第12話 入学/シュレッダー
予選から始まったウィザードリーグも数日をまたぎ、今日は決勝戦。
初日以来、
《せめて名前だけでも聞いておけばよかったですね》
(聞いたけど、流れたんだよな。あのタイミングの敵襲からは『絶対に名乗らせない』って意志を感じたぞ)
《※気のせい》
うるせえ。感じたって言ったら感じたんだよ。
《まあよかったんじゃないですか、マスター的には。訳あり令嬢と接点を持つなんて厄介事ごめんだーってスタンスでしょう?》
(それもそうか)
俺が望んだんだ。
何の特別さもない、平穏な日常。
そこに帰っていくんだ。
渡る風に、風見鶏がカラカラと鳴いている。
季節の映り目の香りが漂う、さわやかな風だった。
◇ ◇ ◇
数か月がたったある日のことだった。
「エース様、手紙が届いていましたよ」
手紙の仕分けを終えたハーティアが、そのうちの一通の封書を俺に手渡した。
受け取って宛名を確認してみると、真っ赤な宛名で俺の名前が確かに記載されている。
しかし、不思議なことに差出人が書かれていなかった。
そのうえ残念なことに、生まれてこの方手紙をくれる相手に心当たりもない。
「ご安心ください。危害を加えるタイプの魔法が仕掛けられているなんてことはなさそうでした」
首をかしげる俺に、ハーティアはそう語り掛けた。
そこまで疑り深く考えていたわけではないけれど、罠とかじゃないなら軽率に開封していくか。
「なんだ、こりゃ」
中には無地の便せんが一枚入っていた。
言葉は何も書かれていない。
手紙初心者か?
差出人も本文も書いてないなんて。
「うわっ⁉」
突然の出来事だった。
まっさらの便せんが、何の前触れもなく発火したのだ。
反射的に手放すと、手紙は重力に従い、ひらひらと地面へと舞い降りていく。
しかし、その後に起きたのは物理法則を冒涜した。
火の手が、周りに広がらないのだ。
手紙だけが、煌々と燃え盛っている。
それだけではない。
手紙の燃え方も不自然だ。
燃え盛る火は、手紙の表面の一部だけを丁寧に焼き焦がしていく。
まるで、炎でできたペンを走らせるかのように。
《どうやら、生体認証をトリガーに起動するタイプの魔法が組み込まれていたようですね。遠隔でこれほどの制御を可能とは、作った人物はなかなかの腕ですよ》
アイがなかなかと評価するとは。
さては世界最高峰クラスの魔法使いだな。
ますます謎が深まる。
そんな人物が、俺にいったい何の用があって手紙を出したのだろう。
手紙の発火現象はすぐさま収まった。
それから拾い上げて、本文に目を通してみる。
(親愛なるポット・T・エース様へ。王立魔法アカデミーへの入学が許可されましたことお喜び申し上げます……げっ)
よし、見なかったことにしよう。
しゅれっどしゅれっど! ざくざくざくざく!
「エース様?」
コマ切りにしようとハサミを取り出した俺の手を、柔らかな手のひらが差し押さえる。
ハーティアだ。
彼女が俺の行動を阻害している。
「何をなさるおつもりですか?」
「手紙を、寸断するつもりです」
「どうして寸断しようとしているのですか?」
「住所とか、氏名とか、個人情報が載っているからです」
「ではなく、なぜ捨てようとしているのですか」
あはははは。
「エース様! 魔法アカデミーへの入学は、素養ある魔法使いのみに許された栄誉! まして王立ともなればなおさらなのですよ⁉」
「だからだよ! 俺はこの雑貨屋を継ぐの! 魔法使いとしての誉れなんていらないね!」
「なんてことをおっしゃるのですか!」
手紙を切り刻もうとするとハーティアに押さえつけられた。
「ぐえっ、苦しい……お、重」
「重くありません!」
しめた! ハーティアが拘束を緩めたぞ!
