第13話 教義/ドグマ
王立魔法アカデミーは王都に存在しない。
理由は簡単。
百年ほど前に遷都が行われたからだ。
アカデミーがあるのはいわゆる古都の方で、新王都からは機関車が出ている。
(魔法学校なのに交通手段は科学なんだな)
《入学判定は魔法使いとしての素養で判断されますからね。入学案内が届くまで魔法を使ったことがない生徒も一定数います。配慮すれば当然かと》
魔法を使ったことがない相手の素養をどうやって調べるのだろうか。
《気になります? 気になりますよね、どうやって素養を調べるのか》
(気になるけど言わなくていい)
俺が思うに、それはおそらく、現時点で俺が知り得ないはずの情報だ。
親孝行のつもりで通学はするが、必要以上に目立つつもりはない。
知り得ない情報なんていつうっかりこぼしてしまうかわからないのだから、そもそも知らないままでいるというのも選択肢の一つなのである。
「おっと。ここだな。始発駅」
新王都、プラットホーム。
そこに巨大な蒸気機関車が、車体の紅色を主張していた。
その姿を言葉にするなら威風堂々。
案内には『新王都発→王立魔法アカデミー行』の文字が描かれている。
(すっげぇ)
《全長72フィート5インチ、123トンのテンダー式蒸気機関車ですね。最高速度は時速65マイル。11の旅客車両をけん引してこの速度は驚異的ですね》
(ヤードポンド法で説明するのやめてくれる?)
とりあえずすごいことはわかった。
荷物をもって車両に乗り込み、列車を後ろの方から先頭車両の方へ向かって空席を探して歩いていく。
(げっ、どこもかしこも満席じゃん)
《少し遅かったようですね。どうします、終点まで立っていますか?》
それは本当に最後の手段にしておく。
荷物も多いし、席に着きたい。
もう少し探してみることにするよ。
(お、あそこのコンパートメントがら空きじゃん。入れてもらおうぜ)
コンコンコンとノックして、軽く扉を開ける。
「お隣いいかな?」
部屋の中にいたのは一人の少女だ。
魔法使いが好みそうなローブをまとい、フードを目深にかぶっている。
ダメと言われても着席するつもりだったので、返事を待たずに荷物を荷物棚に上げる。
さなか、可愛らしい声がこぼれた。
「エース? エースなの?」
「ん? どうして俺の名前を知ってるの?」
「やっぱり! やっぱりエースなのですね!」
少女は突然抱き着いてきた。
うわ、と声をこぼして膝を曲げる。
ふんわりやわらかい座面が俺を受け止めた。
「あ、フード被ったままだとわかりませんよね」
少女がいそいそとフードを外すと、
「えへへ、また会えてうれしいです」
その少女には見覚えがあった。
「あー! ウィザードリーグの!」
し、しまった!
まさかこんなところにトラップが仕掛けられていたなんて!
い、いや。
よくよく考えればそうだよな、いるよな。
魔法アカデミーが生徒の素養によって決まるなら、賢者の石の第一人者とかいう父親を持つこの子が選ばれないって考える方が楽観的だよな。
(血か。魔法の素質ってのは両親のことなのか!)
俺がここに来たのも父さんが歴代最高峰の魔法使いとか呼ばれていたからなのか⁉
《いえ、マスターが選ばれたのは主に、生後5秒で邪悪な魔法使いの即死呪文を反射したという記録が秘密裏に遺されているからで……》
(あー! あー! 聞こえない!)
しかし、そうか。
まさかこんなところで彼女と再会を果たすなんて。
(この子、絶対陰謀に巻き込まれるタイプなんだよな。そういう星のもと生まれたって感じがビンビンしてる)
この子とかかわるということは、そういう厄介事とも向き合うということだ。
一波乱ありそうな予感がぷんぷんする。
《でもマスター、知らない、愛想が悪い人と同部屋よりよっぽどよかったんじゃないですか?》
(日本生まれだし割と平気だけど)
車内で隣になっただけの人と話さずにいて息苦しいかと言われると答えはノーだ。
わりと平気でいられる。
「またエースにあえてうれしいです。しかも、こんなに早く。ねえ、お話ししましょう。話したいことも聞きたいことも、たくさんあるんです」
まあ、いいか。こういう旅も。
列車はすぐに発車時刻がやってきて、車窓から除く田園風景は背後に流れていく。
「そうだ、名前をまだ言っていなかったわね。私の名前は――」
しばらく、歓談をしていた時だった。
コンパートメントの扉が軽くノックされ、扉が開かれた。
「あら、ずいぶん陰気臭いコンパートメントだと思ったら、案の定アナタでしたの、エリクシア」
「何の御用です、お義姉様」
バチバチと火花が散る音を聞いた気がした。
このコンパートメントだけ室温が5度くらい一気に下がった気がする。
「いや、なに。優秀で正統なる血筋なワタクシはアナタと違って人脈作りに多忙でしてよ。それで、優秀な人材を見つけては声掛けしていたところでしたのよ。そうしたらまあ見るも耐え難い気を発する部屋があるじゃないの。不思議に思って覗いてみたらびっくり。アナタがいるんですもの。道理で黄泉路みたいな嫌な空気を発しているわけですわ」
突然やってきた女は一息に言い放った。
《すごい早口ですね……!》
(触れてやるな)
罵倒を吐き終えて一息ついた女は、
ぎょろりとした瞳はヘビにも見えた。
猛禽類にも見えた。
確かなことは、見られていて心地のいい視線ではないということだ。
「あらびっくり。アナタ、もしかしてポット家のご令息ではなくって?」
「よく知っていますね」
「よく存じていますとも。アナタのお父上は学校始まって以来の傑物と称された人物。まして10年前、魔法界を混沌に陥れた邪悪な魔法使いを退けた伝説的英雄! そのご子息がご入学されると聞いて、ワタクシずっと楽しみにしていましたもの!」
「そりゃどうも」
その女は
「いいことを教えて差し上げますわ。そこの女は妾の子なんですの。ロクデナシの女狐が優秀な男をたぶらかせた挙句無理心中してワタクシの家に転がり込んだ害虫同然の養子でしてよ。付き合う友だちは選んだほうがよろしくってよ?」
言い返そうとする素振りすら見せなかった。
ただそれだけのことで、彼女が普段、家でどんな扱いを受けているのかがうっすらと見えた。
だから、不愉快だった。
「素敵な教えをありがとう。おかげで、あなたとは友達にならないで済みそうだ」
女は激怒した。
「なんですって! 後悔いたしますわよ! ワタクシにそのような物言いをしたこと!」
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