんなことになってしまえば印象最悪だ!
「ポット・T・エース! どうするのじゃ!」
ぐ、ぐぬぬぬぬ!
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