この隙に……!
「
こいつ! 容赦なく魔法使いやがった!
ぐぬぬぬぬ!
(ア、アイ!)
《知っていますか、マスター。果汁5パーセント未満の飲料は無果汁と表記できるのですよ》
(だからなに⁉)
そんな露骨な話のそらし方ある⁉
「エース様、そこにお直りください。
「……はい」
そう言うしかなかった。
俺は、弱い。
正座をさせられ、大人しくしていると、ハーティアが少し席を外した。
もう説教終わったのかな、なんて甘かった。
まだ始まってすらなかったと知るのはこれからだった。
「魔法アカデミー? すごいじゃない! お母さん、応援するわよ!」
「いや、その」
重い。母さんの期待が重い。
本音としては行きたくない。
それをそのまま伝えたい。
でも。
「あ、そうだ! お洋服を仕入れないと! そんなすごいところに入学するなら、しっかりしたのを用意しないとね!」
「あの、お母さま」
「筆記用具も特注にしましょう! エースがこれからいろんなことを学ぶための道具だものね!」
「だから、その」
「大丈夫! まかせて! 商人の伝手で、超高級の万年筆を用意してみせるわ! エースは何も心配しなくていいからね?」
「あ、はい」
上機嫌になった母さんは、すぐに部屋を後にした。
引き留めるだけの力が俺にはなかった。
俺は、弱い。
正座をしてうつむく俺は、背中側から突き刺さる視線をひしひしと感じていた。
ハーティアだ。
彼女が視線で雄弁に「わかりましたか、これがリアクションの模範解答です」といさめている。
そんなスゴ味を感じる。
今度こそ説教は終わりかな。
いいや、そんなことはなかった。
少し席を外したハーティアは、今度は父さんを引き連れて戻ってきた。
「聞いたぞエース! 魔法アカデミーから手紙が届いたんだって⁉ すごいじゃないか!」
くっ! 甘かった。
大陸三大魔法学校の中でも歴代最高峰の大天才と称された経歴を持つ、にもかかわらず雑貨屋なんてやってる父さんなら俺の味方になってくれるかと思ったけど甘かった。
「いやあ、懐かしいな。父さんもエースと同じくらいの身長だった時に入学許可が下りたんだ。アカデミーはいいぞ。いろんな生徒と教師がいて、様々な学びが得られる」
父さんは言う。
学びとは何も、書物から得られる知識だけを言うのではない、と。
校則を破ってしかられるのも学びであり、同級生と切磋琢磨することも学びであり、大会で優勝目指すことも、祭りの準備を全力で楽しむことも学びなのだと。
そしてそれらは、大人になってからでは経験できない、できたとしても難しい、あるいは学生時代にできる経験とは選を異にするものなのだ、と。
どうして最初に出てくる学びが校則を破ってしかられることだったんだろう。
もしかして、父さん問題児……。
「だから、エース」
ぽん、と。
父さんが優しく、俺の頭に手を乗せた。
「行っておいで。店のことは父さんと母さんでどうにかするから」
つつ、と。
頬を雫が伝っていく。
「エ、エース⁉ どうかしたのか? なにかつらいことでもあったのか⁉」
うん、まあ、あったと言えばあった、かな。
でも、涙の理由はきっと、つらいからとか、苦しいからとか、そんなのじゃなくって。
「優しい母さんと父さんの子どもに生まれられて、よかったなって」
そう、思ったんだ。
(孤独だった前世とは違って、いまの俺の人生は、魂一つ背負っていればいいほど易くないらしい)
母の期待と、父の希望と、メイドの思い。
それらを背負って歩いていかないと、罰が当たりそうだ。
「行くよ、俺」
栄誉とか、名誉とか、そんな大層な理由なくたっていいじゃないか。
ただちょっと、ほんのちょっと。
こんな俺を大事にしてくれる両親に恩返しができたら、そんなに幸せなことないんじゃないかな。
「魔法アカデミーに」
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