第11話 特異/シンギュラリティ

 どうしてハーティアがここに?

 その答えを教えてくれたのはアイだった。


《さきほどから相手が禁忌呪文を連発してくれていましたからね。魔法を感知する魔法を展開していれば、誰だってこの場所を特定できます》

(ってことは、護衛兵もじきに駆けつけるわけか)

《いえ。平時ならともかく今日はウィザードリーグ。これだけあちこちで魔法が展開される中感知魔法を使えば普通は脳が負荷に耐えられません》

(おい)


 誰だってこの場所を特定できます、とはなんだったのか。

 ハーティアが並外れた魔法使いだったから助かったものの、そうじゃなかったら誰も駆けつけてくれなかったわけだろ。

 渡るには危なすぎる橋だろ。


《わたしとしては別に、時間稼ぎだけではなく倒してしまっても構わなかったのですが》

(やめろ)


 普通は負けフラグのセリフでも、アイが言うと本当になる気がする。

 というか、邪悪な魔法使いを倒したら目立ってしまうって配慮できるんだったら、その前段階でも手を打てなかったんですかね。

 正直、詠唱だの杖の振り方だの魔法の精度だのもろもろボロボロなスタイルを披露した後ではあまりにも頼りない配慮なのですが。


 と、案に尋ねてみたら文句ばっかりですねと怒られた。

 俺が悪いのか……。


《さてマスター》


 アイの呼びかけで意識を反省の海からすくい上げる。


《盤面が動きますよ》




 痺れを切らしたのは敵方だった。

 互いに寡黙を繕って向かい合っていた状態から一点、そいつは先手で仕掛けた。

 発動したのは禁忌指定の呪文。

 直撃すれば一撃のもと相手を抹殺する魔法。


即死せよテネブラエッ!」


 鬼気迫る。杖先が輝く。

 全身全霊を賭した一撃は、迷いなくハーティアへと襲い掛かる。


 しかし、相対する彼女の方は、いたって冷淡だ。


武器よ去れインユリアルマ


 唱えたのは禁忌指定でもなければ殺傷能力も無い呪文。武装解除呪文。

 効果は相手の杖を弾き飛ばすだけ。

 アイもそうだったように、ハーティアもまた即死呪文にその呪文で返した。


 違ったのは、その威力だ。


 二人の放った光が均衡を保ったのは一瞬。

 ハーティアの武装解除呪文は、相手の破滅の光を蝕むように、じりじりと領域を広げていく。


「なん、ですって……っ、即死呪文が、押し返される……⁉」


 相手の表情に汗が浮かぶ。

 とびきり大きい玉の汗だ。


《終わりですね。この状況から取れる選択肢は二つ。自らの魔法で死ぬか、魔法を解除して杖を弾かれるか。どちらも詰みであることに変わりはありません》


 現実はアイの予測に習って動いた。

 敵が即死呪文の行使を取りやめると、ハーティアの武装解除呪文が直撃した。

 敵の手から勢いよく杖が飛び出して、ここに格付けは完了した。


「さて、覚悟はよろしいですね。エース様に手を出す、その意味をしかと刻みなさい」


 ハーティアは少し足早に敵との距離を詰めた。

 彼女の呪文は直撃し、かと言って相手がとびかかるには遠い、絶妙な間合いだ。


「ふ、ふふふ」

「何がおかしいのです」

「いえね、まさかこんなにお強いエルフ様が出張ってくるなんて想像してなくって、つくづく自分の運を思い知っていたところなの」


 敵は素直に賞賛した。

 ハーティアの魔法使いとしての実力を絶賛した。


「本当に、驚いたわ。あなたほど魔法を扱うのがうまい相手は初めて」


 命乞いだろうか。

 いや、そうではない。


「でも、勝つのは私よ」


 鋭い音が響いた。たとえるなら、強力なゼンマイで糸を勢いよく巻き取るような音だ。


 違う、実際に糸を巻き取っている。

 岡目だからこそわかった。

 弾かれたはずの杖が、袖口から伸びる細い糸に巻き取られ、急速に持ち主のもとへ引き返そうとしている。


 それだけではない。


 敵はすでに詠唱を開始していた。

 ハーティアは異常事態を正確に把握し終えていない。

 鳴り響く異音と、杖無しに呪文を唱え始めた敵。

 そんなイレギュラーに対してハーティアがとっさに取れた選択肢は警戒だった。


 後手を踏んでいる。

 このままでは確実に、ハーティアは相手の呪文の餌食になる。

 敵は手心を加えない。


即死せテネブラ――」


 極限の集中が時間の流れさえ緩慢に感じさせた。

 一秒が何百何万にも細かく分割され、コマ送りで流れるような感覚。


 時間の猶予はゼロコンマの世界だった。

 だが加速した世界で決断するには、十分すぎるほど長い時間でもあった。


(アイ!)

《人使いの荒いマスターですねっと》


 敵が呪文を唱え終えたのは、アイが無詠唱で魔法を発動し終えた後だった。


「――、ッ⁉」


 杖が、燃えていた。

 激しく燃え盛っていた。


 猛る炎が、杖の持ち主の持ち手を燃やし尽くそうと襲い掛かる。

 ゴウと唸りを上げて指先、手の甲、手首、腕と焼き尽くす。


 だからそいつは、たまらず杖を放棄した。

 自ら呼寄せたはずの杖を投げ捨てた。


 杖が無ければ魔法は成立しない。

 即死呪文は不発に終わった。

 薄布越しに、粘着質な視線が俺にまとわりつく。


「この炎……あははっ! そういうことなのね!」


 そいつは確信した、と言わんばかりに、自慢気な笑い声を高らかに上げていた。


「訂正するわ、エルフさん。あなたほどの魔法使いは見たことが無いといったことをね」


 あれは正確じゃなかったと、告解する信徒のようにそいつは続ける。


「正確には、二番目。この世でもっとも恐ろしい魔法使いは――」

沈黙せよシレンスレイト


 言いかけた言葉をハーティアが遮った。


「申し訳ございませんが、不届き物の戯言に付き合う暇はございません。お引き取りを」


 それが本当の本当に、決着だった。

 杖を失い、利き手を失った相手は反抗の意志を手放した。


 ハーティアが救難信号を送ったことで、すぐに警備隊が駆けつけた。

 朱殷しゅあんの少女の失踪に伴い、緊張状態だったのだ。


 警備隊はてきぱきと作業を進めていく。

 あっという間に敵は身柄を拘束されて、連行されていった。


 だから、思った。


(あれ? アイ。派手に魔法をドンパチしなくても、アイが救難信号の魔法を唱えてくれたら済んだ話なのでは?)

《てへ?》


 またか! お前!


《誤解の無いように否定しておきますが、マスターが戦う理由はあったんですよ》


 ほー。言ってみろ、そんなものが本当にあったとしたらな!


《いいですか、マスター。警備隊の人間は確かにエリートです。ウィザードリーグの上位入賞者も少なくありません。が、所詮はレギュレーション内での戦いしか知らないひよっこです。禁忌を平然と破る相手と戦って、何の被害も出ないと言い切れますか?》


 ぐっ、こいつ。


《だから、マスターが禁忌呪文を耐えしのぎ、先にハーティアを呼寄せる必要があったんですね。おかげで今回の被害者はゼロ。素晴らしいじゃないですか》

(本音は?)

《『マスターはすごいんだぞ』って誰かに知らしめたかったからです》


 よーしよし、よく素直に言えました。

 いい子だぞー。


 絶対許さねえからな!

 こいつ……ッ!

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